第三十一話 Cランクのおっさん、人生の悩み
「これなんて、どうかしら?」
「おぉ……すごく、ひらひらがたくしゃんでしゅね……」
「チルちゃんにとっても似合うと思うんだけどなぁ。あっ、こっちはどう?」
「……さっきのとなにがちがうんでしゅかね?」
目の前できゃっきゃっうふふと、楽しそうに服を吟味するチルとソアラ。俺も最初は選ぶのに付き合っていたが、早々についていけなくなって背後霊の如く突っ立ってる。
事の始まりは、昨日の晩のことだった。チルを連れて食堂で飯を食ってると、少しばかり思い悩んだように、ソアラが声をかけてきた。
『ねぇ、グレンさん。チルちゃんの服って、いくつ持ってるの?』
そう言われてみればと確認したら、チルがサースフライに来たばかりの時に買った数着を着回していることに気がついた。つうか、自分があまり服に頓着がないのもあって、気が回らなかったというのが正解か。
まぁ、冒険者ってそういった生活品は多くは持たんからなぁと思ったが、言われて確かに女の子なのに服を着回してってのもダメなのか?とも思い直すが、教会によく来ていた子どもも同じような服着回してた……あ、ダメ?
ダメだそうだ。
サースフライの生活水準は、確かに他の街に比べて高いと思う。言っちゃなんだが、故郷の村では俺も数着の服を長年、着れるだけ着てたし、周りもそうだった。まぁ、サースフライ出身のやつってなんか田舎街の住人とかいいながら、結構垢抜けてるやつは多い印象だ。王都と比べると流石にあれだけど、モンクレール領都と比べてもそこまで差がない。
まぁ、金が無いわけでもないし、もうすぐ収穫祭だしいい機会か。というわけで、本日は南街にある商業区に三人でやって来たのだ。ただ、思った以上にソアラに気合いが入っているというか、チルの服だけじゃなく俺の服も見てくれるらしい。
うーん……いや、まぁいいんだけどよぉ。正直、服なんて大事な部分隠せてそれなりに見えたら良いんだけどなぁ。
この辺り、前世でも結構不精だった気もする。仕事はスーツが基本だったし、プライベートではハイブランドなんて持ってなかった。ユ○クロとかG.○とか、適当にネットで『これを買えば間違いなし!秋コーデ集』なんてのを見ながら買ってた記憶がある。
「グレンさん? チルちゃんの服なんだから、一緒に見てよ」
「ん? あぁ。いいんじゃねえか? こう……ヒラヒラしてて」
「もぅ……チルちゃんもこれからどんどん大きくなって、もっともっと可愛い女の子になっていくんだから、ちゃんと選んであげてね?」
あら、その娘この間おならで返事する隠し芸を獲得しましたわよ。結局あれマーサさんにバレて、しこたま怒られた。普段バカなことしてても呆れるくらいのマーサさんが、結構マジに怒ってた。あれはちょっと本当に反省。
子育てって難しいぜ……男の子だったら、もっと気軽に出来たのかなとも考えるが、まぁそれをチルに言っても仕方がない。わからないならわからないなりに、周りに相談しながらやっていくしかない。
変わらないといけないのは、俺の方なんだ。
「ようし、このサースフライのファッションリーダーたるグレンさんが、チルの魅力をもっとも輝かせるコーディネートをしてやろう!」
「なにいってるかちょっとわかんないでしゅねぇ……」
十分後。あまりにも奇抜な格好になってしまったチルを見て、俺の参戦は見送りとなるのであった。なんでや! チル喜んでたやろう! キラキラスパンコールに囲まれてマ○ケンサ○バ踊ろうぜ! ッオレェ!!
