第三十三話 歪んだ、悪意
サースフライの街は収穫祭に向けての準備の空気が広まり、そこかしこで活気が溢れている。店を営むものは玄関口に祭りの装飾を施し、中央広場では工務店の職人たちが屋台の組み立てを依頼主と話し合いながら行う。
この時を待ってましたとばかりに、街で職を持つ者は必死に稼ぎをあげている。それは、冒険者たちも同じだ。
祭りに必要な材木は昨年伐採されたものを建材業者が用意しているが、それは来年も必要なわけで伐採の依頼は沢山出ている。店で売る商品に必要な素材も、採ってきたものから次々と売れるので、素材納入依頼はひっきりなしに出る状態だ。
そういう意味では、冒険者がこの時期は一番忙しい職業かもしれない。
だが、そんな冒険者のなかで、街の熱に対して冷めた目線を送る集団がいた。
彼らはいかにも冒険者という風の佇まいであったが、何処かサースフライの冒険者と比べると装備が幾ばくかグレードが下がるというか、あまり羽振りが良いとは言えない物だった。
それもそのはず。彼らはサースフライの外からやって来た冒険者であり、ククル王国の中でも結構な田舎街から稼ぎを得るために来たのだ。
どこかの万年Cランクのおっさんはサースフライの事を田舎街とは言っているが、それは前世の価値観含めて比喩でいっているところがあり、それこそおっさんのこの世界の故郷や、先程のよそ者冒険者の街は比喩ではなく、本当に何もない田舎んなのだ。
そんな田舎から出てきた彼らは……端的に言えば、調子に乗った。サースフライに到着した彼らは、その街の規模や生活する人々の様子。ギルドの清潔感や受付嬢のレベルの高さに、もうお上りさん状態だった。
冒険者は舐められてはいけない。そんな、この世界であっても若干時代錯誤な価値観を本気で信じている若者たちは、これではいけないと、変な方向に頑張ることに決めてしまった。
俺たちはこの街で、イケイケの冒険者に成り上がるんだ!!
その結果。ギルドに依頼を出しに来ていた、おっとりとした雰囲気の装飾店の美人女性従業員に声をかけようとして、他の冒険者と揉め事を起こし、中年冒険者にあしらわれたうえに、事務長にこってりと絞られることになってしまった。
最初は勢い良かった彼らは、後から追ってこの街に来た仲間と合流したものの、いまだ仕事は出来ていない。
その原因は、ギルドでの揉め事が良くなかった。
普段のサースフライのギルドであれば、冒険者以外の者、つまり依頼人は、昼過ぎにいることは珍しい。だいたいの依頼人は朝早くに出しに来るか、翌日に依頼票を出して貰いたいので、夕方頃に訪れることが多いのだ。
しかし、この時期は少しでも早く、少しでも良いものを得たいと、常時依頼人がギルドの門を叩く。その結果、昼過ぎであるのに依頼人となる街の住人が多くおり、揉め事が多くの人の目についてしまったのだ。
結果、その評判が伝言で広まっていき、彼らはその腕を見られることも無いままに、仕事を干されてしまったのだ。さもありなん。彼らがAやBランクの凄腕ならまだしも、D以下の冒険者で悪評もあるとなれば、そんな者に誰が依頼を受けさせようというのか。他の街から出稼ぎに来ている冒険者も多く、代わりの上位互換はいくらでもいる。
ギルドへの依頼というのは、基本的に条件さえ合えば冒険者は誰でも受けることができる。受注した依頼をギルドが掲示し、その依頼票をもって受付してもらい開始する形だ。
だが、その依頼票には書かれることはないが、依頼をだされる際の受付でこう言われるのだ。
『○○という冒険者……あれはちょっと依頼受注拒否で』
依頼とは人と人の縁があっての仕事である。当然、そこに好き嫌いなんてものもあるので、そういう事が特段珍しいものではない。なんだかんだ人当たりも良く、仕事を真面目にこなすグレンでさえも、そういうNGとなる依頼主はいるくらいだ。その原因は彼の腰が悪いからというところも大きいが。
