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万年Cランクのおっさん冒険者、伝説の成り上がり~がきんちょを拾っただけなのに……~  作者: 赤坂しぐれ
第三章 Cランクのおっさんと、収穫祭

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第四十八話 商会の娘と、Cランクの青年


 ベロニカ・オズワルド。

 彼女はオズワルド商会の次女として生を受けた。三つ上の歳の姉がおり、何事もそつなくこなし、人の目を惹く美貌を兼ね備える上に性格も真っ直ぐで気持ちの良い姉と常に比較され、いままで生きてきた。

 オズワルド商会はサースフライにおいて有数の商会であり、その会頭の子どもというものは周りからの目や期待なんてものもある。そんな中での、出来た姉の次の子だ。当然、ベロニカにかかる期待も一際大きいものだった。


 そして、幸か不幸か。幼い頃から物覚えもよく、人の機微にもよく気づくベロニカは、そういった周囲の期待に応えんと努力をし、次々と目の前に立ちはだかるハードルを飛び越えてきた。それはもはや、姉とは別の方向になるが天才と呼べるほどに。故に、周囲の大人たちは時期商会を取り仕切っていく姉妹を大切にし、大事にした。


 しかし、そんなベロニカであったが、時にはハードルに躓き、心が折れそうな時もあった。

 だが、簡単に涙は見せられない。弱いところを見られれば、人は憐れみであったり、中には侮蔑をしてくる者もいるかもしれない。自分が、大好きな父の……オズワルド商会の足を引っ張るわけにはいかない。


 そう思い、もし泣きたい事があった時は街の外周に近い場所にある祖父、グリッドルの家に行くことにしていた。会頭を引退し、隠居生活を送っているグリッドルは、元商人ともあってベロニカの葛藤や苦しさも理解していた。そして、『そんな事を子どもが気にする必要などない』と、声をかけてやることがベロニカにとって救いでないことも理解していた。


 なので、ただ場所を用意してあげることだけにした。孫娘が、この場所にいるときだけは肩の力を抜いて、ただ一人の幼い子どもとして過ごせるように、と。


 だが、ある日の午後。学校での失敗に心に暗いものが渦巻いていたベロニカが、グリッドルの家を訪れた時の事だった。

 普段は祖父か、その友人がたまに訪れるくらいしか人のいない家の庭に、自分と同じくらいの女の子が訪れていた。

 ふわふわと少し癖っ毛のブロンド髪が、少し傾き始めた陽に輝き、透き通る白い肌が美しい。その姿を見たベロニカは、こんなにも美しい女の子が、絵画以外にも存在したのかと、一瞬で見惚れてしまった。


 そして、その女の子の隣には、なんとも似つかない冴えない青年が一人。姿格好からいって、冒険者であろうことがわかる。だが、それくらいしか興味が湧かない。それよりも、いまは祖父の家に来ている、この天使の様な女の子のことだ。


「はじめまして。(わたくし)はベロニカ・オズワルド。オズワルド商会会頭であるブルックリンの娘で、ここグリッドルお祖父様の孫でございます。どうぞ、お見知りおきを」


 ゆっくりと、はっきりと。丁寧に淀みなく挨拶をしたベロニカに対し、天使の様な少女は……黙したままだった。

 その様子に、ベロニカは焦った。自分が何か、失礼な事をしてしまったのだろうか? 

 何かが起こった時、他の誰かや何か別の要因によるものだとは思わず、自分に何か原因があるのではないかと思ってしまうのは、彼女の良い点でもあり悪い点でもある。


 そんなベロニカの焦りとは裏腹に、少女の隣にいた冴えない青年が苦笑いを浮かべて口を開く。


「これは御丁寧にどうも。はじめまして、ベロニカ嬢。俺の名はグレン。こっちの女の子はソアラって名前だ。すまないが、この子はちょっと事情があって、いまは喋ることができないんだ。だから、挨拶を返せなくてね。気を悪くさせちまったな。すまん」


