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第二話 Cランクのおっさん、問い詰められる


「な、なんでおめぇがここにいるんだぁ!?」


 荷物の影から出てきたチルは、口の周りについた食べかすを舌で舐めとりながら首を傾げる。いや、『ん? 何言ってんの?』みたいな反応すんな!


「おーい、どうしたグレン! 荷物でも落ちたかぁ?」

「あっ、いやいやいや、大丈夫だ、ボー爺さん! ちょっと寝ぼけてただけだ!」

「そうかー! もうすぐ着くからのう」

「あいよー」

「よー!」

「ばっ、声を出すな! 声を!!」


 御者のボー爺さんの問いかけに俺の真似をして元気よく片手をあげるチルの口を手で塞ぎ、なんとか黙らせることに成功した。だが、どうすんだこれ……このままじゃ街まで連れていっちまう事になるし、衛兵になんて言やぁいいんだ。


「いや、待てよ……俺は別に後ろ暗いことなんてしてねえ。森を探索していたら、迷子の子どもを見つけました。だから、街まで連れてきて衛兵に引き渡しました、おわり。なんだ、簡単な事じゃねえか!」


 そうだよ、別に俺が人攫いでもしてきたわけじゃねえし、素直に衛兵に渡してしまえばいいんだ。もし身寄りのないガキなら、そのまま孤児院かなんかに連れていかれるだろうし、そうなればチルも安心して暮らせるじゃねえか。

 そう思い、妙に静かになったチルの方を見てみると……。


「お前、何してるんだ?」

「ナ、ナンノコトカワカラナイデシュネー」


 妙な片言の返事をしながら、チルは俺の荷物の中に潜り込んでいた。が、思ったより収納スペースがなかったから入りきらなかったんだろう、尻尾やら耳やらが荷物の中から飛び出していた。


「おい、チル。荷物から出てきやがれ。お前は街に着いたら門の兵士に引き取って貰うからな」

「……チルナンテイナイヨ。チルハ、タダイマルシュニシテイマシュ」

「そんなんで誤魔化せると思ってんのかって。ほら、出ろ」


 荷物を開けてチルを取り出すと、その表情はしょんぼりとしたものだった。小さい眉毛もハの字に下がり、口を尖らせている。


「あのなぁ、これはお前の為でもあるんだぞ? いままでは森で無事に生きてきたかもしんねえが、あの辺りは比較的安全とはいえ、猪なんかの獣もでる。街で生活した方がいいと俺も思うから連れていくがな、だがそれでおしまいだ。俺はお前の面倒は見れんし、見たくもねえ。ガキは嫌いだからな。だから、孤児院にでも入って、達者で暮らせ」

「……つーん」

「いや、つーんじゃねえよ。はぁ……まぁ、お前がどうしたいかなんて関係ねぇ。門の兵士に連れてかれて終わりだ。わかったらそこで大人しくしてろ。いいな?」

「……ふーん」

「ふーんじゃねえ」


 わかったのかわかってないのか、よくわからん返事だがこればかりは俺も譲れねえ。まぁ、降りるときにボー爺さんにもう一人分の運賃を払ってやるくらいはしてやろう。だが、それで本当に終わりだ。



 と、思っていた時期が俺にもありました。


「おいおい、グレンよぉ……お前は、お前だけはそこらの冒険者とは違うと信じてたのによぉ……」


 アゴヒゲをたくわえた少しポッチャリぎみの門の兵士、モンドが深い溜め息をつく。


「そうだぞ、グレン。お前は熱心ではないが、それでも仕事となればちゃんとしたやつだったじゃねえか。なんで……こんな小さい子を」


 同じく門の兵士でひょろっと背の高いチャックが嘆くように俺の方を叩く。


「だーかーらー! 俺の子どもじゃねえ!! こいつは森の中にいた! 迷子みたいだったから連れてきてやっただけなの! わかる!?」


 ただいま、入場門の別室にて絶賛取り調べ中でござる。いや、どうしてこうなった……。


 街に着いた俺たちは、ボー爺さんに訳を話して馬車を降りた。ボー爺さんは『子どもだろ? 良いって良いって、料金はいらないよ』と、何故か生暖かい目で俺を見ながらそう言ってくれたのでご厚意に甘えることにした。

 だが、問題は街への入場門で起こった。さっさと兵士にチルを渡して中に入ろうとしたところ、チルの奴が『こんちは! グレンおじちゃんの子どもでしゅ!!』なんて言いやがったから、さぁ大変。


 サースフライの街でそれなりに長いこと活動してきたのもあって、だいたいの兵士とは顔馴染みだ。なので、チルの言うことなんて冗談として聞いてくれると思ったんだが、甘かった。