そんなこんなで、いまは休憩がてら飯屋に来た。以前、教会の手伝いをしてた時にボランティアで来てた、ニールとレーナ夫婦の店がこの辺りにあるって聞いたなと、ほなら入ってみるかぁと訪れてみた。これがなかなか当たりだ。
「あまりこっちの方に来ないから知らなかったけど、いい店だな。このコーヒーも旨い」
「ありがとうございます。結構こだわってるんですよ。それにしてもグレンさん、ご結婚をされていたんですね」
「いや、こいつは嫁さんじゃないんだが……そう見えちまうか」
「? えぇ。チルちゃんとあんなに仲良くしてるのみると、ご家族にしかみえませんよ?」
もう昼のピークも過ぎていることもあり、カウンターでニールと話しているとそんな話題になった。チルとソアラは向こうの席でレーナも交えて食後のデザートに舌鼓を打っている。女子会じゃないが、男一人があそこにいても居心地が悪いので、カウンターで食器を拭いていたニールの方へ逃げてきたのだ。
ニールは生粋のサースフライ出身の三十五歳で、歳も近いことから教会の手伝い仕事の時もちょくちょく話していた。『段々と体が動かなくなってきまして……油ものも調理だけでお腹が一杯になって』と、中年あるあるが通じる仲だ。
「いやぁ……と言われてもなぁ。チルは本当の子どもじゃないし、ソアラは泊まってる定宿の娘さんだ。付き合いが長いからこうやって出掛けることもあるが、俺とあいつじゃ親子くらい年齢差があるぞ?」
ソアラが今年二十歳になったんだったか。俺が三十八だから、歳の差十八。ククル王国では十五歳で成人になるから、早いやつはもうその辺りで結婚したり子どもを持つこともある。
そう考えれば、ソアラは結婚が遅いほうかもしれない。いや、あのね、はい。原因のひとつがなに言ってんだってのは、自覚がある。でもなぁ……。
「ははぁ……そんな事情があったんですね。とは言っても、僕じゃ良い考えも思い浮かびませんがね。グレンさんやソアラさんのことを知っているわけではないので……無責任なことを言って良いのであれば、早くご結婚なされては?と思ってしまうのは、僕の勝手な意見ですね」
「まぁ、俺たちの関係を人に話したとき、十人中九人はそう言うな」
「残り一人は?」
「早く死んでソアラを解放しろって」
「……何処にでも過激な方はいるもので」
ちなみに、十人を宿周りの若い男にしたらあら不思議。十人中十人にはよ死ねって言われちゃう。悲しいね、グレン……。
なお、そうは言いつつも実際は良い奴等ばかりで、アホな事を言い合ったりしつつも飲んだり遊んだりするので、本気ではないのは知っている。そういう意味でも、いい加減この中途半端なのはいけないとも思う。
本当に、俺は街の人に沢山支えられていると思う。だから、この街にできるだけ協力したいと思うし、この街が好きだ。
だからこそ、そろそろなんとかすべきだとも思う。
ソアラかぁ……。
いや、ソアラになにかあるってわけじゃない。むしろ、俺みたいな野郎にはもったいなさすぎるし、他の男衆の方がもっといい男とかいる。
昔は跳ねっ返りの悪ガキだった三件隣のゼノン君なんて、家業の大工の三代目を継ぐ為に頑張ってる。この間久しぶりにあったけど、ちゃんと挨拶が出来てたし従業員からも可愛がられてた。
向かいの雑貨屋のザック君はスキルの鑑定が生えてきたらしく、いまではひっきりなしにお貴族様が来店する人気店の跡継ぎだ。一生食いっぱぐれることはないし、物静かで素朴な、けれどもしっかりと芯のある青年に成長した。彼も非常におすすめだ。★5あげちゃう。
「俺はもうおっさんだし、冒険者っつう明日も見えない生き方しかできねえ。誰かと結婚なんてこたぁ……考えられないんだわ」
「まぁ……難しい話ですよね。ただ、人生ってのは何があるかわからなものですよ。実はですね、僕も結婚するつもりはなかったんです」
ニールはそう言って後半はこっそりと、俺に近づいて呟いてきた。
「まじで? あんなに仲の良い夫婦なのに?」
「まぁ、その辺りはいろいろあったんです……グレンさんも、お酒には気を付けて」
「あっ(察し)」
そうか……そうかぁ。ニール、お酒でやっちまったか。まぁそれも人生ってやつか。
チラッと視線を向けると、女子会は向こうで盛り上がっているようだ。楽しいなら、いいんだが。
ただなぁ……最近なんか、マーサさんはじめ、オルセンさんとかクリフとか、色んな人がこの話題に対してなんつうか……積極的というか。外堀が埋められてきている気がするのは、俺の気のせいであってほしい。
ニールがおかわりを注いでくれたコーヒーの氷が、カランとコップを叩く音が、妙に俺の中で大きく聞こえた。




