第三話 Cランクのおっさん、悩む
ギルドの入り口のドアを開くと、『ギギギ……』と軋む音が聞こえてくる。ドア自体は数年前に付け替えたばかりであったが、先週に酔っぱらった冒険者同士の小競り合いでドアに強くぶつかったようで、蝶番の部分が歪んでしまっているのだ。なので、誰かが入ってきたというのがまるわかりなんだな、これが。こっそり入ろうと思っても、無理な話だ。
ギルドに入るとドアの音に反応してか、中にいた数人の冒険者がこちらに視線を寄越してくる。だが、それが俺だとわかると、あまり関わりのない奴はまた談笑に花を咲かせ、ボードに貼られている依頼を見ていた奴は視線を戻す。
皆の興味が失われて少しホッとしたのも束の間、こういうときに限って知り合いってのはいるもので。
「よぉ、グレン。帰ってきたのか。どうだった? 狩りは上手くいったか?」
ギルドの中に併設されているちょっとした酒場で呑んでいたのであろう、口ひげにエールの泡をつけ、片手にジョッキをもったまま近づいてくるおっさんがいた。
このおっさんの名前はクリフ。俺と同じCランクの冒険者で、歳も割りと近いせいか良くつるんで酒を飲むことも多い。たまに思い付きで遊んで、色んな人に怒られることもある、いわゆる悪友ってやつだ。
「よぉ、クリフ。こんな時間から呑んでんのか? お前、仕事は?」
「あぁ? 仕事なんて毎日するもんじゃねえよ。こうやって息抜きして、万全の状態で挑むから仕事は捗るってんだ」
「いや、おめえ前回仕事したの先週だろ? 息抜きの方が仕事みたいになってんじゃねえか……」
「がっはっはっはっ! 気にすんな! そんな細けえこと言ってると、禿げるぞ?」
「禿げてるのはてめえの方だろうが!」
寂しくなった頭頂部を軽く平手で叩いてやると、クリフは上機嫌に笑ってジョッキを傾ける。そして、俺が小脇に抱えてるものに気がついたのか、目を細めてそちらをじっと見てきた。
「なんだ、グレン。今回はまたえらく小せぇ獲物狩ってきたんだな。その尻尾はタヌキか? どれ、見せてみろい」
「あ、ちょ、待て。こいつは獲物じゃなくてだな……」
「がっはっはっ! 恥ずかしがるこたぁねえよ。小さくても獲物は獲物だ。まぁ一日かけてそれ一つってのも寂しいもんだが、な……? あぁん?」
なんとか隠そうとするも、妙に素早い動きで先回りをされ、抱えていた荷物を奪われてしまう。だが、それが想像していたタヌキではなく、タヌキの様な耳と尻尾を持つ子どもだと気づいて、クリフの表情はスンッと真顔になった。
「グレン……一緒に着いていってやるからよ。自首、しよーや」
「だから違うって言ってんだろ! こいつは森で拾っただけで……」
「見苦しいぞグレン! なに、自首すれば罪は軽くなる。犯罪奴隷になったとしても、俺とお前の友情は変わらねえ。週末にはエールの一杯くらいおごってやるからよぉ……」
目尻に涙を浮かべるクリフ。俺の両肩に置いた手の力はとてもじゃないが冗談で言っている様には思えない。そして、自首やら犯罪奴隷やら不穏なワードを連発されたせいで、先程まで興味を失っていた冒険者たちやギルドの職員たちまで俺たちの方を注視していた。
そんな騒ぎを起こしていると、当然ギルド職員に怒られるわけで。
「いい加減にせんかっ! ここはお前達の家じゃないのじゃぞ! こっちへこい!」
「「はーい……」」
髭もじゃの怖い爺さんが出ばってきてしまった。
この髭もじゃの怖い爺さんはオルセンさん。サースフライの冒険者ギルドの事務長を勤める偉い爺さんで、ギルド長の次に色々と権限を持っている。元々はここじゃなく王都の方のギルドで凄腕冒険者をしていたらしいが、引退後にギルド職員になって故郷のサースフライに戻ってきたそうな。現役を退いてから結構経つらしいが、いまだムキムキマチョメンでごっつい。腕とかそこいらの女性の太ももより太い。
まぁ、怒られるのは癪だが丁度いい。オルセンさんはこんな風貌だし厳しいお小言も多いが、俺たち冒険者たちにとって親父さんみたいな感じの人だ。本当に困っている時はちゃんと助けてくれる。
「グレイよ……一緒に衛兵詰所に行こう。自首するなら早い方が良い……」
「あれぇ!? 助けてくれそうにないぃ!?」
「出きるだけ刑期は短い方が良いだろう? ちょっとギルド長に報告をしてくるから待っていろ」
「スターップ! スターーップ!! 俺の話を聞いてね!!?」
「んぉ? ここどーこ……?」
「お? 起きたか嬢ちゃん。もう大丈夫だからな。怖いおじちゃんは今から(社会的に)いなくなるから」
「物騒な事言わないでもらえますぅ!?」
俺を挟むようにクリフとオルセンさんが腕を掴もうとするなか、騒ぎでようやくチルが起きた。それを機に、俺は捲し立てるように二人に森であった出来事を細かく説明した。
しかし、二人の表情はあまり良いものではなかった。人攫いをしてきたことに対しての嫌疑は晴れたが、今度は俺に対してえらく懐いているチルの様子を見て、門の兵士と同様にチルが俺の子どもだと思い始めたからだ。あ、バカやめろ、甘噛みしてくんな! 今度は反対の膝が涎まみれになるぅ!
