第二十九話 Cランクのおっさん、悼む
夏も終わりが本当に見えてきた頃。俺は久しぶりにボルティモア大森林にやって来た。
例の司教との戦いで懐が潤っていたのもあったし、なんだかんだオルセンさん達が協力してくれたのもあって、街の中での依頼をもらえていたので、チルと二人の生活はぼちぼち順調だったから、しばらく森に入ることもなかった。
しかし、秋が近づいてくるとボルティモア大森林は実りの大地となり、様々な収穫物がとれるようになる。その中でも、ボルティモアマロンはサースフライの名物のひとつであり、この時期になると様々な店が良い値段で取引をしてくれる。
そう、ボルティモアマロン……栗だ。
良いお値段で取引をしてくれるが、やはり採ってこられる数ってのは限りがあるもんで、その分色を付ける形で依頼ってのもでてくる。こうなってくると、冒険者ってのはやる気がむくむく湧いてくるってもんだ。
ボルティモアマロンは森の中層(あくまでもサースフライ側から見てだが)に良く生えている。残念ながらこの辺りとなると、冒険者資格のD以上を所有するか、同資格を持つ者を護衛としてでないと、森に入る許可が降りない。
実りの秋というのは、人間だけにとってのものでないからだ。
ボルティモアマロンを好む動物は、リスの様な小動物から大型の猪まで結構種類が多い。特に危険なのが、オオツノイノシシという、体長が1m~1m80cmくらいの猪の仲間で、額に二本の短い角があるのが特徴だ。名前がオオツノだからでっかい角があるんだろうと思いきや、ツノイノシシってのが種の名前で、その中でも大きい種類だからオオツノイノシシだ。仲間に小型のコツノイノシシってのもいる。コツノイノシシの方が角が長い。なんだそりゃ。
こいつらは純然として獣であり、魔力を持つ魔物ではない。なので、Dランクに上がれる冒険者であれば、勝てないまでも咄嗟の対応くらいはできる。腕の良い奴は獲物が増えると喜ぶくらいだ。肉も毛皮も角も良い商品になる。秋になるとボルティモアマロンを食べるせいか、身質がよくなり値段もあがる。むしろ出てきてくれとさえ思う。
ただ、やはりメインは栗だ。イノシシたちは栗を食い荒らしちまうから、あんまり出てきてほしくはない。とは言え、あいつらも生きるためだ。もうこの辺りはお互い様だろう。
自然ってのは、やっぱり厳しいもんだぜ。
「……チル。ちょっとクリフとあっちに行ってろ」
「ん? なんでしゅか?」
「あー……まだ、お前にはあんまり見せたくないもんだ。クリフ、頼む」
「あぁ、わかった。チル坊、こっちで栗拾うぞ」
「あーい!」
ほんの僅かな……それこそ、もし鼻がつまり気味だったら気がつかなかったであろう、血の臭い。それに気がついた俺が少し先の方を凝視すると、そこには少し大きめの物体が転がっていた。
この時期になると、どうしてもこういう事は起こる。森の恵みに預かろうと、貧しさから無理矢理森に入ってしまう者。それが獣とはいえ、大型の雑食のイノシシであれば、不幸な事故に繋がるのだ。
木の下でぐったりと横たわっていたのは、俺よりももう少し歳をとった男だった。既に見るも無惨な状況であり、こればかりは慣れた慣れたと思っても、込み上げてくるものがある。
ボロボロになっている衣服は、イノシシにやられたというよりは、元からだろう。貧しさに喘いだ故の、森の違法侵入。その結果だ。
サースフライは治安が良い。基本的に失業者も働くことが出来ない者も、皆が生きていけるよう支援策を行っている。しかし、それでもまともな生活を送れない者は少なからずいる。冒険者になることも拒否した、本当に社会からドロップアウトした人たちだ。
目の前に転がっているこいつも、その内の一人だろう。
ククル王国での冒険者は、ある種の最終生命防衛線の様な働きを持つ。他国の冒険者ギルドと、いまでは連携もしており、ランク資格は共用となっているが、ククル王国でのギルドの成り立ちは失業者救済が始まりだ。
