第四十五話 Cランクのおっさん、舌鼓をうつ
さぁて、お仕事終わり終わり!
今回の収穫祭で俺がやらなければいけないタスクはこれで終わり! 閉廷!
なにが嬉しくてこんな祭りまで働かにゃならんのだ。俺は働きたいときに働いて、遊びたいときに遊ぶの!
とはいえ、流石に最近はチルを養わなきゃいけないから、多少その辺りは考慮してるけれども。まぁ、今回の審査員のお仕事はそれなりに楽しかったし、ちょっぴり報酬もいただけたのでこれで屋台を食い歩きだ。つうか、後でクリフが運ばれた治療院に顔だすか。首は折れなかったけど、あんまり良い方向に曲がってもなかったし。
まぁ、それもとりあえず屋台巡りをしてからだ。
「おっ、あれいいな。おい、チルよ。あれ食うぞ」
「あい! なんでしゅか? あの茶色いやつ。しょれに、みんなたくしゃん並んでましゅねぇ」
「あれは……まぁ、買ってからのお楽しみだ」
鉄板で焦がされた香ばしい匂いに誘われて、俺は屋台の列に並ぶ。祭りとくれば、これを食わんことには始まらない。日本人の魂が、そう言っている。
「まいどぉ~! おいくついりますかぁ?」
「子どもと分けるから、1つくれ」
「あいよ~! ちょっとまってんな~」
店員さんは忙しなくコテを鉄板に打ち付け、食材を手際よく混ぜていく。そして、使い捨ての紙皿にもりっと大量にそれらを乗せ、こちらへと手渡してきた。
「はいよ、500オールだよ~」
「おいおい、これ大盛りだろ? ちゃんと大盛り分払うさ」
「ええよ、ええよ。お嬢ちゃん、焼きそばは初めてやろ? そんなキラキラした目で見られたら、俺も仰山食わしとうなるわ」
「わぁい! ありがとうございましゅ!」
「悪いな。じゃあ、そっちのお好み焼きも一つくれ」
「まいど、おおきに!」
俺は焼きそばとお好み焼きの代金、合わせて1000オールを渡し、商品を受けとる。久しぶりに聞いた西部訛りに、世間話をしたくなるが、後ろにもまだ人が並んでいるので俺はさっさと退散することにした。
西部訛りは西の大国、アドラステア帝国のさらにその西の方の大陸語の方言である。前世の関西弁に近いニュアンスだが、正確なイントネーションや言葉の節々が違うので、まぁ似たように聞こえているだけだろう。
ただ、どうも昔にククル王国の転移者or転生者の中にあっちに渡った人がいるらしいし、ソースなんてもんがあるのでまぁあっちも文化汚染されちゃってるんだろう。もしかすれば、関西人があっちに言って、その訛りが移って広まったのかもしれん。
ちなみに、大豆というか大豆製品は当然の如くククル王国ではある。醤油も味噌もある。これだけは本当に神様に感謝したい。異世界転移は農家を畑や水田ごと連れてくるのが最強なのでは?