「なぁ、本当に……お前の子どもじゃないのか?」
「しつけえな、クリフ。昔から言ってるが、俺はガキは嫌いなんだ」
「だがな、グレンよ。人間、やれば出きるんじゃぞ?」
「いや、それくらいわかってる……つうか、結構ここの会話、受付まで聞こえるんだからなんかやめてくれません?」
応接スペースで話しているとはいえ、こんな田舎のギルドに個室なんて良いもんはない。しきりで覆われてはいるし、距離的に受付の向こうにいる冒険者たちには聞こえていないだろが、逆に受付嬢たちには聞こえているだろう。受付嬢ってのは、下品で粗野な者が多い冒険者を日常的に相手している猛者たちだが、それはそれ。わざわざ下世話な話を聞かせたいとは思えない。
「んで? グレンはこの子をどうする気なんだ? お前の子じゃないってんなら、孤児院にでもつれていくのか?」
「まぁ……そうなるだろうな。俺は面倒見切れんし、こいつにとっても冒険者に育てられるよりは、ちゃんとしたシスター……う、うーん」
孤児院のシスターの事を思い浮かべた俺たちは、一様に腕を組んで眉間にシワを寄せる。
この街には確かに孤児院はある。街唯一の修道院に併設されている、小さな孤児院だ。そこには一人、年老いたシスターがいる。いるにはいるのだが……。
「儂は反対じゃ。シスター・アンナに任せるくらいなら、グレンが育てた方がまだちゃんと育つ」
「それは俺も同感だな。あのババアに任せるとろくなことにならん。あんまりにもアレで誰も預けないから、ここ数年孤児院がすっからかんなのは知ってるだろう? グレン」
「あ、いや、まぁ、うーん……でも、それでも一応シスターだし。連れてってみるかぁ?」
シスター・アンナ。『一応』、中央教会から派遣されたこの街で唯一、聖アグリア教関連の事を取り仕切ることが出きる老齢のお方であるのだが……その性格というか、生き様が少しばかりロックというか。
元々、女だてらに冒険者で第一線を駆け抜け……いや、あれは駆け抜けてそのまま崖の向こう側へ飛んでった感じだな。『粉砕のアンナ』と異名で呼ばれるほどに有名な方だったそうな。オルセンさんも現役時代は何度か一緒に仕事をしたことがあるそうだが、とにかく癖が強い。
まず、何でも『力』で解決しようとする。脳みそが筋肉というか、魂まで筋肉で出来ているような御仁であり、道がなければ道を作れば良いじゃないと、とにかく己の道を塞ぐものは物だろうが者だろうが破壊する。過去にそれで、どさくさに紛れて尻を撫でようとしたお貴族様の手首を文字通り粉砕して、あわや縛り首になりかけたとか。
それになにより、酒癖が悪い。教会の人が真っ昼間から酒なんてのんじゃいかんなんて事は、常識と非常識のラインを反復横飛びしている冒険者の俺たちでもわかることだが、あの婆さんに関しては常識の外のダンスホールで、一人ブレイクダンスでも踊ってる感じだ。
本人曰く、『酒は神様の血だよ! ありがたいじゃないか!!』といっていたが、確かに聖アグリア教の教えではワインがそれにあたる。だが、彼女が持っているのは、ワインなんていいもんじゃなく、安いエールだったり何処から手に入れたのかわからない密造酒だったりもする。もはや、アルコールが入っていればなんでも良いらしい。神様も迷惑な話だ。
まぁ、そんな破戒僧を濃縮還元したようなシスターではあるが、それでも一応聖職者は聖職者。ちゃんと冠婚葬祭の取り仕切りはしてくれるし、数年前までは孤児院に子どももいた。
なので、とりあえず相談も兼ねて、俺はチルをシスター・アンナのもとへ連れていこうと思う。
あ、そういえばこの間、酔っぱらって乱闘騒ぎ起こしてドア壊したケビンの野郎……あいつ、孤児院出身だったな。思い返せば、シスターに育てられた奴は、みんな大体酒癖が悪い。うーん、やっぱりダメかもしれん。