 グレンと名乗ったその男は、初対面のベロニカはまだわかるが、一緒に居たソアラともどこか接し方というか、雰囲気に距離感があるように見える。実はソアラとはそこまで親しくない? それとも、そもそも子どもと関わるのがそんなに好きではないのかもしれない。


 それからしばらくして、グリッドルが庭へとやって来た。どうやらソアラの祖父とグリッドルは旧知の仲で、その縁で訪ねてきたとの事。グレンはそんなソアラの付き添いかつ、グレン自身もなにやらグリッドルと昔関わりがあったそうで、訪問したとベロニカは説明された。

 グリッドルの用意した茶と菓子に口をつけるベロニカ。それを見て、ソアラも何か言葉を発しようと喉から音を出すが、それが言葉になることはない。だが、それを「いただきます」と言ったのだと解釈したグリッドルは、優しく微笑みながら「どうぞ、おあがんなさい。おかわりもあるからね」と言った。


 そんな温かなやりとりの中でも、グレンという男は仏頂面というか、まるで自分はただの置物でございとばかりに、静かに座っていた。

 しかし、祖父はそんなグレンという男に「失礼な奴だ」とか、「冒険者としてソアラと一緒に来ているのであれば、もう少しフォローをしろ」等とは言わなかった。

 普段は礼節を重んじ、数年前まで会頭をしていた頃は厳しく部下の教育をしていた祖父の姿と、いまの姿が重ならない。


 ──こんな冴えない人に、なにかあるのだろうか?


 ふと疑問に思ったベロニカは、グレンという男に興味を持った。そこで、客人に対してするのはいかがなものかと、自分でもわかっていたが、質問をぶつけてみることにした。


「グレンさんは冒険者をなさっておられるのですよね? なにか失敗とか、そう……取り返しのつかない状況になった時、どう対処をされるんですの?」


 その日、自らが学校での小テストで凡ミスをしてしまい、それを見つけたのがテスト終了間際の、五分前。もっと早く見直しをしていればよかったが、あまりに簡単なテストであった為、油断をしてしまったのだ。

 それで直しはしたが時間が間に合わず、結局点数を大きく下げた事を思い浮かべての質問であった。グリッドルも普段であれば、可愛い孫娘とはいえお客にそんな質問をすることを許すことはない。だが、この時は違った。なにも言わず、むしろそうあれとばかりに、ベロニカの質問を黙認したのだ。その事にも、ベロニカは内心驚いた。


 ベロニカの質問に対し、グレンは少しだけ困った様な、──俺に話を振ってくんじゃねえよ──とも言いたげな表情を浮かべたが、直ぐにそれを消して思案顔になる。

 そして、なんでもないといった感じで、問いに答えた。


「俺が冒険者の仕事の中での失敗、まぁ、失敗しないよう事前準備をしたり、細心の注意を払うことは当然だが……もしその仕事が命に関わったり、人の迷惑にならんものであれば、それはもう笑って誤魔化すな。んで、次から同じ失敗をしない。それだけだ」

「笑って、誤魔化すんですの?」

「あぁ。といっても、どうでもいいとか、どうにでもなーれってことじゃねえ。ちゃんと失敗を挽回する方法は考えるし、最大限努力する。だが、終わっちまった事を後からぐだぐだ考えても、それがなくなるわけじゃねえからな。

 次に同じような仕事にあたるとき、同じ失敗をしないこと。要するに、失敗から学ぶことが大事なんじゃねえかなって。

 つうか、そんなこと俺みてえな冒険者風情がやいのやいの言っても、何も意味なんてねえよ。お前さんのじい様に教えて貰え」


 グレンの言葉に、グリッドルはほっほっほっと朗らかな笑い声をあげる。


 グリッドルはこの街でも有数の大商会の元会頭であり、引退したいまでも街の人々に親しまれ、敬われ、時に恐れられる存在だ。そんな様子を何度もめにしてきたベロニカは、その偉大な祖父を『じい様』呼ばわりをすることを許されるこのグレンという男に、そして隣で静かに菓子を頬張る天使の様な少女の姿に、急速に惹かれていくのを自覚していた。

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