第十四話 Cランクのおっさん、呆ける
ボルティモア大森林の三強が一角、司教。対するはサースフライが誇るCランクのベテラン冒険者のグレン&クリフ。
その死闘がいま、
「始まるわけがねええぇえぇええ、わああああああ!!?」
もう何度目の大ジャンプかわからない。肘も膝も顔も擦り傷だらけの打ち身だらけ。明日は全身アザだらけだ。明日があればの話だが。
「やい! クリフ! おめぇまだ魔術撃てるだろうがい! なにサボってやがんだ!!」
「いやぁ、なんか調子が悪くってよう。ん? あれ? いつの間にか杖じゃなくてただの木の棒持ってたわ。がっはっはっは」
「このクソ野郎ーーー!! あわわわわわわ!?」
突っ込んでくる司教をなんとか回避し、俺はごろごろと地面を転がってそのままの勢いで立ち上がる。そして、次の攻撃が来る左右を勘とお祈りとダイスロールに任せて、再びジャンプ!!
ダイスロール成功! 失敗でキャラロス確定の○×ウルトラクイズを何回もするはめになっていた。
まぁ、それはクリフも同様で、俺とクリフは交互に攻撃されている。とはいえ、既に戦いが始まってから10分以上たっているが、俺たち二人は奇跡的にいきてるぅー……のは、司教が遊んでいるせいだろう。
あのニヤニヤ笑いは俺たちがボロボロになっていくのを楽しんでいる証拠だ。ただの性格の悪い猿と言ってしまえばそれまでだが、こいつはそういった『遊びで獲物を痛めつける』という娯楽を知っている。前世でも、知能の高い事で知られる生き物のイルカなどは、自分が食べるわけでもない獲物を遊びで痛めつけ、快楽に浸ると言われていた。
その知能の高さゆえに、いまのこの状況を楽しみ、舐めプをしてくれているということだ。だが、それは決して悪いことじゃない。
俺達の勝利条件は、生き延びること。こいつを撃退することじゃない。そも、本気のこいつが相手だったら、俺たちは30秒もかからずに美味しい大地の肥料になって終わりだ。クリフは脂が多いから、土がダメになりそうだけど。
司教が手加減してくれている間を生き延び、ウェル達がBランク以上もしくは、司教の事を聞きつけてくれたAランクがくれば、この戦いは勝てる。
司教をはじめ、三強達は己の縄張りにうるさいと言われている。それ故に、司教が何匹も同時に出てくることはない……とされている。あくまでも古くからの伝聞だから、電子百科では[要出展]と付きそうだけど。
ともかく、今は司教を楽しませることが大事だ。あまりやられ過ぎて飽きられてもダメ。かといって、本気にさせてもダメ。その辺りを綱渡りで進まなければ、このゲームは終わってしまう。
その事はクリフも気づいている様子で、特に声をかけてもいないが、先ほどから結構ギリギリで回避している。
「いいぞ、クリフ! お前は一流のマタドールだ!」
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……ま、またなんだってえ!? 俺もう限界だぁ!! 死ぬぅ!!」
「あ、ヤバイ! ギリギリなの演技じゃねえじゃん!!」
フラフラとしているのは誘う為のステップかと思えば、完全に足に来てらあ。あわや司教ミキサーで六体バラバラの景品にされそうなクリフを、俺はタックルで一緒に倒れ込む。その次の瞬間、俺たちのすぐ真上を司教が通りすぎ、少し先の地面を掘り起こす。
「くそ、もうやべえな。なんかいい魔術ないのか?」
「それは俺の台詞だ。なんで魔術使いのお前の方が、手品の種がすくねえんだよ!」
「バカ言え。俺は魔術使いであって、奇術師じゃねぇ。実践向けの魔術しかつけねぇんだ」
「おぉ、偶然だな。今が実践だぞ、はやく出せよ」
お互いもう膝もガタガタ、腰も痛いし体力も魔力も限界間近。身体強化の魔術も消えかけた蝋燭が如くで、軽口でも言っていないと倒れてしまいそうだ。
まぁ……そう上手くいかんわな。さっきの勝利条件は、あくまでも助けが間に合うことが前提だ。わかっていたことだが、恐らく間に合わないだろう。ウェル達がいって戻ってきて最速でも30分はかかる。全力で飛ばしてだ。だが、ウェル達も体力も気力も万全ではない。そこまで早くは戻ってこられないだろう。
もう少し、もつと思ったんだけどな。歳、だな。
さぁて、ならば今やっていることはなにか。
意地だ。
俺たち冒険者は、生きる自由もあれば、死ぬ自由もある。
好きに生きて、好きに死ぬ。
風来に生きてきたからこそ、己の死に方くらい選ぶ。
