第二十七話 Cランクのおっさん、炒飯を作る
「おはようございまーしゅっ!!」
「おはようございます」
「あら、おはようグレンさん、チルちゃん。今日も朝御飯食べてくでしょ?」
「勿論。マーサさんの作ったご飯を食べないと、一日が始まらないですから」
『もみの木の小枝』に併設されている食堂は、今朝も宿泊客や朝食を摂る為に来た客で繁盛している。手伝いのソアラもこちらに気がついて小さく手を振っているが、食器の片付けやらで忙しいようでバタバタしている。
「あー……水とか自分でとるんで、大丈夫ですから」
「あら、そう? 悪いわね。なんだか、最近急に忙しくなってね」
「繁盛しているのは良いことですよ。ほら、チル。自分の水くらい自分で取りに行くぞ」
「あい!」
買って知ったる他人の家ではないが、もう十五年泊まっている宿の食堂だ。たまに手伝いもしていることもあり、コップの位置もわかりきっている。つうか、マジで忙しそうだな?
「なぁ、マーサさん。手伝おうか? 今日は別にすぐにかかる依頼もねぇし」
「本当かい? それは助かるけど……ソアラもずっと手伝ってくれてて、休憩もできてなくてね」
「おぉ、そりゃあいけねえ。おい、ソアラ。代わるからチルと飯でも食ってこいよ。ほら、渡せ」
「いいの? ありがとう、グレンさん!」
「おい、グレン! てめぇが運ぶと飯が不味くなる! ソアラちゃんにしてくれ!」
「俺が代わったくれえでマーサさんの飯が不味くなるかよ! それより、さっさと食って仕事行ってこい!!」
常連との軽口ももういつもの光景だ。なんだかんだで、定宿最古参の俺の顔は、宿の客には広く知られているし、同業の野郎も多いから付き合いもある。たまに皆で夜飲むしな。
宿や食堂の仕事の手伝いも、もう何度もやっていることなのでさっさと空になった食器や配膳作業に移る。基本的に食事はマーサさんが作り、ソアラがホール担当的な役割だ。まぁ二人しかいないので、マーサさんが会計やホールも兼任しているが。
そんなこんなでバタバタと手伝っていると、今度は宿の入り口の鐘が軽快な音色を奏でる。
「あら、こんな時間に宿の方にもお客さんかい。ちょっと、グレンさん! これ任せてもいいかい?」
「あいよ! ちょっと待ってな……えーっと、炒飯が二人前に、煮込みスープも二人前ね。大丈夫、任せてくれ」
「頼んだよ!」
マーサさんが宿の受付の方へ行ってしまったので、俺が厨房へ入り注文表を確認する。あまり難しいメニューは作れないが、炒飯はマーサさんに再現できる程習ったし、煮込みスープは注ぐだけだ。つうか、朝から炒飯頼むなんて、なかなかに胃がお若いことで。羨ましいぜ。
こう見えて、俺は結構料理を作るのが好きだ。前世では自炊で生きてたのもあるし、この街に来るまでも結構自炊をしていた。
大きい鉄鍋に多めの油を注ぎ強火で熱しつつ、炒飯の具材や調味料を事前に用意する。マーサさん曰く、炒飯は下準備が九割、調理が一割がコツだそうな。熱した鉄鍋に米や具や調味料が入り始めたら、一気に仕上げていくためだ。
そして、なにより大事なのが火力。業務用のコンロなので、その火力は凄まじい。初めて使わせてもらった時は、火の大きさにビビった。若干、前世のトラウマも蘇りそうになるくらいに。
だが、ここでビビってはいけない。この大火力を御し、素早く手早く鍋を振り、米一粒一粒に熱を加えるようにすることこそ、マーサさん特製炒飯が出来るコツなのだ。
「はい、一丁あがり! ……っつっても、俺が運ぶしかねぇのか」
マーサさんはまだ戻ってきていないので、自分でカウンターに置いた物を自分で盆に乗せて運ぶ。
伝票を見て席の場所は……っと。
「なんだ、これ頼んだのチルとソアラだったのか。はいよ、炒飯とスープな」
「うわぁ!! おとうしゃん、チャーハンつくれるんでしゅねぇ~!」
「ごめんなさいね、グレンさん。調理まで任せちゃって……あら?」
「ご、ごゆっくりー!」
チルが俺の事を親父と呼んだ事に気がついたソアラは、驚いて目を見開きチルと俺の顔を交互に見る。
まぁ……良いっていった手前、なにも言うまいとは思うが……流石に、まだなんつうか、恥ずかしい。俺は誤魔化すように席を離れ、他の客の対応をするのであった。
