第四十四話 Cランクのおっさん、久しぶりに見た顔
さて、狩猟大会も残すところ最後の一人となったのだが……遂に、この男がやってきた。
『ちょっとしたトラブルもありましたが、今大会もいよいよ最後のこの方をもって終わりを迎えます! 我らがサースフライ最高の冒険者として、そして多くの人々からあらゆる意味で畏敬の念を抱かれる男……Aランク冒険者、ロンドグレさんだぁあぁぁぁ!!』
サーシャのコールに、右手を挙げて応えるロンドグレ。それに呼応する様に、観客からは今日一番の歓声が沸き上がる。その中には『人に見せられるもんなんだろうなぁぁぁ!?』だとか、『今年は衛兵のお世話になるんじゃねえぞ?』など、不穏な野次も飛んでいる。
Aランク冒険者、ロンドグレ。ここ、サースフライにおいて街出身唯一のAランク冒険者だ。街の外から来たAランクはあと何名かいるが、生粋のサースフライの出身ではロンドグレのみである。
故に、街の人々からは期待の眼差しを向けられるし、それに応えられる実力の持ち主でもある。
Aランクまで登り詰める奴は、どいつもこいつも一癖二癖ある。性格もそうだが、能力的な意味もだ。なので、誰が最強で、誰が最高の冒険者かという話題は決着がつかないことがほとんどであるが、ロンドグレに関しては皆が共通する認識を抱く。
『こいつは、頭がおかしい』、と。
なんつうか……この人、悪い人じゃ決してないし、普通にしている分はめっちゃ気さくで皆も慕うほどにいい人なんだよなぁ。ただ、時々行動のネジが外れているというか、それに運が良いのか悪いのか色々と噛み合ってしまうというか……。
この大会の最優秀をとった数も一番多ければ、失格の数も一番多いのがロンドグレという男だ。
一昨年は審査をしていたオルセンさんも一瞬『あれ? こんな味の鳥いたか……?』と首を捻り、よくよく尋ねてみるとほんっっっっとうに珍しい、もう絶滅したかと思われていた鳥を捕まえてきていた。しかも、それを調理して皆に食わせてしまった。
これに関してはあまりにも知名度というか、まさか生き残っているとはという不可抗力もあったから、捕ってしまったのはしかたがない。しかし、一応禁猟指定鳥獣を狩ってしまったということと、その後の行動が問題があると衛兵の取り調べを受けることになってしまった。
捕まえてくる分には仕方がない。だが、普通珍しい鳥とわかれば調べるだろう。
当然、ロンドグレは調べていたし、それが絶滅したと思われていたシチフクマメドリだとわかっていた。その上で、『まぁ、もう殺しちゃってるし、これはどうしようもないな。そうだ、味はどうなんだ? 食ってみるか』と焼いて食ってみたところ、旨かったのでそのまま大会に持ってきたということだ。
アホか。焼くな、食うな。そして、人にそれを食わせるな。
あの時の王都から来た野生保護観察員の方の顔は、一生忘れることはないだろう。なお、シチフクマメドリがまだ他にも生き残っている可能性があると、調査に協力し無事他の個体も発見されたことで、ロンドグレはその功績で赦された。
大会の成績はもちろん、失格である。流石に知ってて調理済みを持ってきては言い訳のしようがない。仕方がないね。
そんなロンドグレが今年はどんなものを持ってきたか。クリフの持ってくるものが『アホの様なネタか、凄いもの』だとすれば、ロンドグレの持ってくるものは『めっちゃ凄いものか、めっちゃやばい(悪い意味で)もの』の二択だ。
彼がもたらす発見は、サースフライだけでなくククル王国にも、大きな貢献をもたらすものが多いからだ。
今年の方向性は、どっちだ……!!
審査員だけでなく、見守る観客も固唾を飲んで見守るなか、ロンドグレは俺に視線を向けてきた。
『今回、私が森で採ってきたもの……いや、取り返してきたもの……それは!!』
ロンドグレが布を勢いよく剥ぎ取る。そこに現れたのは、四角の透明な箱。どうやら中身が見えるよう、特別にガラス製の箱を用意したのだろう。ガラスもそこまで安くないのにな。それだけ気合いが入って……んんん?
俺は、その透明な箱のなかにある物をみて、目を細める。
そいつの顔……何処かで見たことがある……ってレベルじゃねーぞ!?
観客も『それ』に気づいたようで、ザワザワと大きなどよめきが広がっている。
『こ、これは……まさか!?』
『そう、私が今回持ってきたもの……それは、そこにいるグレン達が倒した、かのボルティモア大森林の司教。その忘れ物だ!!』
わあああぁぁぁ!!っと観客席から、地面を揺らすかと思うほどに歓声が上がる。
まさか、あの首を発見して持ってくるとは……!!