ならば、笑って死んでやろうじゃねえか。Bランクの前途のある若者を生かし、強敵と遊んで派手に死ぬ。それが、伝説とも呼ばれるボルティモア大森林の司教であれば、仲間たちの酒の肴にでもなるってもんだ。吟遊詩人も吟ってくれるかもしれん。喜劇になる可能性もあるけど。
「……いい人生だったか? クリフ」
「……あぁ。悪くはなかった」
俺たちはお互いを見ることはせず、自然と己の武器を構える。
これ以上はもう、遊びに付き合ってやれるほどの体力はない。ならば、後は全力で死ぬだけだ。
そんな俺達の雰囲気を感じ取ったのか、司教はニヤニヤ笑いを止め、眉間に皺を寄せる。それはまるで、楽しくあそんでいたオモチャを取り上げられた子どもの様で、俺は前世で幾度となく見たその表情に懐かしさを感じた。
「悪いな、司教さんよ。お人形遊びは終わりだ」
「いや、ありゃあお人形というより、虫潰しかなんかだろう」
「ならピョンピョコ跳ねる俺たちはバッタってわけか」
「ほーれほーれ、バッタが跳ねる、ピョンピョコ跳ねるー……ッ!!」
バカにしたように煽るクリフ目掛けて、司教が走る。その爪にはハッキリと見える程に濃厚な魔力が纏われており、発達した丸太のような腕はしなりをみせて上から叩きつけられる。
俺はそれを身体強化を使った状態の剣で弾こうとしたが……その瞬間、鈍い音が腕から響いて、持っていた剣が宙を舞う。
「ぐわぁああ! お、折れやがった! 手首がぁ!」
「ぐ、グレンっ! 下がれ!! やべぇぞ!! グレェェン!!」
「クソ、間にあ、わ」
司教の猛攻は止まらない。俺の手首を砕いたあと、もう片方の腕でハンマーの様に俺の頭に向けて振り下ろしてくる。
目の前に迫るその拳は、まるでスローモーションの様にゆっくりで、それと同時にこの世で世話になった人の顔が次々と浮かんでくる。あぁ、これが走馬灯ってやつかと心が妙に落ち着いていた。
『グレンさん、今日はもつ煮込みがあるよ。サービスするから食べてきな!』
マーサさん、ごめんな。部屋の片付けできてなくて。出来ればベッドのしたの箱は中身を見ずに捨ててくれ。
『まったく……いつまでそんな風にフラフラとしておるんだ!』
オルセンさん、本当の親父みたいだったな。肩のひとつでも揉んでやればよかったかな。
『グレンさん。また今度、一緒に商業区に行かない? えっと、その、新しいお店が出来たの! ……ダメ?』
ソアラ。泣くんだろうなぁ。こんなおっさん早く忘れて、いい男見つけろ。
『ひゅおう~! グレンおじしゃん、力もちでしゅねぇ~! もっとあしょんで、あしょんで~!』
……すまんな、チル。親父にはなってやれなかった。強く生きろよ。
『ちくわ大明神』
………………誰だてめぇ!?
思い出と共に浮かんだ皆の顔が、閉じた瞼の奥に消えていった。いや、最後の誰? 本当に誰ぇ? ねぇ、誰ぇ!?
そして、ぐしゃりと、なにか水が詰まったようなモノが潰れる音が聞こえて……ん? 聞こえんな……。おかしい、なぜ俺はまだ思考が出来ているんだ?
目を瞑ったまま、待てど暮らせど俺の意識は途切れない。恐る恐る目を開いてみると……。
「……はぁ?」
「セーフ! 間に合ったでしゅねぇー!!」
「ガウ! ガウガウ!!」
「キィッ!? キャアアァオッ!」
目の前には巨大な毛むくじゃらで、所々鱗に覆われた黒い獣と、その背中に乗って片手をあげる小さながきんちょと、小柄な女性の姿があった。
毛むくじゃらは振り下ろされた司教の腕を頭上で交差した腕で受け、そのままがら空きになった司教の胴に前蹴りを放つ。魔力の籠った蹴りに司教も堪らず顔を歪め、バックステップで距離を空ける。
「な、なにが起こってるんだ……?」
「チルちゃんのお父さん! お父さん? おじさん? どっちでしたっけ?」
「ん、あ、いや……まぁ、親父みたいなもんだけど。あんたはエミーか? なんでその熊の上にいるんだ?」
「これは、その……チルちゃんのお友だちだそうで……」
「はぁ!? 意味がわからんぞ!?」
成り行きを見ていたクリフも、目を見開いたまま固まっている。
そんな俺たちを安心させるかのように、熊は背中ごしにこちらをチラリと見て、グッと親指をつきだしてサムズアップを決める。
やだ……超イケ熊じゃぁん。トゥンク
ありがたいことに、ご感想をいただいてしまいました。本当にありがとうございます!
めっちゃモチベがあがります……!!