そうして、マーサさんもソアラも戻ってきたことで、俺はやっとこさ遅めの朝食にありつけた。チルはもう先に食べてしまっていたので、いまはソアラから貸してもらった絵本をご機嫌な様子で読んでいる。
「本当にありがとうね、グレンさん。これ、受け取ってちょうだい」
そう言ってマーサさんは小さな袋を渡そうとして来た。チャリっと音が鳴るのは、その中に硬貨が入っているからだろう。だが、俺はその袋を受け取らず、やんわりと押し返した。
「はは、受け取れませんよ。それ言い出したら、チルの面倒をたまに見てくれているじゃないですか。持ちつ持たれつ、でしょう?」
「うーん……チルちゃんを見るのは私の楽しみみたいなもんなんだけどねぇ。そう言われるとねぇ……じゃあ、今晩一品サービスするからさ、食べておくれよ」
「おっ、そういうのなら、ありがたいです。それにしても、なんでこんなに忙しいんです? まだ収穫祭まで遠いし、そのわりには他の街からの客が多いみたいですが」
店内を見渡すと、もう朝食のピークは去っているので客はまばらになっている。だが、先程まではほぼ満席といった具合であり、その客の割合もこの街の住人ではなさげな人が多かった。服装というか、雰囲気というか、サースフライの住人っぽくないんだよな。
「あー……あのね、グレンさん。落ち着いて聞いておくれ」
「ん? あ、あぁ……どうしたんです?」
「グレンさんがちょっと前に、あの、なんだっけ……とんでもない魔物と戦って勝った話し、あったじゃない?」
「おぉ、森の司教だな。あれが関係してるの?」
以前、クリフと一緒に死線を潜り抜けたボルティモア大森林の司教。あれは、もう二度と戦いたくない。偶然というか、チルの友達?とやらのスケイルグリズリーがいなきゃ、こんなところで煮込みスープ飲んでいられなかった。うん、やっぱこれ旨いな。
「あれの話が近くの村や街に……それが更に王都の方にもいま伝わっているみたいでね。そこでグレンさんが……戦いで散った英雄の最後の宿ってことが伝わって、観光地みたいになってるんだよ」
「……あれぇ? 俺、本当に死んでることになってんのぉ?」
俺たちの戦いは吟遊詩人によって、色々な脚色がされて詩になった。その中で、ドラマチックな展開にしたかったんだろう。俺とクリフはウェル達Bランクの冒険者を守るために、その身を挺して肉壁となり散ったことになっている。まぁ、流石にCランクおっさんがボロボロになりながら勝った!なんて盛り上がらんわな。
ウェル達はBランクという腕の良さもあるが、三人とも見た目もそれぞれ良い。恐らく、結構良い家の出なんだろう。物腰も柔らかで理性的だし、サースフライの冒険者と見比べると……うん、仕方ない。
そんな事もあり、物語の主人公はウェル達三人なのだ。その話を聞いて、アスターの眉間のシワは一層深くなったが。
とにかく、詩のなかで俺たちが死んだのはわかるが、どうやらそれも含めて伝わっていった結果、俺とクリフは本当に殉職したみたいになっているらしい。
「はぇ~……まぁ、わざわざ否定して回るのもアホらしいし、良いんじゃないです? それでここが繁盛しているんなら、俺もちょっと売り上げに貢献できてるってことで」
「いやぁ、それはそうなんだけどねぇ……私としちゃあ、長年応援している冒険者が、そんな扱いだろう? あんまり良い気はしないんだよう」
「ははは、それこそ気にしないでくださいよ。俺もそりゃあ名をあげたいっつう気持ちも、まだ枯れちゃいませんがね。それでも、この間の戦いは『俺よくやった!』と言える程、活躍もしちゃいないんです。だから、それでいいんです」
「そうかい……まぁ、グレンさんがそう言うなら」
マーサさんは不承不承という感じだが、まぁ諦めてくれ。もう王都まで話が言っているなら、いまさら俺がわめいてもどうにもならんからな。
そんな事を話しながら、食後のお茶を楽しんでいると食堂の入り口が開き、ベルがなる。ふと入ってきた人物に視線を向けると、俺はその人物に妙に懐かしさを感じた。
だが、姿格好はこの街の人間ではなさそうだし……他人のそら似か?
そんな事を考えていると、その人物……若い女性は、マーサさんに尋ねてきた。
「ここが……ここが、グレン兄さんの、最後に泊まっていた場所ですか?」




