第二十一話 Cランクのおっさん、懐かしむ
教会の手伝いが始まって、今日で一週間。契約期間の半分を過ぎた辺りだ。
その間、俺は教会の仕事のあれやこれを、シスター・アンナに命じられるままにこなしてきた。つっても、基本的には掃除やら炊き出しやら、あとは足とか体が悪くて教会を訪れることが出来ない人の御宅訪問とか。案外色々とシスターとして活動してたんだなぁと、少しばかりシスターのことを色眼鏡で見すぎていたのかも知れない。
そう考えていた時期が、僕にもありました。(AA略)
「さぁ、今日もきりきりと働きな、グレン! この機会に、溜まった埃と仕事を片付けるよ!!」
やっぱダメだ! この婆さん!
地域住民に話を聞くと、普段はこんなに積極的に教会の仕事はしていないそうな。俺の思っていた通り、普段はだいたい酒に溺れ、酩酊状態でふらふらしてるんだとか。ボランティアのニールが来る時や祭事を頼まれた時だけは、割りとちゃんとしているらしいが。
「まぁ、俺の仕事は教会の手伝いだし、それなりにまとまった金で報酬が貰えるからいいんだけどよ……シスター、腰治った後にまた仕事していないって、男爵様に怒られるんじゃねぇの?」
「ふん! あんなハゲちゃびん、怒ったところで怖かないね! まぁ、流石に伯爵あたりにはいい顔をしとかないと不味いがね」
サースフライを領主のモンクレール伯爵に代わり治めているのが、モンクレール伯爵の弟のオクレイマン男爵である。俺はあんまり貴族階級ってやつに詳しくはないから、相関関係とかはようわからんが、まぁ仲の良い兄弟ってのは聞いたことがある。
見た目はモンクレール伯爵が割りと大柄でちょっぴりお肉が付きすぎてる感じがあるのに対し、オクレイマン男爵は少し神経質な感じのひょろっと小柄で、その……ストレスかなぁ? 頭頂部が寂しい感じがある。
だが、神経質そうに見えてオクレイマン男爵は人当たりもよく、話していて嫌みがない人物だ。森の司教討伐のおりに、治療院に俺とクリフを労うためにわざわざ訪問してくださった。その時に初めて会話したが、中々にいい人だという印象を受けた。
ただ、元来気の弱い方なんだろうなぁ。司教討伐について国への報告も必要みたいで、後の処理のことを考えて胃のあたりを押さえていた。なんか良い胃薬見つけたら、今度差し入れてやろう。
「あんまりオクレイマン男爵を虐めないであげてくださいよ、シスター。なんだかんだ、あの方がこの街を統治してくれて、治安とかもよくなってるじゃないですか」
「ふん……まぁ、それはそうだね。ん? あぁ、そういえば今日の午後に、修繕業者が来るよ。それまでにあの辺りにある荷物を片付けておくれ」
「また急な話で。了解。おーい、チル! 少しその辺りで遊んでてくれー。俺は仕事するから」
「あーい! 頑張ってくだしゃい!」
教会の玄関口で数人の子ども達となにやら遊んでいたチルは、チラッとこちらをみて元気よく返事をし、また遊びに戻っていった。
今の教会は孤児院としての役割は果たしていないが、日中働いている女性の子を預かる、一種の保育所のような事はしているそうな。まぁシスターの腰があれだから、それも若干怪しいが。
一応チルには何かあったらすぐに知らせに来いとは言ってあるし、近くにシスターもいるから大丈夫だろう。俺は、教会内のあちこちに無造作に積まれている荷物を片付けるべく、布を鼻口にセットして気合いを入れた。
「こんちゃー、ウーム工務店でごぜーやす」
「あぁ、こんにちは……って、ウーム? おぉ、ウームじゃねぇか。久しぶりだな」
「おやぁ? こんなところでグレンの旦那と会うなんざ、珍しいこってす。どうしたんです? 遂に冒険者の道を諦めて、聖職者の道を目指すことにしたんですかい?」
「馬鹿言うな。これでも最近は大活躍したグレンさんだぞ」
「あぁ、聞きましたぜ! なんでもBランクの冒険者の盾になって散ったとか。ちゃんと成仏してくだせえ」
「それ吟遊詩人の詩じゃねえか」
教会に入ってきて早々に軽口を叩きあったのは、この街で工務店を営んでいるウームだ。身長は俺の腰から少し上くらい……だいたい150cmくらいだろうか。それでいて彼ら種族の特徴である大きな鼻と、尖った耳。少し緑がかった肌からわかる通り、ウームはゴブリンだ。
