第三十二話 Cランクのおっさん、奮発する
ニールの店を後にした俺たちは、そのまま他の買い物もしてしまおうと、商業区を彷徨いていた。既にチルの服やら俺の服やらで荷物は多いが、これくらいは流石に軽く持てないと冒険者なんてやってられない。ただ、そろそろおじさん疲れちゃったな……。
そうしてしばらく歩いていると、一件の装飾品を取り扱う店の前を通りかかった。あまり装飾品なんてもんは縁がないが、その店は以前素材の納品依頼で関わりがあった店だなと、少しだけ窓の外から店内を見た。
店の中は装飾品を扱うとあって、品物が見やすいようにきちんと整頓されつつ、グレードによっては高級品もあるのだろう。一部の商品などは特別な品とばかりに展示がされている。依頼料もかなりよかったし、儲けてる店なんだろうなぁ。
「グレンさん?」
「ん? あぁ、なんでもねえさ。行こう行こう」
店の前で立ち止まった俺の様子が気になったのか、先を歩いていたソアラたちが引き返してくる。が、特に何もないと、先を行くよう促す。
ここで良い物の一つでも贈ってやれるのが男の甲斐性ってやつなんだろうけど、それはソアラに思わせ振りにさせるというか、さっきのニールとの話じゃないが、なんつうかあまりよろしくはない。
そんな俺の気持ちなど露知らず、ソアラ達は窓から見える装飾品に目を奪われた様子で、キラキラとした目で見ていた。
「うわぁ、綺麗なネックレスね……素敵だわ」
「しゅごく、キラキラしてましゅねぇ」
チルもそういうのに興味があるのか? いや、あの感じはどちらかと言えば、がきんちょがただキラキラしたものに興味がある的なものか。ガラス石や結晶石とか集めたくなるあれ。
とまぁ、そんな様子で見ていたものだから、店の人が出てきてしまった。
「こんにちは~。どうですかぁ? 見てみるだけでもいいので、中に入ってみてください~」
「え、えぇっと……」
「……少し、お邪魔させてもらうか。おい、チルよ。中にあるものは勝手に触っちゃだめだぞ? いいな」
「あい!」
「ふふ、どうぞぉ~」
おっとりとした雰囲気の女性店員さんに誘われ、俺たちは店内にお邪魔させてもらうことにした。この状況で『あ、大丈夫ですぅ~』とは言えるほど、図太くない。見るだけはタダ。ミルダケハ、タダ……。
中に入ってみると外で見た雰囲気そのままに、なんというか……品のある感じのお店で、配置や店内の装飾や照明など、嫌らしくない高級感を感じる。店内で買い物をしている客も、どこかちょっぴりリッチな層の方々な気がする。これは明らかに俺が踏み込んで良い雰囲気の店じゃねぇ……!
が、普段からお洒落に気を使っているソアラは勿論のこと、俺もチルもさっき選んで貰った服を購入してそのまま着ているので、見た目だけならそこまで浮いていない……はず。
「いらっしゃいませ。おや? そこにおられるのは、グレンさんじゃありませんか?」
「あぁ、どうもこんにちは。以前、ツクモウンモの納品をさせていただいたグレンです。今日はその……少しお邪魔させていただいております」
店に入ると店内で品物の配置を見ていた店主……えーっと、あっ! そう、カワヅだ! 名前が変わってる人だ。そのカワヅ氏が俺に気づき近寄ってきた。店主も一回しか納品で顔を合わせたことがないのに、よく俺の事を覚えているもんだと思う。
「いやぁ、前回の納品は本当に助かりましたよ。ツクモウンモは壊れやすい素材ですから、依頼を出しても店として使える部分が少ないことが多々ありましてな。グレンさんの納品してくださったものは、どれも直ぐに使えるものばかりで、装飾工も助かると喜んでおりました」
「はは、お役に立てたのなら幸いです。あれは手に入りやすさより、扱いづらさに定評がある素材なので、気を使いました」
「そうでしょう、そうでしょう。ところで本日は……おや、綺麗な奥さまに、可愛いお子さんじゃないですか! 冒険者の方はあまりご結婚をされない方が多いですが……なるほど。グレンさんほどに腕の立つお方でしたら、家族を養うなんて余裕でしょうなぁ。そういえば、聞きましたよ! あのボルティモアの司教と戦ったと!」
