第二十八話 Cランクのおっさんと、苦味
食堂に入ってきた若い女性がそんなことを言うものだから、マーサさんはぐりっと顔をこちらに向けてしまった。
噂をすれば影がってレベルじゃねーぞ!と思いながらも、その女性が発した言葉に俺は首を傾げる。
「お嬢さんよ、まず食堂に入ってきたら……食いものを注文をするもんだぜ? なにか訳ありっぽいから、話は聞くが」
「あっ、ご、ごめんなさい! えーっと、なにか軽食をいただいてもいいですか?」
「あいよ。サースフライに来たらこれ食べてもらわなきゃね。この間採れたばかりのジャガイモムシを使ったフライドジャガイモムシだよ。ジャガイモムシ、大丈夫だろ?」
「はい、動いてるのはあれですが……食べられます。いただきます」
女性はフライドジャガイモムシをひとつ摘まみ、口に放り込む。着ている服などから、良家のお嬢様っぽい感じもしたが、意外と豪快な食べ方をする。
「んで、お嬢さんはグレンっていう奴が最後に泊まった宿を訪ねてきたみたいだが……グレンとはどういう関係で?」
「んぐっ……むぐむぐ……はぁ、美味しいわね、これ。あ、私の名前はアリスです。グレンは私の兄です」
「ふーん……あぁ、確認だが、そのグレンってのはいま流行りの『ボルティモア大森林の司教と戦って散ったグレン』で間違いねえんだよな?」
「はい。いま王都で流行っている歌劇や、その時の戦いの様子から、もう随分と前に家を飛び出して冒険者になった、グレン兄さんの事だとわかりました。両親もそう言っていました」
「なるほどなぁ……さぁて、どうしたもんか」
「?」
溜め息混じりにそう呟いた俺の様子に、アリスは怪訝な表情を浮かべる。
「あの……もしかして、グレン兄さんの事をご存じなんですか? あの、大丈夫です! 兄さんが亡くなったのは悲しいことですが……それでも、最期に活躍が出来たんだと、家族みんなで褒めてやろうって、そう、ぐすっ……」
どうやらアリスの兄貴……グレンさんは俺と同じく放蕩息子だったにも関わらず、家族からは愛されていたらしい。まぁ、あんまり引き延ばしてもよくないし、ネタばらしといこう。
「あのな……落ち着いて聞いてくれ。そのグレンは、俺だ」
「……………………はぁ?」
たーっっぷりとした沈黙のあと、アリスは気の抜けた声を出すのであった。
「そ、それじゃあ……グレン兄さんは、死んでいないのですか?」
「あぁ。つっても、多分としか言えないが。冒険者ってのは、結構あっさり逝っちまう生き物だからなぁ。気休めくらいのことしか言えんが、例のお話に出てくるグレンは俺の事だし、こうやって生きている。まぁ、便りがないのは元気な証拠っつう言葉もあるし、たぶんお前さんの兄貴も生きてるさ」
冒険者は一応、登録時に身内の連絡先も登録する。が、これは別に強制ってわけじゃないし、俺みたいに身内はいないと誤魔化すやつもいる。そも、冒険者をやろうって野郎は、だいたい脛に傷の一つや二つあって故郷を飛び出したのも多いし、戸籍制度のないこの国だと自己申告を信じるしかない。
それでも、もしもの事があれば自分の貯めていた金や物を家族に送ってほしいと、ちゃんと登録しているやつもいる。つうか、普通はしている。あのクリフでさえ、妹に連絡が行くようになっているそうな。以前に一回だけ会ったことがあるが、兄に似ず美人さんだった。
なので、連絡が来ていないのなら、アリスの兄貴のグレンも生きてるだろう。ちゃんと生活できているかは謎だが。
「えぇー……そう、なんですね……」
「宛が外れたみてえで、なんかすまんね。まぁ、王都に比べるとなんもないとこだが、飯は旨いし人も良い。観光でも楽しんでくれよ」
「……はい、そうします。兄さんが死んでいなかったとわかっただけでも、収穫がありましたから」
ちょっとばかし沈んでいたアリスも、そういって顔をあげる。
っと、その時。再び食堂の入り口が開き、一人の冒険者が入ってきた。
あれは確か、数年前にサースフライに来たやつだったか。あんまり一緒に仕事をしたことがなかった……というか、確か冒険者をやめて清掃業者になったやつだったな。確か名前は……。
「あらぁ、ルグレンさんじゃないの。今日はうちの前だったかしら?」
「はい、少しの間音がうるさいと思いますが、臭いは極力出ないようにしますので、よろしくお願いします」
