第十七話 それぞれの顛末
サースフライは久しぶりの大物の討伐の報に沸いた。
あの万年Cランクのおっさん二人が、かの伝説の魔物の一角であるボルティモア大森林の司教を討伐した。そんな嘘にしか聞こえない、まるで出来の悪い物語の様な話を人々は当初、誰もが信じることができなかった。
だが、それも治療院に担ぎ込まれた、ぼろ雑巾の如く傷と汚れにまみれ、それでも生き延びたグレンとクリフの姿と。さらにその後にBランク冒険者三人によって厳重に警護されつつ街にもたらされた、森の司教の首なしの死骸により真偽は確かなものとなるのであった。
一部、『あれ? 森に出たのって熊じゃなかったか?』という疑問を浮かべる者もいたが、老人から子どもまで、一様に沸き立つなかでそれを言うのも野暮かと、口を閉ざすのであった。
無事だった関係者と、司教の死骸は冒険者ギルドに集められ、現在は封鎖されている。これは、あまりにも貴重な森の司教の死骸を盗み出そうとする輩や、それでなくとも貴重な物を一目見ようと、話を聞きたいと多くの人が押し掛けたことによるものだ。
表向きは。
実際には、事情聴取と今後の対応について協議がなされていた。
実際の討伐の場にいたエミーとチル(昼寝中)。それと応援を呼び次第すぐに戻ってきていたウェルたち三人のBランク冒険者。そして、ギルドからはギルドマスターのアルトリオと事務長のオルセンという面々だ。
「……では、グレンが司教を倒したのは間違いないと?」
「はい。謎のスケイルグリズリーが現れ、司教と争った結果弱っていました。そして、駆けつけてくれたウェルさんたちと更に激しい戦いになり、グレンさんがその隙をついてをこう……ばっさりと」
「ばっさりと」
「は、はい……」
ーーなんとも、無理のある話だ。
ギルドマスターのアルトリオは、剃りあげてツルツルの頭をペチッと叩くと心の中でため息をつく。
エミーの話は恐らく内容は嘘だろう。いや、全部が全部ではない。だが、まずグレンのしょっぱい身体強化では、魔力を纏う司教の肌に刃を突き立てるのは不可能だ。余程魔力を練られない様な怪我……それこそ、致命傷に近いダメージでもなければ、どんなに弱りきった司教であってもグレンではダメージを負わせることができない。
ましてや、首などという最重要部位の守りを通すことなど無理な話だ。実際、持ち帰られた死骸には背骨が砕かれ、折れた肋が臓腑に刺さって致命傷が発生している。だが、こんなをスケイルグリズリーなどという、魔物でもない生き物が負わせられるはずがない。ウェルたちBランクを持つ冒険者でも、あれは無理だ。
報告の中でなぜか魔力を持つスケイルグリズリーが出現したとあり、恐らくその個体であるという推理は出来る。だが、仮にそれが本当だとしても、広大なボルティモアで三強といわれる司教と、たかだか魔力を持つスケイルグリズリーが対等に渡り合えるとも想像がつかない。
かつて、ロンドグレが討伐した森の司教も、サイズは今回の個体より少し小さいがそれでも脅威であった。Aランクという半分人間から飛び出してしまったカテゴリーの冒険者パーティーが挑み、二人の犠牲の上で討伐されたのだ。例えそのスケイルグリズリーが魔力を使えたとして、Cランクの冒険者が二人、Bランクが加勢したとして勝てる見込みが見いだせないのだ。
だが、ここでアルトリオは考えた。恐らく、今回の件は裏があると。そして、その鍵となるのは領都のギルドから派遣されてきた、Bランクの三人だと。いや、正しくはその内の一人……経歴上偽りがなされているが、その真なるものをギルドマスターのクラス預かりで情報を揉み消されている人物を。
仮に、その人物が司教を討伐出来るほどに強力な力を隠しもっていれば……力の出所と名の公表は避けたい。なるほど、そういうことか、と。
「ウェル……いえ、クロムウェル様」
「ッ! その名は……!」
「いいんだ、ポール。マスター・アルトリオ。その名は冒険者として活動している俺とは無関係のものだ。その名をここで出す意味はわかっていますね?」
