第三十七話 Cランクのおっさん、命を燃やす
魔力も気力も削られ満身創痍の中、グレン達は再び立ち上がりフールと対峙する。
ここまで全員が身体強化を限界まで張り続け、少しでも速く、少しでも力強く、その実力を発揮出来るようにと、命を燃やすようにその魔力を体に注ぎ続ける。
限界をいまここで越えねば、自分達を打倒した後にこの悪漢は、次に街の人々を襲い始めるだろう。
その中には自分にとって、愛すべき者がいるかもしれない。大切な友が、恋人が、子どもが。それら、大切な者たちの明日を……日常を守るために、燃やす。
己の命を、限界の向こう側へ。
二、三の言葉を交わし、息を整えてフールを取り囲む様に配置につく。
そして、まず始めに動いたのは、グレンであった。短くなってしまった棒に魔力を注ぎ、その強度を攻防に耐えうる物へと変質させる。
身体強化の魔術はその応用性の高さから、冒険者にとって必須の魔術と言っても良い。
己の体の強化は勿論のこと、その術式の解釈を己の持つ武器にまで延長することによって、武器の耐久性や鋭さを強化することが出来るのだ。ただし、使用者の魔力の量や、扱う魔力の質によっては武器をただ崩壊させかねない、非常に技術を要するものであるが。
そこにおいてグレンは、ベテランの風格を発揮する。
淀みない魔力の浸透により、鋼を想わせる硬さまで昇華された木製の棒が、フールの眉間へと向け振り下ろされる。しかし、そんな単純な一撃など、いまさら通用するわけもなく、振り上げた上側左腕が握る剣によって受け止められた。お返しとばかりに振り上げられた下側右腕によるアッパーに腹を打たれ、そのままグレンは血反吐を吐きながら宙を舞う。
しかし、それと交代するかのように、衛兵の一人が石畳を踏み抜く程に疾走し、横薙ぎにシミターを一閃する。体やシミターに込められた魔力はグレンの比ではなく、そこいらの冒険者程度であれば臓腑どころか背骨まで切断出来るほどの一撃。
が、これもフールは下側左腕と左膝で挟む様にシミターを受け、身動きがとれない衛兵を剣で袈裟斬りにし、その命を刈り取る。
「術、式解放ぉッッッ!!!」
フールに斬られた衛兵は最期の意地とばかりに、その身に宿した魔力をわざと暴走させる。
衛兵──名をタキモトという──は、属性魔術を使える前衛職だ。属性は熱の魔術であり、適正は炎を発することだが……彼は術式を外部に放つのが苦手である。魔力を練ることや、身体強化に関してはピカ一のものであったが、術式を脳内で組み立てるのが遅すぎて、実践では使えないと言われてきた。
だが、恐らく自分はここで死ぬだろうと、己の結末を予想していたタキモトは、その最期の徒花の咲かせ方を考えていた。
己の命を散らす。
最大限まで魔力を込めた炎の術を、事象として発生させる途中で破棄し、本来であれば外部へ炎として放たれる魔術を、体内から一気に解放してフールを巻き込もうと考えたのだ。
これにより、術式が完成するまでの時間を短縮し、回避不可能な間合いでの炎の奔流がフールに襲いかかる。炸裂したタキモトの体から、おびただしい量の炎が飛び出した。
流石のフールも、この量の炎に焼かれて無事では済まない。衛兵の魔力の肥大化を『神の目』により察知していたフールは、地面を蹴って間一髪の所で炎から逃れた。
「ここが、死に場所か……ッ!!」
それを追撃すべく、炎の大輪を咲かせ散った戦友の灰を蹴散らし、魔術使いは両手に術式を携えフールに肉薄する。
魔術使いは後衛職ではあるが、衛兵である以上前衛と連携したり、時には前衛を守る為にもその身体能力は並大抵ではない。Bランク以上の冒険者同様、そのフィジカルは決して魔術頼りの非力なものではなく、動く砲台と呼べるものだ。
バックステップで逃げたフールに対し、右手の石礫の魔術を行使する。親指くらいから子どもの握りこぶし程度までの。大小様々な石の塊が魔力を伴いフールへと迫る。それと同時に、左手で構えていた風の魔術を時間差で発生させ、石礫に風の巻き込む力を併せて穿つ。
魔術の二重発動。通常、人が魔術を行使する際、脳は一つしか魔術の発動を処理することが出来ない。しかし、時おり並行思考に優れた者が現れ、その才能によって魔術を二つ同時発動できることがある。
モンドの部下である衛兵、シロッコはその稀有な才能の持ち主であった。
風の勢いと切り裂く刃を伴った石礫は、まさに暴の塊であった。石畳を抉り、剥がし、砕きながら飛来し、四本の腕全てで防ごうとするフールを辺り一面を巻き込んで破壊する。
