第二十五話 Cランクのおっさんと、子ども
長い長いと思っていた教会の仕事も遂に最終日。つうか、途中からシスターが普通に動き回っていたのは、どういう事だ? 腰、痛めたんじゃねぇのぉ?
「うるさいねぇ……大の男がぐちぐち言うんじゃないよ!」
「いや、だから……俺の頭の中にツッコミいれるのやめてもらえますぅ? まるで心でも読んでいるみたいじゃないですかやだー」
「おや、ようやく気がついたのかい? 二週間もいて、鈍い男だよまったく」
「……え? マジで?」
「マジもマジ、大マジさ。この異能力のお陰で、私はAランクまで上り詰めたんだからね!」
冗談のつもりで言ったことが本当だった件について。ラノベタイトルか。そういや、こっちの世界は書物はあるけどラノベ的なのはないなぁ。一応、冒険譚とか英雄の物語なんてのもあるけど、なんつうか詩的というか、壮大な感じというか。現世日本で文豪の作品読んでる感じで疲れる。
あぁ、読みたいな……異世界転生チートもの。んで、ツッコんでやんよ、そんなうまくはいかねぇって。体験談の暴力でぶん殴ってやんよぉ!!
「いや、そんな能力、生きづらくないですか? そこかしこから声が聞こえるんでしょ?」
「バカだねぇ、あんたは。そんなことしてたら頭がパンクしちまうよ。その辺りは色々とコツがあるのさ」
「ほーん。まぁ使いこなせるなら便利なもんだろうね。俺は要らんけど」
「はぁ……なんというか、お前さんは本当に向上心というか、欲が無いねぇ。まぁ、それが良いところでもあるんだろうけど」
と、言われてもなぁ……。本当にいらんよ、人の心を読む能力なんて。
人間、そりゃあ相手の考えていることがわかれば、便利なこともあるだろうさ。けど、生きてたら人に話せない事の一つや二つはあるし、それが暴かれざるものだなんてこと、当たり前だ。別にシスターを非難しようだなんて思わないけど、俺はそんな能力ごめんだね。
人は、人と生きていくのに、決して全部をさらけ出さなきゃいけないなんてことは、あっちゃいけないんだ。
「……っと、別に本当、シスターの事を悪くいうつもりもないからな?」
「あぁ? あぁ、そんなこと考えてたのかい? 安心しな。私は基本この能力をもう自分の意思では使っちゃいないよ。たまに漏れでるものをひろっちまうのさ。それを防ぐために……こいつが欠かせないんだけどね」
そういってシスターは酒瓶を掲げて見せた。
「酔えばこの能力は弱くなるんだよ。私だって、短くない時間を生きてきた。この能力が余計な事をしたことなんて、いくつもあったさ。だが、酒に酔えば能力はほとんど気にしなくてもよくなるからね。それでも油断すると、お前さんみたいに聞こえてしまう事もあるが、それはもう諦めておくれ。どうせ、この仕事が終わればもう来る事もないだろう?」
「……そんな事はないですよ。チルがほら。あいつらと仲良くなっちまったからね」
教会の前で子ども達の笑いあう声が聞こえる。
この二週間、チルは教会に預けられる子ども達と多くの時間を過ごした。その中で、一緒に遊んだり喧嘩したり、仲直りしたり。色々な経験を詰んだようだ。
森で生きてきたチルは、少しばかり価値観が他の子ども達と違うところがある。だから最初こそ、結構喧嘩もあったし、俺に泣きついてきた。まぁ、いまでは仲良くやっているんだ。人間って、すげぇなって思う。素直に。
「まぁ、獣人とヒトの違いを説明させられた時は、若干ヒヤヒヤしたけどなぁ」
やはりというか、見た目が全然違うチルは、子ども達から耳や尻尾に関して問われる事となった。だが、チル自身そんなこと言われても……という感じだったのもあり、俺は色々とボカシながら説明することとなった。