「もちろんでございます。此度の件、クロムウェル様を主体とする合同パーティーでの成果とし、公表をさせていただきます」
「ま、待ってくれマスター・アルトリオ! 司教の討伐はグレンたちによるものなのだろう?」
「控えろ、オルセン。お前なら、どう足掻いたとてグレン達だけで司教を討伐することなど出来んのはわかるだろう。この場にいるクロムウェル様が事の真実をエミーの発言をもって是とするならば、その裏など我々には不要。そして、事を納めるためには目に見える力と、目に見えない力の双方が必要だ。わかるな?」
アルトリオの言葉に、オルセンは苦虫を噛み潰したかの様に眉間に皺を寄せる。我慢の為に握った拳はブルブルと震え、今にもアルトリオに飛びかからんとしていた。
だが、オルセンとて道理がわからないわけではない。エミーの説明は無茶のあるものだが、それに対してウェル達が口を挟まなかったのは『そうした方が良い』という判断と、それ以外に説明しようの無い裏があったのだろう。
クロムウェルという名前で呼ばれた青年の事をオルセンは知らない。冒険者ウェルとしての経歴や能力については事務長として知ってはいるが、ギルドマスターであるアルトリオがこうも態度に出すということは貴族……しかも、高位貴族の関係者であることは間違いない。
そして、そんな立場の人間が事の顛末をでっち上げる必要があるのならば、そうするしかない。いまだ貴族階級が特権をもつククル王国では、事の真偽よりも描かれた筋書きの方が大事なのだ。
だが、それでもオルセンは全てを飲み込むつもりはない。普段はちゃらんぽらんで自分の事を落伍者と宣う、才能の無い男が、例え運命のいたずらがあったにせよ折角首級をあげたのだ。普段からなにかと気にかけていた者がもしかすれば日の目を見られるかもしれない。そう思うと、口を挟まずにいられなかった。
「どんな筋書きになろうとも、グレンとクリフには最大限の報酬を。それと、そこの学者殿とチルにも」
「それは勿論だ。まぁ、分かりやすくいけば『猛暑で弱り気味の司教に対し、領都でも活躍している新規精鋭のBランクの若者たちを中心に、ベテランCランクの二人が加勢し、それに王立所属の学者の知恵が加わり、討伐が成された』というところか」
「その辺りがまだ現実的にありえそうですね。司教が怪我をしていたとすれば、更に現実味はとれるでしょう」
「Bランクの三名は実績に関する優遇と討伐報酬を。グレンたちの報酬は一部の討伐報酬という形で金品とする。本来であれば司教の討伐などランクが上がる案件であるが、グレンたちの実力のみというわけでもない。実力以上のランクは身を滅ぼすからな。
では、これから治療院にいき、意識が戻り次第ここでの決定を伝える。そして、全員本件については一切他へ漏らさぬよう。これでいいですな?」
アルトリオの言葉に鷹揚に頷くウェル。心の中では、『力不足でただただ逃げるしか出来なかった未熟者だが』と、暗く苦い思いがあったが、この場でそれを言っても余計に場が荒れるだけだ。だが、これで良かったとも思える。
本来であれば英雄として名を馳せるくらいの事をやったグレンが、正当な評価をされないことに苛立ちも感じる。しかし、自分達が戻ったとき、興奮したエミーから語られた内容は、恩人であるグレンとチルにとって、日常を破壊しかねないことだった。なればこそ、今回はアルトリオに筋書きを書かせるよう促し、それに乗ることにした。
恩は、別の形で返そう。三人はそう決意するのであった。
エミーもこれ以上発言することはないと、口をつぐんでいた。真に戦ったのはあのスケイルグリズリーとグレンとクリフだったが、いま思えばそんな事あるのか?と、自分で見たものだというのにまるで夢物語のようにふわふわとしたものだった。真実がどうであれ、事実命を助けてくれた人たちに不利益がないのなら、自分はなにも言うまい。それよりも、早く研究に戻してくれとさえ思っていた。
そんなこんなで、それぞれの思惑を秘めたままに司教の討伐劇は幕を閉じる。
だが、幕を閉じたと思うのは当人たちばかり。実際は、まだ幕は上がったばかりなのであった。