その昔、ククル王国という豊かな大地を持つ国だ。しかし、土地が無限にあるわけでもなし、みんながみんな手に職があるわけでもなしと、農地を持たない者や能力的に仕事に溢れた者が増えていった。
そこで、ボルティモア大森林という未開の資源もあることだし、冒険者制度つくって雇用促進しようぜ!ということでできたのが、ククル王国の冒険者制度だ。その時は色々と問題もあったみたいだが、他国の冒険者ギルドの制度などを取り入れたり連携し、いまの形になったらしい。もう何百年も前のお話だ。
なので、基本的に冒険者ギルドに所属するのに、試験やら資格はいらない。よほど体が動かないとか、もういつぽっくり逝ってもおかしくない老人は別として。なので、下は子どもから上は結構な年寄りまで、いろんな人がいるし、みんな依頼を受けて生活している。
本来は子どもは学校に入るのだが、家庭の事情によってはそれも無理なところもあるから仕方ない。日本の様に義務教育にしたかったのであろう痕跡は見えるが、流石に世界情勢が違いすぎて断念したんだろうな。それでも、ククル王国の初等教育を受ける割合はこの世界ではかなり高いそうだが。
そんなこんなを考えながら穴を掘っていたら、結構な深さの穴が出来ていた。残念ながら、冒険者でもなし、知り合いでもなしであれば、こいつはここで森に還って貰う。
冒険者であれば遺品や遺髪を持ち帰ってギルドに渡したり、知り合いであれば家に返してやれるが……冒険者証もなし、知り合いでもなし。オマケに街の入退場許可証もないとくれば、ドロップアウト組だ。どうせ荷車に紛れて出てきたのだろう。街に返したところで行き場もなく、俺が最後まで面倒をみることになってしまう。
こうやって埋めるのも、本来であればしなくても良いことだ。だが、そのまま獣に食い荒らされるのも、なんつうか忍びない。
それに、ふと思う時があるのだ。
この、目の前にいる骸は、もしかすればあったかもしれない『俺の未来』だと。
村を出て行く宛のない俺を世話してくれた先生や、サースフライで出会った人たち。それに、チルという大切なものもできた。
生きてきた中での出会いの、縁の幸運によって、俺はいま生かして貰えている。そう思うと、そのまま放置しておくことが出来なかった。
「世知辛えとは思うが、許してくれよな」
俺は出来るだけ丁寧に穴に入れ、土を被せていく。そして、手を合わせて黙祷を捧げると、その場をあとにする。
あとは一応門の衛兵たちに報告して終わりだ。ちなみに、この時期になるとこうやってドロップアウト組が森の肥やしになるが、数自体少ない。街から出るのにも入るのにも、本来許可が必要だからだ。
だけど、抜け道ってのはどこにでもあるもんで。昔からの知り合いだとか、情けからか協力しちまう人はちょくちょくいるんだよなぁ。見つかれば自分も罰くらうのに。見つからなければ、こうやって肥やしになっちまうのに。
人のやることってのは、どうしてもなんつうか……いや、これ以上は考えんでおこう。どうも少し秋らしい風が吹いて、気分が沈んでしまったらしい。
よし、チル達と合流して栗拾い頑張ろう。今日は依頼料も結構お高めだし、しかもその栗を少し御馳走してくれるとあれば、やる気もムクムクムックだ。
「おーい、チルー! クリフー! 栗拾えたかー?」
「おぉ、遅かったなグレン。見ろよ、この栗。超でっかいぞ」
「中もいっぱいつまってましゅよ~! おとうしゃんも、早くひろうでしゅ!」
「お、負けてられんな。栗拾いの帝王こと、グレンさんの腕前を見とけよ見とけよー?」
それからしばらく、俺たちは栗拾いを楽しんだ。少し多めに採った分はマーサさんへのお土産にしよう。
……大丈夫だ。俺は、まだ社会で生きていけている。こうやって、親父と呼んでくれる存在や、友に恵まれた。
俺はまだ、生きてるんだ。




