第二十二話 Cランクのおっさん、覚悟完了
「さて、シスター。明日と明後日は教会の手伝いは休みになる。理由は、わかってくれますね?」
「……あぁ、もうそんな時期なんだね。いいさ、行っておいで。無事帰って……いや、あんたなら大丈夫さ。きっとやれる。私はもうこの体だから、役にはたてないのが悔しいねぇ」
一日の仕事を終え、シスターとそんな会話を交わしていると、チルはただならぬ気配を感じたのか、ゴクリと唾を飲み込む。
「チル、今から冒険者ギルドへ向かうぞ。色々と準備が必要だからな……」
「あ、あい!」
そうして教会をあとにし、街を歩きながらギルドを目指す。しかし、昼間までのどこかのんびりした様子が嘘の様に、街全体が緊張感に包まれた、そんな雰囲気が漂っている。いつもはあちこちへフラフラとはしゃぎ回るチルも、静かに様子をうかがっている。
「グレンおじちゃん……なんで、みんな窓に板を貼りつけてるんでしゅか?」
「あれをしておかないと、後々大変なことになるからだ。最悪家が壊れる」
「じゃ、じゃあ……なんでみんな、木のぼうしをかぶってるんでしゅか?」
見れば、老いも若きも、男も女も、皆頭の上に木製の帽子やヘルメットの様な保護具を被っていたり、脇に抱えている。
いつもであればお洒落に気を使い、髪型が崩れるくらいなら死ぬんでやる!と普段から宣っている、ナンパ成功率九割り越えを誇る遊び人の男ですら、野暮ったい木の帽子を被っている。だが、その胸毛を見せびらかすようにシャツを開け放つスタイルは、本当にお前ナンパの成功率高いのか?
「あれがないと、これから来るモノから命を守れないからさ。あぁ、安心しろ。チルの分もちゃんと用意する」
「あ、あいぃ……」
命の危険性があるというその言葉に、チルは少しばかりびびってしまったようだ。だが、こればかりは本当に死にかねない。いや、どうかな……ただ、過去死人が出たのは、驚いて転倒した際に頭を打ってだったから、やはり安全を考えれば保護具は必須だ。
そんな物々しい街並みを眺めつつ歩いていると、ギルドへと到着した。わかってはいたが、ギルド内は大忙しな様子で、冒険者たちも明日訪れるであろうモノへの対策に、右往左往している。
「こんにちは、オルセンさん」
「おぉ、グレン。いいところに来たな。話はもう聞いておるか?」
「もちろん。教会でウームのやつと会ってね。あいつもすっかり親方が板についてたよ。そんで、親方衆で回ってきた話から恐らく明日くらいだろうって聞いてね。ウームもこの後まだ行かなきゃ行けないとこがあるって、慌てて修繕よりも窓が壊れないようにって板打ち付けていったよ」
「その通りじゃ。今朝方、早馬がここにもきてな。奴等の大群がそこまで迫っておるそうじゃ。勿論、グレンも出てくれるな?」
「あぁ、そのつもりだ。チルも連れていくから、こいつ用の帽子が欲しい」
「チルも、か。いや、そうだな……ひとりでも多い方が良い。だが、大丈夫なのか?」
オルセンさんがチルに向ける目は、純粋にチルを心配するものである。
その気持ちもわかる。木の帽子を被っていればある程度は防げるとしても、決して安全が担保されているわけではない。多少傷を負うこともあれば、痣ができたり、最悪骨折くらいは発生する。そんな事に幼い子どもを、とは俺も思う。が、これはサースフライで生きていくなら、どうしても避けられないのだ。
「だが、この街で生きていくなら必ず遭遇する事だ。慣れていかなければいけないし、その時に少しでも近くに大人がいれば安心だろ?」
「グレン……やはり、チルをお前が預かるのは正解だったか」
「よしてくれ、そんなんじゃねぇよ。まぁ、子どもの手であっても、一人でも多く欲しいってのが本音さ」
別に、俺はチルの為を思っての事ではないと言っておく。これは紛れもない本音だ。本当に、手が欲しいのだ。
「ま、そう言うことにしてやってくれや、オルセンさん」
「クリフ……お前、飲んでないのか?」
いつの間に来ていたのか、クリフも会話に混ざってきた。だが、その顔にはいつもの様な酒に緩んだおっさんの面はなく、戦場に赴く兵士の如く真剣さが滲み出ていた。
「ふ、こんな祭りに酒に酔った状態で参加するなんざ、素人の考えよ。酒は祭りの後に楽しむもんさ」