「いつも丁寧な仕事で助かるよ。音とか気にしなくていいから、がーっとやってきれいさっぱり、お願いね! あ、終わったらうちで食べてっておくれよ。サービスするからさ」
「はは、わかりました。では、また後ほ、ど……」
マーサさんの圧に押されながらも笑顔を浮かべるルグレン。そう、ルグレンだ。名前が似ているのと、俺より少し歳が下で、冒険者としての才能も俺と同様、才能なしな男。だが、都市清掃にかける情熱と腕はAランクであり、その腕を買われて街の清掃専門業者として活躍しているナイスガイだ。
だが、そのルグレンは俺の隣に座っているアリスをみて、表情を凍りつかせた。アリスもアリスで、最初は『んー?』という感じに、ルグレンを怪しんでいたが、急に目を見開いた。
「な、なんで……アリスが、こんな所に……?」
「ま、まさか……兄さん、なの? グレン兄さんなんでしょ!!」
おい、吟遊詩人よ。こいつらを詩にした方がおもしれえかもしんねえぞ。まぁ、内容が喜劇になっちまうが。そんな事を考えつつ、俺はアリスのフライドジャガイモムシをひとつ拝借して、口に放りこむのであった。うん、旨い。
「んで、なんでグレンは……あぁ、いや、紛らわしいな。とりあえずこの街だし、ルグレンって呼ぶわ。ルグレンは偽名まで使って冒険者になったんだ?」
「…………あの、言わないとだめですか?」
「いやぁ、俺は良いけどよ。妹さんが納得しちゃくれねえんじゃねーの?」
とりあえず清掃の仕事はしっかりと終わらさないといけないとの事で、結局ルグレンは清掃の仕事に戻り、夜になってアリス含め再び集まった。なお、俺はこんな面白えイベント逃してたまるかと仕事をせず、日中厨房をお借りしてツマミの仕込みをしていた。面白えはなしには酒とツマミだよなぁ!!
なお、チルはソアラに預けている。夜は基本的に宿の客がメインで食堂を使うので、朝や昼のような混雑がないからだ。
「その通りです。グレン兄さん……みんな、心配してるんですよ? ここ数年音沙汰もなし……手紙の一つでも送ってくれてもよかったんじゃないですか?」
「それは、その……悪かった。だが、俺も……その、わかってくれ。家族に……知られたくなかったんだ」
「わかりませんよ、なにも教えてくれないんですから!」
「まぁまぁ、アリス。ちょっと落ち着きなさい。ルグレンも、こうやって妹が遠いところ訪ねてくれてるんだ。気持ちもわかるが、答えてやれよ」
正直、万年Cランクで燻っている俺は、ルグレンの気持ちが痛いほどわかる。
怪我でもして冒険者が続けられなくなったとかなら、まだ見栄のはりようもある。が、才能がなかったけど、清掃業者の才能はあったんだ!とは、飛び出して冒険者になった身としては、なかなか言いづらかろう。
別に清掃業者がわるいわけじゃない。むしろ、街を綺麗にしてくれる素晴らしい仕事だ。ぶっちゃけ、おっさんになって思うのはそういう手に職をつけて活躍出来てるってのは、格好いいことだ。誇って良い。
だが、男としてのプライドっつうか……まぁ、小さなものが邪魔をするんだよな。わかる、わかるよぅ、ルグレン君。
「俺だって……本当は連絡したかった。けど……」
「はぁ……しょうがない兄さんですね、本当に。まぁ、無事に生きてて、よかったです。今度父さんと母さんも連れてくるので、その時はちゃんと謝るんですよ? 父さんなんて、兄さんが死んだって思い込んでから、みるみる内に元気がなくなって……」
「ま、まさか、倒れたのか!?」
「夜しか眠れなくなったと嘆いてましたから」
「うーん、正常」
人間、夜寝て昼は起きる生き物なんだよなぁ。まぁ、それはさておき。なんとか無事ルグレンは家族とよりを戻せそうでよかったわ。
家族、か。
これまでも、何度か故郷に帰ろうかと考えた事はある。風の噂で、流行り病が起こったと聞いた四年前には、村のすぐ側まで足を運んだ。
だが……俺は村へ帰れなかった。いまさら、どの面を下げて家族に会えるというのか。前世の記憶に引きずられ、幼少期から荒んでいた俺は、両親も手にあまり、村でもつま弾きものだった。それでも少ないながら付き合ってくれる友もいたが、それすらも全部捨てて逃げた俺が、いまさら帰る場所なんてない。
目の前には兄を心配する妹と、苦笑いを浮かべる兄。その姿が、なんとなく羨ましく思う。
浮かんできた少しばかりの郷愁をエールで流し込み、わずかばかりの苦味はすっと腹の中に消えていった。