この世界のゴブリンは人類種のひとつとして、ちゃんとその地位を確保している。決して討伐されて耳や鼻を削がれるモンスターではない。遠い昔はそういう話もなかったわけじゃないらしいが、ヒューム(俺たちのような世界中で一番多く見られるヒト種)以外を迫害する時代はククル王国ではとっくに終わっている。
とはいえ、生まれてくると男はゴブリンの特徴を持つが、女は母親の種族の特徴しかないことから、女性のゴブリンはいないとか言われてしまうこともある。故に、ゴブリンは男しか生まれない野蛮な種族だと勘違いされがちだが、別に性欲の権化だとか、18禁製造舞台装置なんてことはない。そういう遺伝子の構造なんだそうな。
彼らは総じて手先が器用だ。体格が小柄ゆえに力はヒュームほどではないが、指先の器用さから冒険者では罠を仕掛けるもしくは解除すレンジャー職を担うし、彫金師などの装飾にも彼らは重宝される。ウームの様に建物の修繕などを生業とする者もいる。
「今回はウームが修繕担当なんだな。公共事業を任せてもらえるだなんて、随分と腕を上げたんだな」
「へへ、ありがとうごぜえやす。これでも、従業員30人を食わせてる身なんで」
「おぉ、大分増えたな! しかも、ジャイアントフットの従業員もいるのか」
先程からウームの後ろでじっと待機している巨大な人物。夏の暑さ対策だろう、体毛のあちこちを刈り上げているが、これだけ全身に見える毛が生えている特徴はなかなか珍しい。そのギョロっと大きな目や見上げるほどの巨体さもさることながら、足元に目をやると馬鹿でかい靴が目立つ。
「へい。去年の冬頃にわけありで王都に流れて来たみてえで、行き場に困ってるのを見かねた商工会のお偉い方が使ってみちゃどうかと言ってきてくれてですね。試しに色々とやらせたら、こいつが中々器用でして。この夏からは正式に採用して、こうやって仕事を教えてるんでさあ」
「ほうー。俺はグレンだ。いまは教会の仕事をしているが、これでも冒険者なんだ。よろしく」
「…………うす」
「すいませんね、こいつまだあまり公用語になれてなくて。聞き取りは少しましになってきましたが、元来の気質もあってか、話すのが苦手みてぇで」
「あぁ、そうか。ジャイアントフットは北大陸出身が多いもんな」
俺たちが普段使っている言語は、ここグランドリア大陸では公用語として、どの国でも話されている。一方で、他の大陸では使っているところとそうでないところ。使っているが、第二言語として使っているという具合に、地域や人種によっては通じない場合もある。
ジャイアントフットが多く生活している北大陸、その山間部では独自の言語体型があるので、こちらの公用語ができないのも当たり前だ。
「あれ? そういえば、シスター玄関先にいなかったか? 工事の話だろ?」
「いやぁ、それが……居たのは居たんですがね? 酒瓶抱えて気持ち良さそうに昼寝してまして。で、近くにいた子ども達に話を聞くと、中におじさんがいるってんで来てみたんです」
「あの婆さんはホンマつっかえ……いや、まぁそういう事ならこっちで勝手にさせて貰おう。あの婆さんだと、適当に穴でも塞いどきなとか言われそうだし。
今回はモンクレール伯爵様が御訪問されるってんで、壊れている箇所や汚れが酷いところを頼みたい。予算は確か……あった。オクレイマン男爵様の書簡で、徹底的にやって来れとあるから、もうぴっかぴかにしてくれ」
「ほほう、なにやら緊急でのお仕事で金払いも良いとは聞いちゃいましたが、そんな理由ですか。わかりました! サースフライの住人として、恥ずかしくないくらいには綺麗にさせていただきやすぜ!」
鼻息を荒くしてヤル気満々なウーム。こいつは生まれも育ちもサースフライの人間だからな。一応、教会って街の顔と言われることもあるし、気合いも入るだろう。
……そう考えると、今のサースフライの顔って穴は空いてるわヒビは入るわ、汚れてるのかぁ。顔面ニキビ痕にシワやひび割れ、くすみにシミか……シスター、これからはもうちょい綺麗にしてやってくれ。




