第四十三話 Cランクのおっさん、目が点になる
『いやぁ、いい仕事してますねぇ』
王都の大商人・ジンネマン氏がなんかどこかで聞いた様な台詞で、参加者の持ってきた収穫物を目利きしている。
俺も近くで見せてもらったが、これは確かに素晴らしいものだ。長年、ボルティモア大森林に潜ってきた俺でも、ここまでご立派ぁ!なモノはみたことない。
『それでは、参加番号8番ドルバンさんのフタゴドゥルドゥルタケ……評価をどうぞ!! 8、9、9、8、9……43点! 高得点が出ました!!』
観客から大きな歓声と拍手が上がる。かなりの高得点であり、暫定二位の点数である。
現在一位は45点のオオツノモドキコツノイノシシという、オオツノイノシシの特徴を持つが実はコツノイノシシという、これまで少数しか確認されていない生物の白色個体だ。
もはや何が何やらわからんが、ヴィクター博士とリズベッド女史が大層興奮して解説をしてくれた。俺は、はえーすっごいと聞きながら評価するという、ちょっとズルい評点の仕方をしたが、オルセンさんのあの微妙な表情は俺と同じ感じだったので、セーフセーフ。
さて、大会もいよいよ佳境を迎えていた。残すは二人。しかも、そのうち一人はクリフという、なんとも楽しみな様な、不安な様な、ドキドキがある。
参加者が何を持ってくるかは、大会関係者でも預かり知らない。ただ、ボルティモアレッドマロンだけは事前に聞かれるので、一番最初に出されるのだが。たまに聞かれたのに違うと見栄をはり、最後の方で再度ボルティモアレッドマロンが出てきてブーイングの嵐になるのも、ひとつの大会あるあるだったりもする。
だが、まぁ……クリフはそんなつまらんモノはださんだろうと、俺は期待している。あいつはなんだかんだ俺以上にボルティモア大森林と生きてきた、ベテラン冒険者だ。少しその仕事にむらはあるが、何年か前に最優秀賞をとった事もある。優秀賞の数は俺の方が多いから、く、悔しくないもん!
『さ~て、大会もいよいよあと二人を残すところになりました。それでは、次の参加者の収穫物を見てみましょう! ……おや? なにか、動いているというか、鳴き声が聞こえてきますねぇ……何が出てくるか楽しみです! では、この大会では毎度お馴染みのあのお方、Cランク冒険者のクリフさん、どうぞ!!』
司会者に促され、クリフは目の前にある布を勢いよく剥ぎ取った。
すると現れたのは、少し大きめの箱であった。それは、特に変わったものではない。そこいらの野菜などを入れるための、ただの箱だ。
だが、そこからひょっこりと顔を出している生物に、全員の目が点になった。
大きさは箱のサイズからみて70cmほどだろうか、チルより小さい。そこから出ている顔は……というより、緑色だ。ゴブリンの様にうっすら緑とかではなく、真緑といっていい。つぶらな瞳に大きなくちばし。そして、頭の上にきれいなお皿が乗っかっている。
しんっと静まり返った会場の空気を読んでか読まないでか、クリフはそれを箱から抱き上げて皆に見えるように台に置いた。やはり、全身緑色だ。そして、手足には水掻きのような物が見られ、背中には大きな亀の甲羅の様なものが見える。
いきなり大勢の人に見られている事に怯えているのか、小さく震えながら『きゅぅ、きゅぅ』と鳴いて……いや、泣いている。
どうみても河童です。本当にありがとうございました。
『え、え~と……これは私も見たことのない生き物ですね! 早速、審査員の方々に見ていただきましょう!!』
司会のサーシャに振られた俺たちは、席から立ってその不思議な生物……河童と思わしき生物へと近づく。だが、知らない人間が近づいてくるのが怖かったのだろう。クリフにかきついて、顔を腹に埋めて鳴いている。
「お、おいクリフ……お前、それ何処で拐ってきた」
「拐ってきたとはご挨拶じゃねえかグレン。お前さんのチル坊と同じさ。ほら、森の中で川が流れてる場所あるだろう? そうそう、あの入り口からちょっと歩いたあたり。あそこで何か見つかんねぇかなーって眺めてたら、川上のほうからこいつがぷっかり浮かんだまま流れてきたんだわ。
んで、たまたま持ってた酒の当てのキュウリをやったら懐かれちまってよう。つっても、チル坊みたいに人間じゃなさそうだったから、『おぉ、じゃあこいつ収穫物になるじゃねえか。見たこともねえしな』ってことで、連れてきたんだわ」
