第二十三話 Cランクのおっさん、祭りだ祭りだ
それは、地平線をゆっくりと昇る朝日をバックに、隊列を成して飛来してきた。
街の東にある物見櫓でそれを見つけた兵士が、襲来を意味する角笛を鳴らし、それに呼応するかのように他の櫓でも角笛が音をあげる。
『ジャガイモムシ襲来。住民は今すぐに建物へ避難せよ』。
ジャガイモムシが飛来してきたときに鳴り響く、サースフライにおける避難指示である。年寄りや子ども、体の不自由な者は直ぐに自宅や近くの窓のない、もしくは窓が封鎖された建物に避難する。
それと同時に、街の東側へ多くの人々が殺到し、その熱気は凄まじいものだ。
避難した者の中に年寄りや子ども、とあったが、熱気の中にはそういった年寄りや子どもの姿もある。だが、それは仕方のないことだった。
だって、うまいんだもん。
ジャガイモムシは。
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「ようし……準備はいいか、チル」
「あいあい! あみ、ヨシュ! ぼうし、ヨシュ! かご、ヨシュ! じゅんび、ばんたんでしゅ!!」
「帽子の紐、ちゃんとキツくしとけよ。脱げたら怪我じゃ済まんからな。それと、絶対に俺の側から離れるなよ? 近くにいればなんとでもなる。最悪、クリフの近くでもいいからな」
「わかりましゅた!」
元気よく挙げられた手には、柄の短い網が握られている。まぁ、俺たちが持っている網の小さい版だが、あれでジャガイモムシを捕まえるのはちょっと無理だろうなぁ。
チルを含め、この場にもチラホラ見られる子ども達の役割は叩き落とされて地面に落ちたジャガイモムシの回収だ。ジャガイモムシは耐久がジャガイモそのまんまであり、踏めば潰れるし、足を滑らせれば転ける。
飛来するジャガイモムシを大人が捕まえたり叩き落として、それを拾う役目ってのも大事なもんだ。昔はソアラにその役目をやって貰ったこともある。大人になっちまって、流石に生きたジャガイモムシを触るのに抵抗があるみたいで、ここ数年は参加してくれなくなっちまったが。まぁその代わり、収穫後の調理で頑張ってくれる。
っと、そんな事を考えていると、街中に鳴り響く角笛の音が聞こえてきた。
「チッ! 今回は東側が当たりだったか!」
「移動だ! 押し合いにならんよう、気を付けて進め!!」
俺たちが居たのが街の北側であり、残念ながらジャガイモムシの先頭集団を捕まえることは難しそうだ。街の衛兵も当然ながらこの収穫イベントに参加しており、どちらかと言えば興奮した参加者たちが怪我や喧嘩などしないようにだとか、不埒な考えを持つならず者が出ないかなど、治安維持のほうで参加してくれている。
基本的に、この収穫イベントのメインは街の住人なのだ。
なお、ジャガイモムシは先頭集団ほど旨いとされる。理由は知らんが、先頭集団ほど塩味が効いてたり、まろやかな旨味があるんだとか。俺も数年前に一度食べた事があるが、言われれば旨いかな?くらいのもんだ。
まぁ、どちらかと言えば、この祭りを盛り上げるための触れ込みみたいなものかもしれない。そもそも、ここに来る前に既に他の街を経由しているので、恐らくその話は本当に先頭集団があった街の話じゃないかと考えている。
流石に街の住人も慣れたもので、移動の際も大きな混乱はなく、皆ジャガイモムシを楽しみにしつつ和やかな雰囲気で走っている。
そう、なんだかんだ言って、皆走るのだ。一年に一度の祭りに、心踊らせて。子どもやお年寄りは巻き込まれたらいけないので、この時には専用の荷車を走らせて、それに乗って移動する。チルは俺の持つ籠に入り、背負われている。
そうして東側にたどり着こうとしたとき、その凄まじい量の羽音と、建物の壁を打つ警戒な音の嵐。そして、この祭りを盛り上げんと、笛や太鼓やラッパを掻き鳴らす酔狂な音楽家の集団が俺たちを迎えてくれた。
「よーし! 祭りだ祭りだー!」
「採るぞ採るぞー!! 母ちゃんからこの樽一杯になるまで帰ってくんなって言われてるからなぁ!」
「ジャガイモ! ジャガジャガ! ジャガイモムシ!!」
「お、おい……大丈夫か、お前。あぁ、ダメだこいつ! 頭をやられてる!!」
「早く避難させろー!」
会場は既に阿鼻叫喚だった。