俺たちがあの司教を倒したあと、魔石がある頭部はスケイルグリズリーに差し出すことになった。チル曰く、どうやらあの時例のスケイルグリズリーたちは、あまりの暑さによって子どもがへばってしまったらしく、それを助けてもらいたくて人間に接触してきたらしい。
そこで、学者の卵エミーがなんか小難しい事をして、司教の頭に直に熱の魔術の術式を刻み、簡易の冷房装置にしてしまったのだ。それをお礼をするように頭を下げながら、森の奥へ持って行く彼らを見送ったのはまだ新しい記憶だ。
『こいつは、森の奥の奥……私も久方ぶりに背筋に冷たいものが流れる場所まで潜り、見つけたものだ。どうやらそこはスケイルグリズリーの巣だった場所のようで、グレンの話にもあった司教の頭を持ち去った個体が住んでいた場所なのだろう』
『ん? 待ってくれ。巣だった場所、ということはもう居なかったのか?』
『あぁ。私が発見した時には、もう一週間以上その巣に立ち寄った様子がなかった。恐らく、更に奥……国境を超えて向こうに行ったか、子が巣だったから巣換えをしたかだな。こいつはそんな巣で打ち捨てられていたのを発見したんだ』
そうか……あのスケイルグリズリー親子、もう居なくなっちゃったのかぁ。別に心が通じあったかどうかは定かでないが、共闘した手前やはり居なくなると寂しいもんがある。なんか知らんが、熊っぽい能力も得た(いまは使えんけども)し、熊になんか縁を感じる。
しかし、司教の首か。これは、俺がちゃんと見んといかんだろうなぁ。
『では、少し失礼して…………ふむふむ…………なるほど。大丈夫です。これは、俺がウェルやクリフたちと一緒に倒した、例の司教で間違いないです。ここ。この首の断ち傷は……あの、ちょっとお恥ずかしいですが、俺の未熟な腕で斬った雑な切断面で間違いないです』
実際はあの時スケイルグリズリーが切ったんだけどね。まぁ獣の爪で切ると、少し雑になるのは仕方がないね。結局、最終的に色々な判断から俺が不意打ちで斬ったという話になったから、俺の恥としておくのがいいだろう。
なお、歌劇ではこの時すでに俺は死んでいる状態なので、アスターが斬事になっている。
『おぉ、じゃあ本物ということで間違いないですね! 他の審査員の方も、こちらへどうぞ!』
サーシャに促され、他の審査員も次々と司教の首を見にやって来る。ヴィクター博士やリズベット女史、ジンネマン氏は興味深く、箱の中の頭部をまじまじと観察する。そんな中、この中では唯一事情を知るオルセンさんは微妙な顔をしているが、それでもやはり興味はあるようで見に来ていた。一応変なこと言い出さないか、小声で注意しとこ。
「……オルセンさん、顔。顔」
「う、うむ……だが、なぁ。本来これの功績は……」
まぁだ言ってるよこの人。含むところはあるんだろうけど、俺もクリフもそれ含めてもう終わった話だし、その分お金もいただいたからいいのよ。
『さぁて、ではそろそろ評価をしていただきましょう! サースフライにとって、今年一番の話題となったボルティモア大森林の司教。その失われていた頭部の評価を……どうぞ!!』
審査員たちは一斉に評価を書いたパネルをあげる。
10、10、10、9、10……オルセンさん、あんたねぇ……そこは『満点! 過去最高点数やったー!』でよかったじゃん。まぁ、それに言及もしないけども。
『でました! 今大会最高点数の49点です! 文句なし、最優秀は……ロンドグレさんの持ってきた……え? これ、収穫物とは言えない? 失格?』
サーシャがロンドグレの優勝を宣言しようとしたとき、大会の運営スタッフが慌てて止めにきた。
そして、ロンドグレの持ってきた物はあくまでも拾得物であり、参加は狩猟や採取で獲得した収穫物のみであるという大会規定違反となり、失格だとのこと。
あまりにもインパクトのある物だったので、俺も含めて皆忘れていたが、それはそうだ。
今年の優勝は、オオツノモドキコツノイノシシの白色個体で決定!
今年のロンドグレは、ダメな方のロンドグレであった。いや、やったことは凄いことだし、街にとっても良いことだったんだろうけど。仕方ないね。
なお、司教の首はギルドが買い上げて展示に回されることになったそうな。ちゃんちゃん。
司教のお話が少しわかりづらいかなと補足
実際はグレンが熊の力で勝ったけども、そんな話をするわけにはいかないと、グレンとクリフがなんとか倒したとウェル達はギルドマスター達に報告。しかし、そんな話は嘘だと見抜かれ、そして何かウェルたちに隠したいことがあると察したギルドマスター達が口裏を合わせ、ウェル達主体で倒しグレンは最後の力を振り絞り不意打ちで首に剣を突き刺した話になっています。(街に示した内容もこれ)
歌劇ではそれが改変されて、トドメはアスターがさしたことになっています。
それと、グレンはあのスケイルグリズリーの夫婦が時次郎と清美であると知りません。そして、フール戦で力をくれたのが二人だとも気づいていないです。二人があえて知らせなかった結果でした。




