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第四話 Cランクのおっさん、受け取り拒否される


 教会は街の東よりに位置する大通り沿いにある。このあたりは他にも役所だったり治療院だったりと、生活のなかで公共性のある建物が並んでいる。必然的に人の往来も多いわけで、チルを連れた俺は次々と知り合いと顔を会わせることになった。


「あらぁ、グレンさんじゃないの。この間は荷物の手伝いありがとうねぇ! こっちで会うのは珍しいじゃない、今日は仕事? え? その子……グレンさんの子? 心配だねえ……ちゃんと食べさせるんだよ?」

「よぉ、グレン。お、それが噂の隠し子ってやつか? あぁ? 兵士のモンドに聞いたんだよ」

「こんちわー、グレンさん! あれ? なんですか、そのチビッ子は? え? グレンさん結婚してたんですか!? ちょ、おーい! グレンさんがー!! ソアラー! 大変だー!!」

「おいバカ、やめろモーリス!! 騒ぎを大きくすんな!!」


 狭い田舎街なんてこんなもんだ。噂が噂を呼び、尾ひれに背鰭に胸鰭までついて、角がついて赤くなって三倍の速度でそのまますいーっと街中を泳いでいっちまう。最初こそ出会う知り合いにギョッとした目で見られていたが、段々と『あぁ、この子が噂の』と、興味本位で見てくる連中ばかりだ。

 娯楽の少ねえ田舎街だからってのもあるだろうけど、こればかりはもう仕方がないだろう。こういう誤解を解くためにも、早いとこシスターに預けることにしよう。


 教会はそこまで大きなものではないけれど、それでも国教の教会ってんで田舎街の割りにはそこそこに立派だ。玄関上にあるステンドグラスも綺麗で……いや、あれ、模様じゃなくて割れてんな、おい。まさか、割れたまま放置してるのか?

 よく見れば、そこかしこで傷があったり、ドアや壁も割れているところもある。こういうのって見栄えもあるからちゃんと改修するもんじゃねーのか……?


 小首を傾げながら玄関から入ると、教会の中は誰もいなかった。窓の外からさす光に、埃がキラキラと……キラキラと……きらき……ら。


「ぶえーっくしょい! ふえーっくっしょん!!」

「くしゅん! んっくしゅんっ!! へっぶしっ! おろろ~ん!!」


 あまりの埃に、俺もチルもくしゃみが止まらなくなってしまった。いや、どれだけ掃除してねえんだここ!? 貧民街の安宿でも流石にここまで酷い事にはならないぞ?


「チル、これで鼻を覆っておけ……ぶえっくしょい!!」

「あい……おはな、じゅるじゅる」


 俺は荷物から綺麗な布巾を取り出すと、チルの口と鼻を覆うように頭の後ろで巻き付けてやった。獣人は鼻がいいと何処かで聞いたことがあったので、この埃具合は俺よりもキツいだろう。いや、俺もきついなこれ。俺も布巾使おう。

 そんなことをしていると、一番前の長椅子でモゾモゾとなにかが起き上がるのが目に入った。それは……その人こそが、この教会の主であるシスター・アンナであった。

 冒険者時代に失った右目を眼帯で隠し、左頬には大きな傷跡がある。しわだらけの顔だが、決して老婆という印象を与えない、精悍な顔つきの婆さんだ。いや、精悍な顔つきのシスターってなぁに? 


「うーるさいねぇ……こちとら二日酔いが二週間目に突入してんだ。勘弁しておくれよ」

「二週間続いてるんならそれは二日酔いじゃねえでしょ。お久しぶりです、シスター・アンナ。グレンです」

「あぁーん? グレン? あのしょっぱい身体強化と器用貧乏な属性魔術しか使えない、万年C男のグレンかい?」

「……その覚えられ方は……まぁ仕方ないですが、そのグレンです。少し相談があってきました」

「相談ー? 金の無心なら他をあたっておくれ。あたしゃあ金なんてないよ。街から出る寄付金も全部酒代に消えちまってるからねぇ! あーっひゃっひゃっひゃっ!!」


 やっぱとんでもないなこの婆さん。酒に使う前に教会の修繕に使ってくれ。街の代官に聞かれたらまた縛り首にあうぞ。


「んで、そっちのおちびさんは誰だい? お前さんの子どもってわけでもないんだろぉ? そんくらいわかるよ。だてにシスターやってないからね」

「この子はチル。大森林で一人でいたのを、連れてきました。身寄りがないみたいなので、シスター・アンナに預かってもらいたいと思って連れてきたんです」

「ふーん……チルとやら、ちょっとこっちおいで」

「……」

「ふーむ」


 椅子から身を起こしたシスター・アンナは、目を細めてじっとチルを見つめる。その瞳は決して値踏みをしたり、何かを見抜こうとするような、意図のある視線ではなく、普段の姿からは想像もできない慈愛のあるものだった。

