第四十六話 Cランクのおっさん、贈り物をする
「ミスコンに出るって……まじか。そういうの、苦手だったろう?」
ソアラはいまでこそ明るく、社交的な性格をしているが、だからといって人前に積極的にでるようなタイプではない。いままでも周囲から何度かミスコンに出ないかと誘われていたが、断り続けてきていた。
それがいったい、どういった心境の変化なのだろうか?
「あたしはね、出るつもりなんてなかったの。でも、ベロニカが……あ、ベロニカ、わかる……よね?」
「ベロニカ、ベロニカ……八百屋の娘さん~じゃねえな。鍛冶屋の孫娘でもねえし……あぁ! 商家の自信家の嬢ちゃんか!」
記憶のタンスの引き出しをがばがばに開けながら辿ると、一人の女の子の事を思い出した。
商業区でも系列の店をいくつか出している、オズワルド商会の会頭の娘さんだ。歳はソアラの少し下だったかな? 色々と自信家というか、昔から花よ蝶よと大事に育てられ、少しわがままとも聞いたことがある。ただ、それに見合う実力というか、何事も完璧にこなそうと努力も出来る娘だなと印象を以前持った記憶がある。
「そのベロニカ嬢がどうしたんだ?」
「少し前に偶然久しぶりに会ったんだけど……その、グレンさんの話になってね?」
「んあ? 俺ぇ?」
「……それで、成り行きであたしもコンテストに出ることになったのよ」
「あれぇ!? なんか大事な部分一気に吹き飛びませんでしたか!? その理由はぁ?」
言い淀むソアラに、どうも事情を知っている様子のランランだったが、目線で問いかけても教えてくれそうにもない。いや、俺絡みなら教えてくれよ……。
「まぁ、言いたくないなら無理には聞かないけど……あんまり無茶せんでくれよ? んで、ランランは応援ってわけか。でも、ソアラは別に化粧とか出来んわけじゃないだろう?」
「それがね、グレンさん。この娘ったら、今までうっすい化粧くらいしかしたことがないんですって! それで、この可愛さなんだから、なんて不公平なんでしょうねって、他の娘とも話してたんだよ」
「ほーん、そうなんか。俺も詳しくはわからんからあれだが、化粧せんで見た目良いんだから儲けもんだな」
「ふ、二人ともからかわないでよ! ……本当に、困ってるんだから」
口を尖らせてジト目で見てくるソアラに、俺とランランは苦笑いを浮かべる。だって、そんなんで同年代の男衆はみんな骨抜きなんだぜ? 別にいつも通りでもいいんじゃねえのかな?
と言っても、まぁソアラの言いたいこともわからんでもない。やはり、表舞台に立つとなればそれなりに整えることも大事だ。俺だって今日の審査員をするにあたり、いつも放置気味の不精ひげもちゃんと剃ったし、髪も一応整えてる。服装だって、以前ソアラに選んでもらったちゃんとした物だ。
「あぁ、そういえば思い出した。ランランは衣装関係の仕事してたんだったか」
「そうそう。だから、化粧もそれなりに専門ってわけ。まぁ、親友から頼まれたら、ばっちり決めるしかないんだけど……」
「けど? 何か問題があるのか?」
「うーん……なんというか、化粧は元の素材がいいから問題ないし、衣装も私もいくつか宛があるからいいんだけど……装飾品がねぇ。ほら、ソアラも私もまだそこまでめっちゃお金ある!ってわけじゃないじゃない? だから、手持ちで色々と相談してたんだけど、いまひとつピンとこなくって」
なるほど。確かに、装飾品って拘り始めたらいくらでも高いものがあるもんなぁ。ソアラも宿の手伝いで給金貰ってるだろうけど、そこまで贅沢が出来るほどじゃないだろうしな。
「けど、別にミスコンは装飾品の大会じゃないだろ? 素材でぶつかっていけばいいじゃないのか?」
「甘い……三つ葉通りにあるお菓子屋さんのハニーマドレーヌよりも甘いよ、グレンさん! 確かに、装飾品で勝負をするわけじゃないけれど、装飾品は美しさを引き立たせる重要な要素なのよ!