そんな感じでNGというのはあるにはあるのだが……それがあまりにも多いと、ギルドとしてももうお仕事を回すことはできませんね(意:探せばあるけど、もう迷惑だからこの街でギルドにこないでくれますぅ?)と言われるわけだ。
つまり、お前はもう死んでいる状態である。後から合流してきた者も、仲間だと直ぐにバレて同様だ。人の目や耳は、どこにでもあるのだ。
「糞が……これも全部、あのおっさんのせいだ!」
商業区にある一般的な安宿の一室。そこに彼らは今後どうするかという課題の為に集まっていた。
よそ者冒険者のリーダー、フールは面白くないと、空いたグラスをテーブルに叩きつけ唾を飛ばす。その周囲で座っている仲間達は、どうしたものかとお互いの顔を見合わせて悩ましげに唸る。
フール達の故郷は、ククル王国の東の端の方にあるベルシッチィ田舎街だ。人間の数も規模もサースフライとは全然違う。そして、立地的に近くに魔物が出るような場所でもなく、なかなかに平和な長閑な場所だ。
故に、ベルシッチィの冒険者の質は、高められることなく、所属している最高ランクがCランクまでという、もしもグレンが行けば最高ランク(笑)になれる場所なのだ。
そんな所で育ったフールは、幸か不幸かちょっぴりばかしの才能があった。あってしまった。小さい頃からメキメキと体格が良くなり、魔力も早い内に得られたこともあり、成人する頃には力だけならばフールに勝てる大人はいないと言われていた。
そして、そんな彼の力に惹かれた同年代の者が徒党を組み、その内に自分達の腕で道を切り開きたいと……冒険者になったのだ。
閉鎖的な田舎街であれば、ある程度の無法は腕っぷしで通せるだろう。だが、ここサースフライは冒険者の質も高いし、なにより故郷のベルシッチィにいた様な、よぼよぼの衛兵ではなく、ガチガチの猛者が街を守っているのだ。
この街で無法を通したくば、些か……いや、全然足りていないのだ。
しかし、だからと言って、フールはいまさら自分の価値観を変えることができない。それが完全に間違っていることであるのは、他人の目からすれば明らかだが、十八年近く生きてきた中で誰も自分に敵うものはなかった。だから、他人の目など気にせず、思うままに好き勝手に生きてきた。
そんな我が儘な生き方をしてきた彼や、その仲間たちは『社会で生きていくに必要なもの』を知らないまま、不幸にもここまで来てしまったのだ。
だからこそ、彼らの歪みは最悪な形で、その鎌首をもたげた。
「お、おい、フール……あれ、あの時のおっさんじゃねえか?」
窓の外を眺めていた一人が、そう言ってフールを手招きする。そっと窓に近づき、外を見たフールは眉間に皺を寄せた。
「あぁん? マジか……しかも、女とガキを連れてか」
「すっげえ美人だな……サースフライの冒険者ってのは、あんなおっさんでもモテるのか?」
仲間の一人がそんな事を呟いたが、それは誤りである。グレンが特別というか、変な生き方をしてしまった……良く言えば、縁のせいだ。通常、この街でCランクのおっさんといえば、クリフが一番標準に近い。ごめん、嘘である。あれはどちらかと言えば、平均を大幅に下げる存在だ。中央値って、大事だよね。
だが、そんな事を知らないフールは、幸せそうな(本人はもう帰りたくてしかたがないが)グレン達の姿を見て、歯噛みをする。
「許せねえ……俺が、俺たちがこんな目にあってるのに、あいつは良い女を連れて幸せそうにしてやがる。こんなこと、許せねえよなぁ!」
目を血走らせそう呟くフールを、仲間たちは少し引いた感じで、それでもリーダーであるフールを否定すれば、その暴の力が飛んでくるので頷く事ができない。彼らはフールの力に惹かれたが、その力に囚われているといっても良い。
「……あのおっさんを、詳しく調べろ。必要ならあの女やガキを拐っちまえ。なぁに、衛兵に見つかれなければ、どうとでもなるんだ……俺たちを馬鹿にしたあのおっさんに、目にもの見せてやれ!」
狂気に歪みフールを諌めることが出来る人間は、この場にはいない。