 しかし、チルは先程から俺の足に身を隠すように掴まり、シスター・アンナを出きるだけ見ないように俯いていた。


「どうした、チル。シスター・アンナは見た目こそちょっと怖いけど、優しい人だぞ?」

「見た目が怖いは余計だよ! いや、いいさ。どうやら、その子は私のスキルを恐れてるんだろう。獣人特有のものか、その子の勘が良すぎるせいかはわからないけどねぇ。怖がらせちまったねぇ。ごめんよ、チル」

「……うん、いいよ」

「ふふ、チルは優しい子だねぇ」


 シスター・アンナは元冒険者とあって、様々なスキルを獲得している。詳しいことは聞いたことがないが、過去の事件やらで推測するに、何か威圧系のスキルがあるのだろうとは言われている。

 だが、スキルがあるとはいえ、それは発動していればの話だ。現に、俺は別にシスター・アンナに対して威圧感などは感じない。いや、その風貌とか振る舞いに気圧されはするけども。

 それを感じることができるってのは、恐らくチルに何らかのスキル……もしくは、それに似た力があるのだろう。そういえば、初めて会ったときも『怖い動物は近づかない』とかなんとか言ってな。


「シスター。俺はこいつの面倒は見ることは出来ねえ。冒険者なんてのはいつ死んでもおかしくねえし、結局のところは真面目に生きることが出来ない落伍者みたいなもんだ。それは、同じ冒険者をしていたシスターもわかるだろ?」

「はんっ! 一緒にせんでもらいたいねぇ。私はそれなりに国にも貢献してきたんだ。こうやってシスターの真似事もしてるくらいだしねぇ。

 だがまぁ、言わんとすることはわかるよ。で? チルや。お前さんはどうしたい? ここに残って私と一緒に暮らすか、それともその万年C男に着いていくか。

 言っちゃあなんだが、これでもシスターやってんだ。あんたが成人するまではちゃーんと面倒見るし、いくつかの不便はあるだろうが、そこまで苦労はさせないよ」


 シスターの問いかけにも、チルは答えようとしない。そればかりか、俺の足を掴む手の力が更にぎゅっと強くなった。ここまで慕われれば、流石に多少情も湧かない事はないが、こればかりは折れてやることは出来ない。


「そうだぞ、チル。最初に出会ったのが俺だったってのもあるだろうし、まぁ迂闊に飯分けたのも悪かったが……俺は仕事で街を離れる事も多い。とてもじゃねえが、お前の面倒を見てやる時間なんてないんだ。まぁ、ガキが嫌いってのも嘘じゃねえが、それ抜きにしても子どもを育てるなんて無理なんだ。わかってくれ、な?」

「……グレンおじちゃんと、一緒がいい」

「はぁ……頼むよ、チル。わかった。たまに教会に遊びに来てやってもいい。サンドイッチも持ってこよう。それじゃダメなのか?」

「……ダメ。一緒がいいの」


 頑なに俺から離れない離れない様子のチルに、シスターはフッと笑みを浮かべて立ち上がり、腰を手で叩きながら伸ばす。


「んー、しょうがないねぇ。グレン、諦めな」

「え!? いや、そう言われても無理だって! とてもじゃないが、俺に子育てなんてできねえよ!! 頼むよ、シスター!」

「それでも、その子が望むんなら、私はその子を引き取ることは出来ないよ! あんたもいい歳なんだ。そろそろ身を固めな!」

「いやいやいや! ほ、ほら、男親だけで育てるなんて無茶だろ!?」

「なんだ、そんなことか。それなら早くソアラを貰ってやりな。いくら枯れた朴念仁のあんたでも、あの子の気持ちくらいわかるだろうよ」

「そ、ソアラは関係ないだろう! ソアラは……その、ダメだ! あれはそういうんじゃねぇ!!」

「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと結婚でもなんでもしなっ! 式の面倒は見てやるが、その子はあんたが面倒見な!! 

 さぁ、話は終わりだ。出ていった出ていった! あたしゃあ今から酒盛、違った……神の血を補給する大事な御勤めがあるんだ。それとも、その情けない面をこいつでブッ飛ばしたらいいのかい!?」

「うわぁぁ!? やめろやめろ! 酒瓶を振り回すなぁ!!」


 空の酒瓶をブンブンと振り回すシスター・アンナから逃げるべく、俺はチルを抱えて教会を飛び出していく。大通りを歩く人々は何事かと目を丸くしていたが、後ろから酒瓶を振り回すシスターの姿を見て、『あぁ、いつものことか』と再び歩き出す。


 結局、宛にしていた教会もダメだった。これからどうしたもんかと途方にくれる俺の腕の中で、なぜかチルはえらくご機嫌な様子だった。


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