突風の音と粉砕の音が奏でるハーモニーは、フールの皮膚を切り裂き、大量の傷を産み出す。そして、防御に徹するしかない状況のフールへと、必殺の一撃が叩き込まれる。
「きええぇええぇぇいッッッ!!!」
猿叫の如く気合いを込めたモンドの唐竹割りが、フールの頭部を捉えた。
が、その剣はフールの眼前。数cm手前の位置で止められてしまう。
シロッコの魔術は、ともすれば致命の一撃になり得るものだった。しかし、フールは……というよりも、『神の目』は読んでいた。その一撃さえも、囮なのだと。
なので、フィジカルによる肉の壁でシロッコの魔術をなんとか凌ぎ、魔術盾をモンドの一撃への防御として備えていたのだ。
しかし、そこで『神の目』は初めてその瞳を驚愕に見開く。
魔力を吸われて消えるはずの魔術盾が『粉々に割れて』いたのだ。
そして、一瞬遅れて見つめたその先。
モンドの握っている剣。それは魔剣ルプス・マギナではなく、魔力を限界まで込められた普通の直剣だったのだ。
それを最後に、『神の目』の思考はぷつりと途切れた。
フールの背後から忍び寄った影。
一か八かで、腹に魔力をありったけ込めてフールの反撃を受けきり、モンドの愛剣を受け取ったグレンが、フールの後頭部から額の『神の目』を貫いたのだ。
魔剣ルプス・マギナはその権能を発揮し、『神の目』の魔力を吸い上げる。そして、力の供給が止められ、脳を貫かれたフールは、そのまま膝から崩れ落ちて地面へと倒れた。
「やった、のか……?」
グレンはそう呟いて、自身ももはや限界だと剣から手を離して仰向けに倒れる。
本当の限界の限界。これ以上は粕程にも魔力を練ることが出来ないと、魔力欠乏症の兆候である激しい頭痛に顔を歪ませる。
そして、それは一緒に戦っていた衛兵たちも同じだ。モンドは直剣が灰の様に崩れる程に魔力を込めた為、グレンと同じく欠乏症の頭痛が出ていたし、シロッコは二重発動の反動で腕が上がらない。二重発動は脳が処理を出来るだけで、その不可に耐えられるかどうかは別問題なのだ。
フレッドとミックは、ただ呆然とその状況を見つめていた。低級冒険者の駆け出しでは、とてもではないが参戦することの出来ない戦いだった。そして、その結果……一人の友を失ったのだ。
二人の胸の中には、様々な想いが過る。
もしも、あの時。あの怪しい男とフールが出会わなければ。
もしも、あの時。自分達がフールの『お仕置き』を恐れずに、諌めることが出来ていれば。
もしも、あの時。自分達がフールの言いなりになって、朝市で買い物をする女を拐おうとしなければ。
後悔は、未来に立ってくれることは決してない。いずれの『もしも』も、既に失われた未来なのだ。
グレンらから少し離れた場所で戦いを見ていた人々は、その状況を見てどうしたものかと動けずにいた。
だが、それを打ち破る様に、一人の女性が金色の髪をなびかせ、駆け出した。
「グレンさんっ!!」
もはや指先すらも動かないと、ぼんやりと青空を眺めていたグレンに、覆い被さるように影が出来た。
そして、その影は顔を勢いよく近づけてきて──。
その様子を見ていた人々は、一瞬の静寂の後に、大きな歓声をあげるのであった。
「はぁ……まったく、こんな時に。さて、俺たちはまだまだやることがあるぞ、シロッコ、ルード。フールは……もう大丈夫だとは思うが、応援が到着次第に拘束具をつけて連行する。そこの二人も、大人しく従うように。……シロッコ達はタキモトとグーグーの遺体を頼む」
モンドは沈痛な表情を浮かべる。それは魔力欠乏症によるものではない。己の実力不足から二人の部下を失った悲しみによるものだ。グーグーはフールによってシロッコの魔術からの盾にされ、あわれモンドの剣に対しても盾にされた棒術使いの衛兵である。
衛兵は己の命を賭して、街を守る使命を帯びている。そして、その使命が故に命を失う覚悟は常に持っている。だが、それは本人が、という話だ。
家に帰れば両親や兄弟姉妹、妻や子どもが待っていてくれる。それらの家族は衛兵である自分達を、日々の中で一日の無事を祈り、今日も五体満足で帰ってきてくれたという喜びと心配の中に生きているのだ。
その日常が失われる事を、誇りに思うべからず。
『守る命の中に、己の命も含まれることを忘れるな』という、上司の言葉が過り、また少しズキリとモンドは頭痛を感じるのであった。
──NEXT 第二章 CLIMAX BATTLE