前世で資料でのみ見たことがあった蝗の群れ……蝗害の如く、空を埋めつくしながら飛来するジャガイモたち。その隊列から外れたジャガイモムシが街に降りてくる。それを落とそうと、網や木の棒、果ては魔術までが空を縦横無尽に飛び交い、落ちたジャガイモムシをひとつでも多く拾おうと人々が蠢きあう。
正直、この祭りの怪我人のほとんどがジャガイモムシが直撃したものでなく、この収穫の際に起こる事故によるものだ。なお、頭に直撃した場合、幻覚や幻聴が起こる。それ自体はそこまで重篤化しないが、無防備になった者をこの熱気の中に置いとけば二次災害に成りかねない。それを防ぐためにも木の帽子は必須なのだが、物臭がって被らないやつは例年いる。
と、毎年怪我人もでるこの祭りだが……街も、いや、国でさえ、この祭りに多くの人が参加するのを禁止にはしない。一応、子どもは7歳以上という制限はあるが。まぁチルは誤魔化しているし、同じように小さい子どももチラホラいる。
ジャガイモムシはククル王国の食料にとっても大きな意味合いがあるし、なにより収穫せずに放置したジャガイモムシは、とても危険なのだ。
ジャガイモムシは儚い生き物である。少し衝撃が加われば直ぐに落ちるし、その拍子に羽や目がとれてただのジャガイモみたいになる。こうなればもはや普通のジャガイモと変わらない。だが、動くジャガイモムシが建物などに引っ付いたり、物陰で捕まることなく活動を続けるとどうなるか。
正解は、全身を真緑に変化させ、毒を出し始めるのだ。まさに、芽の出たイモである。しかも、そのまま腐敗し、毒性のガスを発し始めるのだ。なので、収穫祭りはジャガイモムシが飛来しはじめて、そのまま街を抜けきるのを待ち、翌日の残ったジャガイモムシがいないかの街全体の確認を終えてはじめて終了となる。
ジャガイモムシが毒性を出すのがおよそ一週間くらいで、その間は巡回の兵士の見回りも強化される。
「今年は大量だな、っと!」
「まだ上空の列が途切れんからな! おい、クリフ! 火の魔術はやべぇって!!」
「だって、これ便利なんだぜ? ほら」
俺が迫り来るジャガイモムシを網で捕まえたり、チルに向かってきたやつを手で払ったりしていると、隣にいたクリフが魔術を使い始めた。
魔術で撃墜する場合、火以外の魔術が推奨される。というのも、火がついたジャガイモムシが建物にぶつかり、そのまま火事になりかねないからだ。
だが、そんな懸念もなんのその。絶妙な火加減でジャガイモムシを撃ち落としたクリフは、それをキャッチして半分に割り、チルに渡してきた。普通、火の魔術をぶつけてもジャガイモムシは外側が焦げて中は生となるが、クリフは妙に器用なところがあり、ちゃんと中まで火が通っている。
「うわぁ! 焼きじゃがでしゅねぇ!!」
「ほっかほかだろぅ? ほら、塩振って食ってみな。飛ぶぞ?」
「わぁい! いったっだっきまーしゅ! ほふほふ、おいひ~!!」
目をキラキラさせながら焼いたイモを楽しむチル。その隣で同じくイモを噛りながら、腰につけていた水筒を呷るクリフ。水筒から口を離したクリフは、ぷはーっ!と息を吐き出した。その臭いは……。
「……おい、てめぇ、まさか」
「ナンノコトカナ? コレハ、ムギチャダヨ? ホントウ、ホントウ」
「嘘つけ! あっ! やっぱり酒じゃねえか!!」
前日はあれだけ酒を飲んでの参加は素人のやることだ等とカッコつけていたのに、蓋を開ければやっぱりこれだ!
その様子を見ていた周りのやつらが徐々に騒ぎ始める。
「ちくしょう! いい匂いさせやがって!」
「俺にも食わせやがれ!!」
「お、おい! 帽子を脱ぐやつがあるか!」
「うるせぇ! 俺もいますぐジャガイモムシを食べ、ぐべら!?」
「誰かー! 怪我人がでたぞー!!」
朝早くからジャガイモムシ捕獲の為に、そしてその後のジャガイモムシを使った振る舞いの為に、皆腹を空かせている。そんな中で、新鮮な焼いたジャガイモの匂いをさせればどうなることか、わかりきった話である。
それから一時間近くに渡り、ジャガイモムシの収穫祭は続いた。そして、今年が例年よりも怪我人が多かったのは、クリフによる飯テロの為……だとは思いたくないが、この年以降の収穫祭では、火の魔術は完全に御法度になったのは、関係ない話だろう。たぶん。




