第三十話 Cランクのおっさん、喧嘩を買う(買うとは言っていない)
秋深し、芋栗食って、屁をすかし。いやぁ、芋食うとやっぱガスが溜まる。屁が止まらん。
「くしゃいでしゅ……」
「しゃあねぇだろ。つうか、俺の屁に紛れてお前も屁こいてるだろうが。気づいてないとでも思ったか」
「だって……出るんでしゅもん」
「まぁ、そういうこった。諦めろ……ふんっ!」
ぷぅ。ぷっぷっぷ~、ぷぷぷっぷ~。
「きゃはは! うたってるみたいでしゅねぇ」
「どうだ、すごいだろ。鳩の歌を屁で奏でる特技だ」
「ほえ~! しゅごいでしゅ……」
まぁ、屁が出るってことは腸がちゃんと動いてる証拠だ。これでうっかり実が出るとやべぇが。チルあたりは加減を知らんから、やりかねないんだよなぁ……。やべ、あんまり変なこと教えんとこ。
そんなこんなで、秋も色づく八十八夜。なんてもんはこの世界にはないが、この時期になると月が近づいてくるのか、えらくでっかく見える。なので、一番近づいてきて、見事な満月を迎える日にサースフライでは収穫祭が行われる。
麦や米、芋や栗などの森の恵みが目白押しで、祭り自体は一週間近く行われるが、本祭である収穫祭は満月の日だ。あともうちょいすれば、祭りの準備も本格的に街全体で始まる。
それに付随して、冒険者への依頼も大量に出てくる。サースフライは田舎街ではあるが、人間の数が多いし祭りも街全体で行うので、かなり賑わいを見せる。必然的に祭りへ向けての用意で、食材を始め櫓や屋台を建てる木材に、装飾品を作る為の毛皮や角、洞窟で採れる鉱石なんてのも需要が出てくる。
秋は春に次いで、冒険者にとって稼ぎ時なのだ。というか、ここで稼いでないと寒い冬も働かなきゃいけなくなるので、割りとみんな必死だ。あのクリフでさえ、連日ギルドに顔を出している。酒場の方ではなく、窓口にだ。
まぁ、そんなこんなで稼ぎ時のサースフライとくれば、他の街の冒険者も一稼ぎしにやって来るわけで。ここ数日は見たことのねえ冒険者を結構な頻度で見かける。例年、この時期だけ稼ぎに来るような奴は見たこともあるんだが、まだ今年冒険者に成り立てだったり、他の国から来たやつもいるんじゃないかな。
天然鎖国状態のククル王国でも、数十人程度であれば辿り着ける海路はあるし、大森林を迂回してくれば陸路でもやってこれる。そこそこ外国人っているんだよな。
だが、ここで問題が起きる。例年仕事をしに来るような奴は、サースフライの雰囲気やルールってものを知っているからいい。まったくの新参で来るやつが、結構問題を起こすんだ。冒険者も、店を出す依頼人も。
冒険者って奴は、ある程度ランクが上がれば割りと常識を弁える。あのクリフでさえ、依頼人と揉めることなんて滅多にないのだ。たまに赤い顔で依頼人と会って、すげえ嫌そうな顔されるけど。
「おい! てめぇ、俺たちが先に並んでただろうが!!」
「はぁ? お前ら、列からはみ出てあの娘に声かけてただろ? 列の最後尾に並び直せよ」
「ちょっとはみ出たくらいだろうがよぉ! てめぇ、舐めてんのか? あぁ?」
お? ケンカかケンカか?
とまぁ、こんな感じで、いつもの平和なサースフライが突如ガラの悪い事になるんですねぇ。つっても、そんなに大した事にはならんだろう。
「よそ者が調子こくんじゃねえよ。サースフライにはサースフライのルールってもんがあるんだ!」
そうだそうだ!
ぷぅ。
「ハッ! ちょこっと列はみ出たくれえでごちゃごちゃと。これだから田舎のギルドってのは、ダサくて嫌なんだよなぁ!」
なら、自分のホームへ帰れー!
ぷぅ!
「そんな田舎町に出稼ぎに来るしかない低ランクが、イキっても怖くねえんだよなぁ!」
やめろ、それは俺に効く。
ぷぅ……。
「「さっきからぷぅぷぅうるせえんだよぉ!!」」
「だそうだぞ、チル。屁を止めろ」
「おならしてるの、おとうしゃんなんでしゅけどねぇ……」
チルは鼻を押さえてしかめっ面をしている。
やっべ、黄門様がバカになっちまったか? ストップ、イエローゲート。
「いやぁ、すまんすまん。ちょっと芋を食い過ぎちまってな。で、揉め事か? 揉め事ならギルドの外でやってくれんかな? 依頼を出しに来た客にも迷惑になる」
周囲を見るように促すと、冒険者以外の人たちもギルドには沢山いて、みな口には出さないが迷惑そうな表情を浮かべている。
「あぁ? なんだぁ、このおっさんは。いきなり出てきて仕切ってんじゃねぇよ」
「まぁ、おっさんってのは否定しねぇがよ……ただ、口の聞き方には気を付けろよ? こんなおっさんが冒険者をやってるなら、それ相応のランクと経験があるってこった、坊主」
「ぐっ……」
実際、これは強がりでもなんでもない。冒険者を続けられているということは、それなりに腕があり経験があり、なにか隠し球のひとつやふたつあるってことだ。下手に喧嘩売ると、ぼっこぼこにされてひんむかれるぞ?