クリフの言葉はギルドに併設されている酒場にも聞こえたのか、数名の若い冒険者たちはギクリと体を揺らし、お互い気まずい感じで見合っている。
まぁ、実際明日の事……明後日も含めて、いま酔うのはあまりお勧めしない。特に、明日は酔って体が動きませんでしたでは、お前何しに来たんだ?と白い目で見られること間違いなしだ。
浮かれる気持ちはわかる。クリフも偉そうに言ってるが、若い頃は俺と一緒に前日飲んで二日酔いのまま参加し、頭と腹に直撃した拍子に盛大にリバースしたもんだ。
あまりにも普段と違うクリフの様子に、チルの頭の中は大混乱を起こしたのだろう。もう限界だと声を震わせて問いかけてきた。
「ね、ねぇ……グレンおじちゃん、クリフのおっちゃん……何が、くるんでしゅか?」
その問いに、俺とクリフとオルセンさんは同じ単語を口にした。
「「「ジャガイモムシだ」」」
ーージャガイモムシ。
それは、簡単に言ってしまえば、ジャガイモに目が出て足が六本生え、薄い羽が二対ついてる生き物だ。目は誤字ではない。毒が発生する芽ではない。
ムシ、と名前についているが、虫でもない。ちゃんと植物と区分されている。だが、動くし群れるし、飛んでくる。だが、こいつら自身は餌を食べないのか口はない。その数は数万とももっと多いとも言われるが、生態は謎に包まれている。見た目がちょっと虫っぽいからムシと名前についている。
ククル王国では夏の終わり頃に東側の海より飛来し、ククル王国内をぐるっと時計回りに、ボルティモア大森林を避けつつ飛んで、そのまま北へと去っていく。なので、何処で生まれ何処へ消えていくのか、いまだ謎の生物なのだ。
だが、それでいてちゃんと植物の仲間だ。これは人類が定義したものではなく、この世の管理人……神様やらなんやらが定義付けしているから、仕方がない。
人が持つスキルという異能力の中に、『収穫』というものがある。これは農家の方々が多く持つもので、植物を鎌などで刈り取り、集める際に使うと任意の籠や場所に一纏めに出きる便利な能力である。
ただ、これは植物だけに限るもので、昔冒険者で『収穫』をもっていた人が、倒した獣や魔物に『収穫』を使っても、発動することが出来なかった。それから色々と研究され、結局は植物に限定した異能力であると定義されたわけだが、これが何故かジャガイモムシには効果が発揮される。
スキルは神がヒトに与えたもうたものである。なので、そのスキルがジャガイモムシを対象にしたのであれば、ほなジャガイモムシは虫ちゃうかぁ……となったわけだ。それに、その方が都合がいい。なぜなら。
「ジャガイモムシは採れたてをな、ふかしてバターを乗っけるとたまんねぇんだ!!」
「あの薄い羽を揚げたものもパリッとして旨いし、足をフライパンで炒めるとツマミになるしな」
「目は砕いてまぶすと、ピリッと胡椒のような風味と辛さがアクセントになる。実に無駄のない生き物……生き物?」
「おいおい、あいつらは植物だろ。神様もそう言ってる」
「ははは、ちげぇねぇ」
ギルドに集まってきた冒険者たちが次々とジャガイモムシの食べ方について語り合う。そう、みんな虫だと食べるのに抵抗があるからだ。虫食はないわけではないが、あまり一般的なもんじゃない。
ジャガイモムシはとにかく旨い。それに量も多くとれるので、これから冬にかけての大変ありがたい食材になるのだ。ちなみに、春には小さいジャガイモムシが群発的に現れる。こいつらは小さいながらしっかりと旨味があり、丸ごと皮まで食べられる、まさに新じゃがの様な扱いだ。この分、口に出きる機会は夏の終わりのジャガイモムシと比べて少ないが。
そんな話を聞いたチルは、心配していたのが馬鹿らしいと呆れ……ることはなく、ジャガイモムシが旨いという単語に食い付き、色んな人から話を聞いていた。
単純なやつだと、俺はその様子を鼻で笑いながらも、チルの木の帽子を忘れずに受けとる。
ジャガイモムシは旨い。だが、考えてもみてくれ。
ジャガイモが空から飛来し、頭に当たることを。小ぶりなやつであればいいが、拳大のやつが当たればチルは吹き飛んでしまうかもしれない。
例年死者はいないが、決して負傷者がいないわけではないのだ。旨さのなかに厳しさもある。これもまた、自然というものなのだろう。




