第四十二話 Cランクのおっさん、緊張する
秋だ! 実りだ! 収穫祭だ!!
というわけで、秋も本格的に到来。今年は過去にみない暑さの為、作物などで不作がでる品種もあったそうだが、それでもおおむね例年通りに収穫が進み、収穫期が終わってみれば結構いい出来らしい。既に街では新米など、今年収穫された物も出回っており、市場を賑わせている。
この時期になるとククル王国中、あちこちで収穫祭と呼称される祭りが開催され、皆盛り上がるわけだが……その中でも最も有名というか、人が集まるのがサースフライの収穫祭だ。
王都などは収穫祭というよりも、もっと別の祭りが有名なのだがそれは置いておく。とにかく、サースフライは周囲の豊かな畑や水田による農作物の収穫に加え、ボルティモア大森林の恵みが合わさって、とにかくこの時期は賑わう。
特に、やはり目玉はボルティモア大森林の恵みだ。他の場所では出回らない、手に入りづらい素材等を売買できると、商人をはじめ多くの人が訪れる街となるのだ。
それに、今年は目玉の展示もある。それは、俺たちが討伐したボルティモア大森林の司教の死骸だ。あの死骸はギルドが管理をし、現在では腐敗防止の処理がされて資料室で保管されている。当初素材として解体がされる予定だったが、滅多に手に入らないことと、少しばかり素材にするには状態が悪かった(背骨と内臓破壊により)ので、じゃあ折角だし収穫祭の目玉にしてしまおうという話だそうな。顔はないが。
なお、その討伐劇を題材にした、王都で流行った歌劇は収穫祭でも催し物として、中央広場で開催されるらしい。わざわざ王都から有名な歌劇団がくるとか。またグレンとクリフが死ぬのかぁ……壊れるなぁ。
そんな大規模な祭りは、最終日の本祭を含めて一週間開催される。こんな人も金も動く祭り、一日で終わらせるとかもったいねえよなぁ!という、逞しい理由だ。
本祭以外の期間では、中央広場で連日催し物が開催される。本祭はサースフライ全てが舞台だ。ガン○ムファイトォ……。
そして、本日はお祭りの初日。今日の催しは……。
『お集まりの皆様! 大変お待たせ致しました! それでは、ただいまより……ボルティモア大森林、狩猟大会の開催ですッ!!』
拡声の魔導倶で女性の司会が高らかにコールすると、集まっていた人々が一気に歓声をあげる。いつもはそこそこにしか人がいない中央広場も、いまは芋を洗うほどの混雑であり、こんな中にチルを放てば一瞬で熨しチルの完成だ。炙れば香ばしいかもしれない。
だが、そんな心配は不要だ。何故なら、俺とチルは現在、観衆側ではなくステージ側にいるからだ。
『それでは、早速皆様の集めてきましたボルティモア大森林の恵みを見て参りましょう! 参加番号1番……Cランク冒険者のジィーラさんです! 今回お持ちいただいた素材はなんでしょうか?』
『今回俺が持ってきた素材は……これだ!』
そういってジィーラと呼ばれた冒険者は、目の前にある台にかかっていた布を勢いよく剥ぎ取る。するとそこにあったのは、数個の毬栗であった。あれはボルティモアマロン……いや、違う! あのトゲの多さ、見える中身のテカテカした光沢具合。ありゃあ……!