「お、おぉ……ほな、誘拐ちゃうか……とはいえ、こいつは俺の知る限りだと、貴重とかそんなレベルじゃねえ気が……」
「その通りッッ!!」
突然、隣で大声をあげるヴィクター博士。先程の変なイノシシの時以上に、目を血走らせながら河童を観察し、いまにも倒れそうなくらいに浅い呼吸を繰り返している。あの日馬車であった時の穏やかな爺さんの姿はなんだったのか。
「こいつは……いや、この子は、まさしく伝説にある『妖怪』と言われる、幻獣の一種ですな」
「妖怪? なんだそりゃあ?」
ヴィクター博士の解説に首を傾げるクリフとサーシャ。様子を窺っていた審査員でもジンネマン氏はピンときていない。
俺は前世の馴染みもあるし、書物で見たことがあるから知っている。オルセンさんは元々バリバリの冒険者で、幻獣種の知識もあるだろうし、リズベッド女史も研究員として知っているだろう。
妖怪とは、魔物のなかでも幻獣種と呼ばれる区分の、更に細分化されたものだ。
そも、魔物とは『魔力を持つ、人類種以外の生命体の総称』のことであり、よく創作物で出てくるような邪悪な物とか悪しき者なんて大層なもんじゃない。魔力器官を有する生物は、人間以外すべて魔物ってこった。
んで、その中でも高度な知能を有する……たしか、人間とある程度意思疏通が可能な個体群の総称を、古くからの呼び方で幻獣種とよんでいたはずだ。ちなみ、以前キノコの周りをうろうろしていたアニキは精霊なので生命体ではない。肉体ないから生命体か怪しいし。
そんな幻獣種のなかでも、少しばかり人間に悪戯というか……種族の中で明確な目的というか、欲を持つやつらが『妖怪』と呼ばれている。例えば、この河童なんかは相撲が大好きだ。相撲を人間としたいが為に、人里へとやって来ると伝えられている。
なお、負けると尻子玉を抜かれる……なんてことはなく、純粋に相撲がしたいだけらしい。ただ、勝つとなんか貰えるらしいが。
ちなみに、ククル王国では相撲はポピュラーな格闘技だ。若干、日本のものと違う部分はあるが、これも恐らくかつての日本人が伝えた……もしくは、河童が人間に広めたかのどちらかだろうが、詳細は不明だ。王都の冒険者には元相撲力士の冒険者もいるらしい。
そこで俺はふと気がついた。いまの、クリフの腹に抱きついている河童の姿。それが、相撲でのまわしをとった姿の様に見えることに。
それとほぼ同時に、クリフの体がふわっと宙を浮いた。
「ぬわああぁあああああ!?」
「きゅっ! きゅぅぅぅぅぅ!!」
あの小さな体の何処にそんな力が……あぁ、そうか。こいつ、魔物だから魔力で身体強化出来るんだ。しかも、かなり強度の高いやつを。
腹からそのままクリフのズボンのベルトを掴んだ河童は、そのままブリッジをするように綺麗な放物線を描き、クリフはステージと熱烈なキッスをすることになった。
──決まり手・フロントスープレックス。
ステージに激突寸前で身体強化が間に合ったのか、クリフの首はなんとかL字にはなっていない。ステージが比較的柔らかい素材で助かったな……。が、気絶してしまった為、クリフは棄権となった。
というか、森の比較的浅いとこで河童なんてものがいるなんて知れたら大変な事になるので、クリフには悪いが失格扱いをすることになった。河童を捕らえようとする、欲深いやつらが殺到しかねないからだ。
なので、総合的かつ高度な判断のもと、『あれは知り合いの子どもに仮装をさせたナニか』という事になり、クリフは失格の不名誉が与えられた。まぁ、酔っぱらって変なもん持ってくることは何度か前科があるし、観客も『あいつ、またやったか……』という感じだ。以前は貴重なキノコと勘違いして犬のうんこ持ってきてたし。
まぁ、そんな面白枠も兼ねるから、クリフは大体最後から一個手前の順番固定なんだけどね。俺が参加してたら俺かクリフかのどっちかが担当って感じだ。
やべ、一瞬……もしチルと出会うタイミングがいま位なら、俺も『収穫してきたぞ! たぬきっぽいガキかなにか!』とかやってたかもしれん。
そう思い、ちらりとチルを見ると、その瞳は隣でクリフからせしめたキュウリを頬張る河童に釘付けで、キラキラと光っていた。