 兵士の野郎共……俺がよその街で作った子どもだと勘違いしやがった。髪の色と瞳の色が似ているのも誤解の原因だ。加えて、お隣にある帝国のような大きい国ならいざ知らず、俺たちの住むククル王国には戸籍なんていう生まれたときから個人を識別する制度など存在しない。

 それに、文化的にも『疑わしきはてめぇがやったな?』が結構通っちまう世知辛い世の中なんだな、これが。


「あの子ども嫌いのグレンに、こんなに懐いてる子どもが、自分の子じゃないわけねえだろ。さぁ、さっさと吐いてスッキリしちまいな? お前の子なんだろ?」

「だぁぁぁ! 違うって言ってんだろ! チャック、モンド! 見てみろ、この耳と尻尾! ほら、獣人! 俺に獣人の知り合いなんていねえって!」

「確かに獣人は初めて見たが……いや、だからこそ、お前さんが他の街でこさえてきた子だろ? サースフライに獣人はいないしな。おぉ、そういえばチルちゃんはいくつなんだい?」

「えっと……4しゃいでしゅ!!」

「そうかそうか。……そういえば、四、五年ぐらい前にグレンはしばらく街を離れてたな? 何処で、何をしてたんだ? ん?」

「え、あ、いや……あれはちょっと、その……」


 すーっと温度が下がった視線を向けてきたチャックの指摘に、俺はすぐに答えることができなかった。というのも、確かに俺は四年前に一度この街を離れている。が、それは退っ引きならない事情のせいであり、残念ながらその事情を詳しく人に話すことは出来ない内容だ。

 だが、この答えられない間ってやつが致命傷になった。モンドは俺のギルドカードに『同行者:子ども一名』と入場印を押すと、冷ややかな目でそれを渡してきた。


「グレン……突然自分の子がいるなんて、認めたくない気持ちは……まぁ、わからんでもない。だがな、男は時として自分の行いに責任を持たなければならん。それくらいはわかるだろう?」

「ぐっ……いや、だからそれは……」

「私も二人の子どもをもつ父親だ。子を持つ苦労はわかる。何か困ったら相談に来い。さぁ、入れ」

「……はいぃ」


 『これ以上の問答は不要』。そう視線で語りかけられ、俺はチルを連れてとぼとぼと街の中へと足を進めた。なお、チルの格好があまりにも酷かったので、俺の予備のシャツを着せている。ぶかぶかだが、まぁなんとか隠すところは隠せているだろう。これがなかったら、本当に俺はしょっぴかれていたかもしれない。


「うわぁ! 人がたくさんいましゅねぇ! あ! あれなんでしゅか!」

「はいストップストーップ。勝手にうろうろ行こうとすんな。はぁ……まずはギルドに帰還の報告だが……絶対ろくなことにならねぇ」


 見たものすべてが珍しいのだろう。そのまま街に飛び出していこうとするチルを捕まえ小脇に抱えると、俺は街の中央に位置する冒険者ギルドを目指す。

 今回の狩猟は依頼などではないが、冒険者は街を出る際にギルドへの報告が必要になる。というのも、好き勝手に街に出入りができると、街の保安上の問題なんかがあるらしく、さっき入場許可をもらったカードをギルドで発行してもらい、戻ってきたら提出する必要があるのだ。街を移る際はまた別途カードがある。

 ちなみに、もしカードを発行して街からでて、戻ってくるのに決めた期限を過ぎると捜索が開始される。もしかしたら、出先で死んでいる可能性もあるからだ。仮に捜索で見つからなかった場合、ギルドでは行方不明扱いになり、口座や冒険者活動が凍結される。これは、犯罪を犯して街から逃亡した輩を逃がさない為の措置でもあるし、冒険者の安全の為でもある。この辺りも、『疑わしきはてめぇだな?』を回避するための、ギルドの苦肉の策だ。

 自由に生きて……いや、自由に生きるからこそ、ルールってやつは必要だ。俺もそれには賛成。なのだが……いまだけは反対したい。ギルドに行きたくねぇよぉ……。


 とは言っても、仕方がない。報告しなけりゃ俺の捜索が始まってしまうからな。そうなれば迷惑をかけるし、捜索費用は俺の口座から引かれちまうから大変だ。だが、なんて報告すればいいんだ……?

 なんて考え事をしながら歩いていると、馴染み深いギルドの入り口前に到着していた。小脇に抱えているチルはそのまま寝ちまってる。静かでいいんだが、俺の気も知らねえでこいつは……。


「……えぇい! ままよ!!」


 俺は意を決して、ギルドの入り口を開くのであった。

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