『俺が採ってきたのは、ボルティモアマロンでも最高品質のもの……通常、ボルティモアマロンがとれる辺りよりも更に奥にいった場所で採ることの出来る栗、ボルティモアレッドマロンだ!』
観衆の一部からは、おぉ……っと感嘆の声が聞こえる。ボルティモアレッドマロンは、高級食材とも言われるボルティモアマロンを更に大きく、味もよく、風味も良くしたような品種だ。採れる場所的にもあまり市場に出回らないし、そもそも契約した店でしか卸されないなど、一般庶民が口に出来ることはほとんどない。それ故に貴重な逸品であり、なるほどこの場に相応しいものだろう。
だが……。
『大変貴重な恵みですねぇ~! それでは、少し審査員の方にもお話を聞いてみましょう。今回、特別ゲストとして審査をしていただくことになりました、グレンさんにお話を聞いてみましょう』
審査員として緊張の面持ちで座っていた俺のところに、司会者が拡声の魔導倶を持ってやって来る。
そう、俺は今回審査する側として、この狩猟大会に参加しているのだ。例年、俺は素材を持って参加する側だった。冒険者にとって、この催し物は自分の腕を発揮する機会として、皆気合いが入っている。それは俺も同じで、毎年ボルティモア大森林で皆が驚く様な素材を探し、何度か優秀賞もいただいていた。最優秀はとれたことないが。
俺は先日のフールの一件で怪我をした。一応治療院で完治はして貰ったが、一週間以上入院して鈍ってしまった勘は早々取り戻せない。なので、森に入って気合いを入れて狩猟!なんてもっての他だ。また治療院にとんぼ返りしてしまう。なので、今年は涙を飲んで不参加となった。
そんな中で、今年は例の司教の件もあり、サースフライの街としてもこれを機に色々と売り出したいところらしい。本来は歌劇などで主人公になっているウェルをゲストに招きたかったそうだが、本祭までは依頼が入っているそうで来られないとのこと。
そうなると俺かクリフなわけだが、クリフの場合審査するまで酒を我慢するのが無理そうだと判断され、結果俺が壇上にあがるはめになってしまった。ギルドと商工会からの御達しなら従うしかねぇ。いや、やってみたかったってのも大きいけどね。
チルはオマケとして俺の隣に座っているが、いまはここに来るまでに買った屋台の食べ物を食べているので大人しい。時々、観衆の方から手を振られ、それに返す仕草に皆から黄色い声援を浴びて嬉しそうにしている。
『え~、ボルティモアレッドマロン、秋の実りを代表する逸品ですね。殻の状態から見ても採れて数日のものであり、中の粒も大きい。これは素晴らしいものだと思います』
俺は出来るだけ、当たり障りのないコメントをする。それに対し、壇上の他の審査員も皆同じ意見だと小さく首を縦に振っている。
だが、この大会を毎年見ている皆は既に知っている。
このジィーラというCランクの男が優勝することはないのだと。この男、恐らく今年はじめてこの森に入ったのだろう。確かに、ボルティモアレッドマロンは貴重な一品だ。よく採ってきたと褒めてもいい。値段も高価で、ボルティモア大森林の秋を感じさせる。だが、それまでだ。
というか、この栗は毎年大会で出てくる。しかも、決まって一番手にされる。それは、『こんなもの持ってきやがったぜこのニュービーは(笑)』という洗礼だ。その証拠に、他の参加者はまったく焦る様子がない。
『それでは、審査員の方々の評価を見てみましょう! えーっと……はい、皆さん5点ですね! というわけで、ジィーラさんの評価は全部で25点となります! と、いう感じで、おおよそこれくらいの物が基準となります。さて、では次の方のを見ていきましょう!!』
司会の女性……実はギルド職員の一人、サーシャはさらりと進行を続けていく。彼女はギルドでも内勤ではなく、ボルティモア大森林の巡回などを衛兵と共に行う、元Bランク冒険者の女性だ。滑舌の良さと持ち前の明るさから、数年前から司会を務めている。冒険者たちからも人気の娘だ。
想像していたものより点数が低かったからか、それとも自分の持ってきた物が『例題』のように扱われたからか。ジィーラはぽかーんとした表情で固まっていた。
いや、ほんと毎年出てくるのよ。ボルティモアレッドマロン。酷いときには三人くらい。あまり市場に出回らない為か、幻の食材と勘違いしちゃう人、まぁ外からの人だな。これが多いのさ。ある程度街の人と交流していれば、『大会にでる? ボルティモアレッドマロン? やめとけやめとけ、恥かくぞ』と教えてくれるんだがなぁ……。
だが、安心しろジィーラ。それは大会後引く手あまたで売れるから。貴重ではあるし、商人は皆欲しがるさ。ただ、皆が見たいものじゃなかっただけで。
ちなみに、この大会を観戦するマニア達の中には、このニュービーが出してくるボルティモアレッドマロンの品質を毎年楽しみにしている奴等がいる。その年その年のマロンの出来を仲間内で品評するのだ。そういう楽しみかたもよかろう。
大会の点数は一人10点満点で、俺含めて五名の審査で執り行われる。
審査員長である冒険者ギルド事務長、オルセンさん。
王立動植物研究所の副所長、ヴィクター博士。
同じく王立動植物研究所主任研究員、リズベッド女史。
王都でも一、二を争う大商会の会頭、ジンネマン氏。
そして、Cランク冒険者のおっさん、俺&子どものチル
以上の愉快な仲間で審査するよ!
俺だけ格があわねえなぁ……。




