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万年Cランクのおっさん冒険者、伝説の成り上がり~がきんちょを拾っただけなのに……~  作者: 赤坂しぐれ
第二章 Cランクのおっさん、親になる

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第三十九話 誓い


 「トキジロウおにいしゃん、キヨミおねえしゃん……おとうしゃんを、たしゅけてくだしゃい……」


 赤い顔で浅い息で呼吸するチルは、繰り返し呟く。自身に記憶はなくとも、魂に刻まれている友の、兄と姉とも呼べる存在の名前を。

 そして、集められた魔力を込めたチルの言葉は、以前結ばれた回線(パス)を通じて、待ちから離れた森の奥地へと届く。



「ッ!」


 ボルティモア大森林の奥地。そこで平和に暮らしていたスケイルグリズリーの雄は、回線を通じて運ばれてきた助けを求める声に、バッと顔をあげる。


 時が、来てしまった。


 それは、この世に再び生まれんとした時に結んだ、盟友(とも)達と結んだ誓い。


 雄のスケイルグリズリー──かつて、『あすなろ園』という児童養護施設において、年少組のまとめ役だった時次郎──は、隣で不安そうに見つめてくる雌のスケイルグリズリーを見る。

 この雌のスケイルグリズリーは時次郎と同じく、『あすなろ園』に同じ時期に入所した幼馴染みである、清美が生まれ変わった姿だ。


 時次郎達はあの日、炎と黒煙に巻かれて短い生涯を終えた。

 しかし、気がつけば何もない場所に生まれたままの姿で立っており、あの場で力尽きた十二人がそれぞれ、何か大いなる存在によって導かれる事を魂で感じた。

 言葉での説明はない。なにかを成し遂げる為の使命もない。ただ、あの時の祈りを叶えてくれるための、『延長戦』をさせてくれるのだと、心がそう理解した。


 自分と幼馴染みは、お互いに素直になれなかった、自分達の気持ちを叶えるために。

 三姉妹の内、体の弱い長女の女の子は何事にも屈しない体を得るために。そして、妹二人はその姉を助ける為に。

 勉強が好きだった男の子は、学者となって真理を探究するために。

 双子の兄妹は、大好きだった機械弄りをするために。

 自然を愛する小さな女の子は、動物に囲まれて生きるために。

 物語の主人公に憧れる男の子は、最高の英雄を目指して。

 施設でリーダー的存在だった男の子は、愛するものを守れるようになるために。


 そして、無垢なる赤ん坊は、温かく抱き上げてくれた、あの人と共に生きるために。


 赤ん坊だった八千留は、まだなにもわからないが故に、いつかのあの日に感じた安らぎの思い出を求めた。

 だから、八千留以外の十一人はそれぞれがこれから生きていくであろう道の、その先でいつかその時が来たとき。一番幼かった妹を救うためにと誓いあった。


 ──今度こそ、何があっても、この子を……八千留の事を守ろう。今度の生が、八千留にとって幸せに生きられる様に。


 子ども達の中でリーダー的存在だった、皆が兄と慕う少年の言葉に全員が頷きあい、そしてそれぞれに付いていた大いなる存在と共に、再びこの世に生まれ落ちた。


 時次郎と清美を導いたのは、上半身裸の状態で熊の毛皮を頭から被り、野性味溢れる格好をした筋骨隆々の男だった。その男は、時次郎達が新たに生まれ落ちる前に色々な事を教えた。


 この世には魔力というものがあること。その使い方や、危険性。森での生き方や、前世での勉強では習ったことのない事も沢山学んだ。


 そして、この世界には蒼空から堕ちてきた『悪意』が存在すること。


 ただ、その『悪意』を時次郎達がどうにかしなければいけない、という訳ではないらしい。それは時次郎達よりも先に生まれた存在がなんとかすると言った。


 教えられた物のなかには、自分の命を犠牲にするモノもあった。だけど、それを使ってはいけないとも、大いなる存在は言わなかった。


 『必要であれば、その心が必要だと感じるのであれば、命を燃やしなさい。これからの生は、君たちが決めるんだ』


 ニカッと笑い、最後にそう言って消えた大いなる存在の事を思いだし、時次郎は隣の清美の瞳を見つめる。その瞳は少しだけ動揺の色をみせ、けれども子どもたちをそれぞれ見つめた後、覚悟を決めたものになっていた。


 自分達の可愛い末妹が、助けを呼んでいる。ならば、全力で助けよう。

 我らが懐かしき名を呼ばれたその時こそが、合図なのだと。



『我が子らよ、聞きなさい。私と母さんはこれから遠い所へと行かねばならなくなった。君たちを連れてはいけない。ここで、御別れだ』

『な、なんで? 俺たちも一緒に連れていってよ!』

『そうだよ! 今度一緒に狩りをしようって約束したじゃん!』

『……すまない。だが、わかってくれ。私も母さんも、あの人の為に生きる事を選んだのだ。お前たちは、お前達の好きな様に生きなさい。そして、我が妹を……チルの事を頼む』

『ごめんなさいね……あなた達を置いていく私達を、どうか許してちょうだい。あなた達が幸せに生きられるよう、遠くの蒼空から見守っているわ』


 そう言って三頭の小熊に頭を下げる時次郎。同じように清美も頭を下げると、三頭の中でも一番小さい小熊。かつて、熱中症で瀕死の状態になっていた、いまではすっかり鱗状の毛が生え揃った小熊が力強く頷く。


『わかったよ、とーと、まーま。わたし、お兄ちゃん達と一緒に、がんばる! チルのことも、任せて!』


 以前、命の危機を救ってくれた獣人の少女、チルの姿を思いだし、一番小さな小熊はまたひとつ頷く。一番下の妹にその様な事を言われては、兄として立場がないと残り二頭の小熊も、泣きそうになる気持ちを堪えてぐっと歯をくいしばる。


『俺、この森で一番強い熊になる! 父ちゃん達が倒した、あの猿よりももっともーっと強く!』

『じゃ、じゃあ僕は二番目に強い熊になる! 兄ちゃんを支えて、森を全部縄張りにするんだ! こいつのことも、兄貴と一緒に守るから!』


 強がりを見せる二頭の目には、涙が光る。時次郎はその姿を見て、心が痛むと同時に安堵の気持ちも抱いた。


 大いなる存在から教えられたものは、すべてではないが子どもたちにも伝えてある。魔力を使える子どもたちは、いずれ森の覇者になれるかもしれない。なれずとも、ただ無為に殺されることはないだろう。


 それぞれが三頭の子どもと抱擁し、頬を舐めあってから名残惜しそうに離れた。そして、時次郎と清美はふっと笑みを浮かべて瞳を閉じる。


 三兄弟のこれからの生に、大いなる者の祝福があらんことを。そう祈りながら、時次郎と清美の姿は霧散するように消えた。その存在は魔力に乗って、サースフライヘと飛んでいく。



 その日。ボルティモア大森林から青と黄色の光が飛び出し、サースフライに飛び込んでいくのが多くの人に目撃された。

 そして、それは後の世に、『邪悪を討ち祓う聖なる光の伝説』となって、とある冒険者の名と共に語り継がれるのであった。


 なお、この日以降に魔力を持つスケイルグリズリーの目撃情報が出始め、だが不思議と人を襲うことがなく、むしろ危機に駆けつけてくれるということで、同じく伝説の一部としてボルティモアの守り神と称されることになるが、それはもう少しだけ先のお話である。

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