悔しいけど、ベロニカはソアラと遜色ないくらいに美人だし、あの娘なら衣装も化粧も万全に整えてくるわ。そうなると、装飾品でも完璧なものを用意してくるはず」
「な、なるほどな……?」
確かに、あそこのハニーマドレーヌは死ぬほど甘い。一回チルにねだられて買ったが、一口食って歯が溶けるかと思った。
それはさておき、仕事柄なんだろうなぁ。ランランはとても熱量のある語りをしてくる。
「ランラン、もういいわよ。無いならないで、なんとかしましょう? グレンさんの言う通り、装飾品で勝つってわけじゃにないんだから。あるもので勝負するしかないわ」
「えー? でも、もったいないよ……そうだ! ほらほら、そこのいまこの街で有名な冒険者のお兄さん。可愛い女の子に贈り物なんてどうですぅ?」
「もう! ランラン! 怒るよ? グレンさんも、気にしなくていいんだからね?」
「ん? んー……?」
俺は首を捻る。
このソアラはなかなか珍しいぞ?
俺はてっきり、『別に出るけど勝ちたいわけじゃないし~』的な事を言うかと思っていたが、どうやらソアラはベロニカ嬢にどうしても勝ちたいナニかがあるみたいだ。いや、本当にどういう経緯で出ることになったんだ? ちょっと怖いんだが。
まぁ、でも……ソアラに勝ちたい事があって、それに協力出来るなら力を貸すのが、情ってもんだ。
というか、実はですね。既にご用意しているというか、丁度良かったというか。
以前、商業区の装飾品店でカワヅ氏より購入した、ソアラに贈ろうと思っていたネックレスだが、渡すタイミングがなかったというか、なんか渡そうとすると変に緊張してしまうというか。いままで渡せずにいたので、このタイミングで渡すのが一番良いのでは?
「二人とも、少し待っててくれ。チル、お姉ちゃんたちと一緒にいい子にして待ってるんだぞ?」
「あい!」
「?」
急に立ちあがった俺に首を傾げる二人。俺はダッシュで宿に戻り、ネックレスをとって戻ってきた。酒が回ってちょっと気持ち悪い……。目が回る。
「ま、待たせたな。ほら、これ。やるよ」
気の利いた言葉の一つでも言えれば良かったんだが、すまんが俺は女性への贈り物なんて縁が無さすぎた。前世はまだ少しあったが、もう四十年近く前だぞ。忘れちまったよ。
俺からネックレスの入ったケースを受け取ったソアラは、中を見てただでさえ大きな瞳を更に大きくする。隣で見ていたランランも、ネックレスとソアラと俺を何度も見て、驚いた表情を浮かべている。
まぁ、結構高かったからな、それ。以前の俺だったら余程のことじゃなければ、買おうなんて思わなかった。いまは金回りもよくなったし、これはいつも世話になっている感謝の気持ちってやつだ。
「ほ、本当にこれ、貰っていいの……?」
「あぁ。いつも、ありがとうな。俺からの気持ちだ」
「っ! 嬉しい……ありがとう、グレンさん……!」
「おっ、おぉ……?」
感極まった様子で、涙を浮かべるソアラ。そ、そんなに嬉しかったのか。そうかそうか……。いや、ランランもなにその『お前まじか……?』みたいな表情。
「とりあえず、これで装飾品もばっちりだろう? ほら、以前立ち寄ったカワヅ氏覚えてるだろう? あそこの逸品だから、間違いねえさ。それつけて、優勝をかっさらってこい!」
「うん! あたし、頑張るね!」
「はぁ……十分すぎるっていうか、これに釣り合う衣装を用意する方が今度は大変ね。それじゃあ、早速作戦練り直しよ!」
気合いを入れるランラン。上手いこといくといいなぁ。
そんな風に何処か他人事に考えつつ、俺は満腹になって食い残していたチルのお好み焼きを噛るのであった。