カワヅ氏は興奮したように俺の話を聞きたいと詰め寄ってくる。あまりにも熱が強いので、ソアラが嫁じゃないという誤解を解くタイミングがなかったが、もはや仕方ない。
ソアラには好きに店内を見ていてくれと目で合図をし、俺はカワヅ氏に当り障りのない程度に、司教との戦いの事を話すのであった。
そうして、2000年後……。
というのは冗談だが、マジで一時間くらい話をさせられた。カワヅ氏は元々、魔物を退治し素材を採って活躍する方の意味での冒険者という者に憧れを持っていたそうで、けれど魔力を得ることができず諦めた口だ。だが、様々な素材に興味を持つ内にそれらを加工したり販売することに喜びを感じ、いまでは繁盛店の主となったそうな。
そんなもんで、俺の活躍ってのはそこまで大したものではないが、夢破れた者にとっては、特に同じおっさんとしては胸を熱くさせられるものなんだそうだ。
そう言われると、悪い気はしねぇなぁ……。ちょっと、この装飾品を見せていただいても……ハッ!? や、やべぇ、財布の紐が緩みそうになっていた。くっ……カワヅ氏、なんとやり手なんだ。
「ところで……本日は奥さまへの贈り物でございますか?」
「んん……いや……」
「ふふ、言わずともわかりますとも。あれほど美人でお若い奥さまです。お贈りになる物もできるだけ良いものを思いますよね。ご安心ください。うちはそれなりに値はしますが、その値以上の品質をお約束いたします」
言わずともわかってくれるなら、ソアラが嫁でないのをわかってくれでござる。とは言っても、仕方がない話だ。俺も他人事なら、そう見える自覚はある。
カワヅ氏はいくつか装飾品を持ってきてくれて、これは~とかこちらは~と説明してくれるが、俺にはどれもあまり違いがわからん。だってしょうがないじゃないかぁ。宝石とか装飾品なんて縁がない人生×2だったんだから。
と、そんな中で、不思議と目を引かれるものがあった。それは緑色の小さな宝石をメインに、桃色がかった金で出来たネックレス。よく見ると細かい装飾が掘られており、素人目にみても丁寧な仕事だと思う。目を引くが決して下品とかそういうわけではなく、雰囲気というのだろうか? 温かさの中に可愛らしさがある不思議なものだ。
「おや? こちらが気になられますか? お目が高い。こちらは王都の若手装飾工が手掛けた一品です。何処で修行をしたのか、あまり多くを語らない若者ですが、とにかく腕がよくてですね。一目惚れをしていくつか仕入れてきた内のひとつです。その分、お値段もお求め安いものですが、彼女はそのうち嫌でも名が売れるでしょうなぁ……」
「ほぉ……おぉ、確かにこれはそこそこ手に取りやすい」
値札を見ても、他の装飾品と比べて幾分か安い。まぁ、それでもCランクの冒険者にとっては、結構冒険をしなければいけない値段ではあるが。金貨が飛ぶぜ。
だが、いまの俺なら買えんこともない。司教との件以降、不思議と仕事運というか、金運が上がっている感じがするくらいに、最近の我がグレン銀行の財政は黒字続きだ。周りの奴等は『チルが運を運んでくれてるんじゃないか?』なんて言っているが……これが、微妙に的を得ているから怖い話だ。
チルを依頼人との挨拶に連れていくと、気に入られる事が多くなった。そこから次の仕事に繋がる事が増えることも結構あるのだ。それに、採取にいけば俺と目線が違うからだろうか。珍しい素材を見つけることもある。
俺としては本当はあまり仕事に連れていきたくはないのだが、いつまでもマーサさんに預けるわけにもいかんし、その結果が仕事や儲けに繋がっているのだから、不思議なもんだ。
そんなわけで、いまの俺にはこのネックレスを買うことはそこまで無理な話ではない。
それに……今日の様にソアラにはチルの事も色々と世話になってるしなぁ……うん。これは恩返しみたいなもんだ。
ほら見ろ。見るだけはタダが本当にタダになったことはないんだ。
「カワヅさん……これを」
「はい……こっそり包んできますので、少しお待ちください」
さっさと、然り気無い動きで商品を包む為に店の奥へ消えていくカワヅ氏。うーむ……まんまと口車に乗せられちまったか。まぁ、でもこういうのも、たまには悪くはない。
店内で商品を見て回るソアラの姿を見て、そんなことを思うのであった。