獣人はその昔、あちこちに居たそうな。だが、数百年前にヒューム至上主義の大国が迫害をした結果、その数は激減。なんとかボルティモア大森林の向こう側に逃げ、自分達の国を作ったそうだが、それ以降他種族とあまり関り合いを持たなくなった。
とはいえ、ククル王国は昔からヒューム以外の人類種に凄く寛容で、それもあって多種多様な人種がいる。まぁ、それでも獣人は見かけないあたり、獣人にとってヒトの国ってのは生きづらいんだろうなぁとは思う。俺もチル以外見たことがない。
だが、それでもククル王国ってのは姿形が違う種族でも、受け入れちまう懐の大きさがあるというか。街でチルをみかけても、好奇の視線はあれど嫌なものじゃないし、チルの性格もあっていまでは特におばさま方の人気者だ。この辺りも、俺がククル王国が好きな要因のひとつだ。
しかし、子ども達は純粋が故に、自分との違いってやつが不思議でならない。
なんで頭に耳があるのか。なんで尻尾が生えているのか。
これが、街でもよく見かけるゴブリンや半小人辺りなら、『まぁそういうヒトも見かけるなぁ』で済むだろう。だが、この街唯一の獣人と言っていいチルは、他に誰も同じ特徴がいない、異物の様に見えてしまうのだ。
そこで俺は冒険者ギルドの資料室から、いくつかの資料をお借りして、世界には色々な人種がいるということを、図を交えて説明することにした。迫害の歴史なんかは、その内学校で習うだろうし、いまはヒトは色々と違うんだってことで十分だろう。
最初は懐疑的な目を向けていた子ども達だったが、説明していくうちに自分達の知らない特徴を持つヒトの存在に、興奮が収まらない様子だった。チルも同様にしていたが、お前の為の説明だぞと、呆れたが。
そんなこともあり、チルにとっても、周りの子どもたちにとっても、いい勉強の機会になったんじゃないかなと、俺は今回の依頼を総括し、教会をあとにすることにした。
「あとにすることにしたじゃないよ! まだ半日残っているじゃないか! さぁ、箒を持ちな、包丁を持ちな!! 仕事があんたを待っているさ!!!」
「もう元気になったんだろう!? 自分で仕事してくれよぉ!! つうか、心を読むな、心を!!」
俺とシスターがぎゃあぎゃあと言い合っていると、玄関口から子どもがひょっこりと顔を出した。
「ねぇ、チルちゃんのお父さん、おもしろいね!」
「だな。いいなぁ……俺もあんな父さんがいればなぁ」
「おとうしゃん、でしゅか……」
「? お父さんじゃないの? いつも一緒に居るでしょ?」
「あい……グレンおじちゃ……おとう、あの……えっと」
見ればチルは俺の事をどう呼べばいいのか、そんな風に困っていた。今更な気もせんが、まぁ確かに親父なのにずっと『おじちゃん』と呼ぶのも変ではあるな。だが、俺はそもそも、ちゃんと親父になってやったつもりもない。成り行きで、後見人みたいになっただけだ。
「俺とチルは本当の親子じゃないって前にも説明したろ? だから俺の事はおじちゃんって呼んでんだ。まぁ、親代わりではあるがな。お前達もグレンさんとか、グレンおじさんと呼べ」
「そ、そうなんでしゅ! グレンおじちゃんは、グレンおじちゃんなんでしゅよねぇ~」
「ふーん、そうなんだぁ?」
そう言っていつもの調子を取り戻したチルは、また他の子達を誘って外に遊びに出ていった。
「……あんただって、別に木石から生まれたわけじゃないだろう。あの子を引き取って、一ヶ月くらいかねぇ。そろそろ、あの子の気持ちも汲んでやっても、いいんじゃないかい?」
シスターはそう静かに言葉にし、チルたちが出ていった玄関口をじっと見つめていた。