まぁ、それが俺じゃなければな! ぼく、万年Cランクのグレンくん!!
俺? 屁で返事が出来る隠し球はあるが? 隠し芸とも言う。
まぁ、ハッタリをかまして大人しくさせればいいのさ。ほら、周りのサースフライの住人もそんな目で見ない。言いたいことはわかってるから。
「……ぼ、冒険者は舐められちゃいけねえやな。おい、おっさん。表に出な。その老いぼれた体に引導を渡してやんよ!」
「……ほう? えらくデカい口を叩くじゃねえか。良いぜ、ガキんちょにいっちょ、世間の恐ろしさを教えてやろう」
よそ者冒険者の挑発に乗ってやると、周りの人たちは『こいつマジか?』という目で俺を見てくる。
あぁ、良い良い。言いたいことはわかってるさ。だがな、自分よりも下のランクに舐められちゃあ、俺も引き下がれないんだわ。
「見ての通り、俺にはガキの連れがいる。少し準備が必要だから、先に外に出て待ってろ」
「チッ……わかったよ」
よそ者冒険者は連れ二人と一緒にギルドの外へと向かう。
その姿が見えなくなると、先程揉めていたサースフライの冒険者が心配そうに声をかけてきた。
「あの……グレンさん、ですよね? 司教と戦ったっていう」
「ん? あぁ、そうだ。お前さんは……あまり見ない顔だな」
「俺、一ヶ月前に冒険者になったばかりのゴンゾです。その……ここ最近、よそ者が増えてきてて、目に余るというか」
「わかってるって。お前さんの言いたいことは。まぁ、もう少しスマートに解決できれば言うことなしだが、格上にああやって言えるのは根性あるぜ?」
そう言ってゴンゾの胸を軽く叩いてやると、嬉しそうな恥ずかしそうな表情を浮かべる。いやぁ、若いっていいな。先輩から褒められると嬉しくなるよな。俺はもうしばらくそれを味わってないが。
だが、本当に根性あるよ、こいつは。周りの奴らは全然注意とかしなかったからな。
まぁ……しなくて良いってのを知っているからだが。
丁度その時。受付の奥の扉が開き、その人は現れた。
普段は割りと温厚というか、元冒険者なので過激ではあるがそれでも話が通じる。だが、この時期になるとどうしてか血が騒ぎ始めるそうで、いつもの5倍くらいの威圧感を醸し出す……オルセンさんがのっしのっしと入り口に向かって歩いていった。
「ぬうぅぅん……悪い子は、いねえかぁ……」
「ひぃ!?」
その姿を見て、よそから初めて来た冒険者は悲鳴をあげそうになる。
オルセンさんは遠い祖先になんかの獣人の血が入っているそうで、先祖帰りというものかな。秋のこの時期……月が近くなってくるとどうにも狂暴になる。それでも強靭な精神力で抑えているが、直ぐに手が出そうになってしまうと言うことで、この期間は受付に立たずに中で事務仕事に専念しているそうな。
だが、今回の様においたをしちゃうような奴が現れると、嬉々として出てきてくれるというわけだ。さっきこっそり受付嬢のシンシアに呼んで貰っていた。みんなが注意しないのも、そのうちオルセンさんが出てくるのを知っていたからだ。
出でよ、召喚獣オルセンさん。
え? 先輩冒険者としてのプライドぉ? ないない! 喧嘩で怪我なんてしちゃおまんま食い上げになっちまう! そんな無駄なことしてたら、いい冒険者にはなれないぞぉ?
「あの……グレンさんが出るんじゃないんですか?」
「はぁ? ばっかいえ。俺はおっさんだ。ちょっと走れば息切れし、階段を上れば吐きそうになるんだぞ? 喧嘩なんて無理無理! よし、これで解決だ。チル、帰るぞ!」
「あい!」
ぷぅ!
お、チルも屁で返事が出来るようになったか。誤って実を出すなよ? 変なこと教えんなってマーサさんあたりに怒られそうだからな。
なんとも言えない表情で俺たちを見る冒険者たちをそのままに、俺は裏口の方から帰っていく。
秋の空に響くは屁の音か、よそ者冒険者の叫び声か。
あぁ、やはり実りの秋は良いもんだわ。