日本から転移していきた農家の家と畑、水田は現在は国の保護区となっている。家は見学可能な文化遺産となっている。王都にいくことがあったら見に行きたいな。
まぁ、なんで大昔にそんな転移があったかなんて、小難しいことは俺はわからん。ただ、いまはその恩恵を享受できることに感謝を。
「ほら、小皿に分けてやるから食ってみろい」
「ほわぁ……このヒラヒラ動いてるのはなんでしゅか?」
「あぁ、そういえばこっちではあんまり魚の削り節をそのまま食わんもんな。見たことなかったか。この間マーサさんのお手伝いで木の破片みたいなもん削ったことあっただろ。あれをさらに細かく砕いたもんだ。マーサさんのは出汁とる為のものだから、ひらひらが大きかったろう?」
「お~! あれがこれになるんでしゅか……」
こっちの世界では鰹自体はいないが、似たようなグリオフィッシュと呼ばれるものがいる。見た目は鯖に似ている。大きさは鰹に近いけど。
ククル王国はかなりの範囲が海に面しており、魚文化もなかなかどうして、良いものがある。俺自身、前世は関西ではないが西側の人間なので、出汁文化は本当にありがたい。
とはいえ、この世界の故郷は海の近くじゃなかったし、田舎過ぎてこんないいものなかったから、この街に来てから出会ったんだが。
ヒラヒラと踊る削り節をしばらく眺めていたチルであったが、意を決して焼きそばをちゅるちゅるとゆっくりと啜る。まだがきんちょだから、勢いよく吸えないわな。
そして、しばらくもぐもぐと味わい、カッと目を開いて大声をあげる。
「これ、おいしいでしゅねぇ!!」
「ばっか! 口にもの入れたまま叫ぶな!」
「ごめんなしゃ~い」
勢いよく口を開けたものだから、いろいろと俺に飛んできた。ったく……まぁ、でも気持ちはわかる。ソースの味って、ガツンッとくるというか、脳に直接飛んでくる旨さだもんな。俺も食おう……うん、旨い。
「よく噛んで食えよ。削り節でむせるぞ。あと、食ったあとは歯を見せろ。青海苔前歯についてるのは恥ずかしいからな」
「あい!」
中央広場に設営されているテーブルで飯をくいつつ、遠くのステージで奏でられているなんかよくわからん楽器の音色に耳を傾ける。
祭りの一週間のうち、ステージではなんらかの催し物がある。狩猟大会のような大きなものから、流れの音楽家を集めた演奏会や歌のコンサート。初等学校の生徒の演劇や、大道芸なんかもある。
そんな中で、大きなイベントがあるのは奇数日だ。
初日である本日の狩猟大会。三日目の美男美女を眺めるミスター・ミスサースフライコンテスト。五日目の街全体がコースとなる激走!樽抱え競争。今年は最終日の目玉、王都の歌劇団による歌劇『ボルティモアの三英傑』。こんなもんかな。
その中で見たいものはクリフが出る予定の五日目と、最終日の歌劇かな。ミスコン、知り合いが出るなら見てみたいけど、受付嬢のシンシアは興味ないって言ってたし、ソアラもああいうのは苦手っていってたから、誰も出そうにないな。うっかりシスター・アンナとか出るなら、酒飲みながら見に行きたいけど。
あぁ、そういえばクリフ出れるのか? 首痛めてたら走るにならんだろうに。参加賞の酒目当てだから、スタート直後にリタイア案件かな?
そんな事を考えながら売り子からエールを買って飲んでいると、ソアラとその友人、黒髪を二つお団子結びにした女の子……あぁっと、誰だったっけか? 最近、名前がすぐに出てこないことが増えてきたなぁ。二人が近づいてくるのが見えた。
「よぉ、ソアラ。と、その友人。祭りを楽しんでるか?」
「うん。美味しいものが沢山あるから、目移りしちゃうわ」
「こんにちは、ソアラの旦那様とチルちゃん。ねぇ、グレンさん。いい加減、私の名前を覚えてくれないかなぁ……」
「いや、覚えていないわけじゃねえんだぞ? ただ、歳のせいか酒のせいか、思い出せねえ……あっ! 思い出した。リンリンだ!」
おれは おもいだした!
……と、思ったのだが、違ったらしい。友人はじとっとした目を向けてきた。
「ぶっぶー。ランランですぅー。わざとやってる?」
「すまん、素で間違えた。御詫びとして、何か奢ろう。何食いたい?」
「え、いいの? やったー!」
「ちょっと、ランラン!」
「いいさ、いいさ。さっき泡銭が入ったから、グレンさんは財布の紐が緩くなっているのだ」
審査員の報酬はめちゃくちゃ高いもんじゃないけど、みんなで飯を食うくらいはある。俺はともかく、王都から審査員としてゲストを呼ぶんだ。それなりに少なくはない。
「ん? ところで、ランランのその籠はなにが入ってんだ? なんか買ったのか?」
「あぁ、これ? これは……」
ランランは何故か言い淀んでチラチラとソアラを見る。なんだ?とソアラを見ると、珍しく苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、口を開いた。
「あのね……三日目のミス・サースフライに出ることになっちゃったの……これは、その為に必要なお化粧道具をランランに借りようと思って、お願いしたの」




