第十一話 Cランクのおっさん、気づく
サースフライの門へと入場する列の横を通り抜け、俺とポールは直接入場門を目指す。遠目で俺たちの姿を確認した兵士たちは、何事かと数人で立ちふさがった。
「おいっ! 入場列の最後尾はあっちだ! 列を抜かそうと横入りをすれば……って、グレンじゃないか? どうしたそんなに急いで」
「モンドか! 緊急事態だ! 森で魔物……でいいんだよな? 魔物が浅い場所まで出てきて、いまBランクのやつらが対処しているが少しばかり旗色が悪い。数は二匹だが、魔力を行使できるタイプだそうだ。ギルドへの緊急連絡の為にこっちの冒険者を急ぎで入れて欲しい」
「Bランクが苦戦する、か。それはやばそうだな。おい、そっちの……確かポールとかいってたな? そのまま街に入場して良いから、こちらの兵士を伴ってギルドへ向かいなさい。街中では人の往来もあるので、馬の扱いは気を付けてくれ。おい! 一人馬を連れてこっちに来てくれ! ギブンは兵舎にいって討伐準備。大森林に魔物狩りに行くぞ!」
兵士のモンドはきびきびと他の兵士達へ指示を飛ばす。モブ熊さんみたいなモンドは、こう見えてベテランの兵士長であり、田舎街とはいえ、そらなりの規模で人の出入りもあるサースフライの門を守っている。そんなに顔をあわせた訳ではないであろうポールの顔と名前も覚えているし、街の治安維持の為に魔物討伐への動きも早いもんだ。
ちなみに、ボルティモア大森林だけじゃなく、街周辺に関する危険な事象や魔物などに関しては、冒険者も確かに対応することはあるが、基本的には兵士が対応する。
それは、この兵士達が領主様の兵士であり、街や村を、引いては領を守ることが、彼らの仕事だからだ。俺たち冒険者はあくまでもそのお手伝い的な立ち位置だ。もちろん、BやAランクなんて化け物は、その貢献できる仕事も全然違うわけだが。まぁ、あれだ。俺たちのやってることはある種、日本でいうところの隙間バイトだ。頑張ったので高評価ください。
とは言え、冒険者ギルドも対応はする。ポールが報告を終えれば、直ぐに動けるBランクを集めて、森に向かうだろう。森に出た魔力もちのスケイルグリズリーがいかに強力だったとしても、Bランクが集まればまぁ負けることはない。Aランクは……たぶん出てこないだろうけど、出てきたら勝ち確だ。風呂入ってくる、ガハハ。
「っと、いつまでもここにいても仕方ないな。とりあえず、兵士の皆さんが集まるまで待機だが……ん?」
俺がポールと一緒に戻ってきたのは、どちらか片方がギルドに報告に行き、どちらかが兵士達を現場に案内するのが目的だ。まぁ、報告はランクの高いポールが行った方がいいだろうし、兵士たちと顔馴染みの俺が案内役に回った方がいいと思ったんだが、そういえばチルがやけに大人しい。馬を飛ばしたから、少し怖がったのかと背中の荷物を見ると……。
「チル……? おい、チル!?」
チルの姿が、見つからなかった。
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時は少し遡り、グレンがウェルたちと別れた頃。
まだ森の異変に気がついていないヴィクターたち学者の集団は、森の入り口付近で採取を熱心に行っていた。
「やはり、今年は分布がかなり変わっておりますな」
「えぇ。見てください、このオクタマフクリバチを。この子達は本来もっと暑い地域で生息する肉食蜂の一種ですな。こんなところで見かけるなど、長年この森で採取をしてきましたが、初めての事です」
「ふむ……その蜂が抱えている肉団子を是非持ち帰りたいですな。もしかすれば、餌さとなる生物も移動してきている可能性もあります」
採取を通して見えてくる、今夏の異常気象による影響。ここ数年を通して気温自体は多少上下しつつも、緩やかに上昇傾向が見えていた。しかし、ここにきて一気に猛暑が続いたことで、森の浅い部分でも生態の変化が大きく見られたのだ。
そんな場面をみて、興奮しない者などこの場に存在しない。ここにいるそれぞれが、生物学の分野で多くの時間と情熱をもって邁進し、まだ見ぬ発見に対して貪欲なまでに知識を得たい。そう考え、この道を選んだ専門家なのだ。
それは、今年この王立動植物研究所に入所した学生上がりの若者たちも同じだ。
学生たちは、この国の子どもが通常受ける教育課程である六年間の学習に加えて、その後にある高等教育の四年間を学んだのちに、専門教育を四年終えた者である。
ククル王国は六年間の教育を受け終え、次の年に成人である15歳を迎える。なので一般市民はおおよそここで教育を受け終わり、手に職をつけることになる。そして、そこからの四年はさらに分野を絞った内容で教育を受けることになるが、こちらは貴族階級や資産に余裕のある者が受けることになる。
専門教育となれば、その内容はもはや専攻分野に特化したものになり、例えば元・先進国でそれなりに名のある大学を卒業した現在Cランクのおっさん曰く『ありゃあ単純に単位を間に合わせでとって、惰性でキャンパスライフを送ってた俺じゃ無理だな。はは、異世界知能チート? 無理無理!』と、偶然読む機会があった専門書を投げそうになるくらいだ。
この世界は確かに、科学技術という大枠での遅れは、地球に比べると、ある。だが、それは単純に下位互換という意味ではなく、そも地球には石油などがあるがこの世界にない。しかし、地球には魔力なんてものは存在がしないなど、石油化学工業などは発展しようにもそもそも無い(もしくは未発見なので)という点などから、あらゆる分野の発展ツリーが根本的に違うのだ。
機械に関しても、ククル王国はあまり発展していないが、他国では魔導機というものが存在し、地球における機械の様な役割を担うことが出来る。しかし、そこでも半導体のような精密なものはそもそも発展の余地がないのだ。シリコンなんてものはこの世界にはない。多分。
なので、例えば脳科学に近い分野は地球よりも進歩している面もある。スマイリー博士の考案した呼吸法も、その中のひとつだ。魔力が存在するという前提のもとではあるが、それを実践できる程度には『脳』という器官に対して研究が行われているのだ。一見チグハグに見えるようだが、根本で技術発展の枝分かれが地球と全く違う方向に進んだ結果である。
話は長くなってしまったが、要するにこの学生上がりの新人研究員たちは、確かにまだひよっこではあるもののその全員がこの分野のエキスパートであり、その内に秘めたる情熱はベテラン研究員に優らずとも劣らない。その負けん気や、良し。
ただ、それは時と場合によるが。
今回の採取に際して、責任者であるヴィクターからは、あらかじめ探索の範囲が提示されていた。その範囲は入り口付近んから、本当に浅い場所まで。これは、通常観光で訪れた者が入ることが許されている範囲であり、それ以上に入ろうと思えば、基本的に護衛を雇う必要がある。
これは必須であり、努力義務ではない。というのも、やはり世の中には不届き千万の輩というものはどこにでもいるもので、冒険者などのライセンスや許可の持たない者が、森の恵みにあやかろうと奥地に足を踏み入れ、永久に戻ってこれなくなるという事案が発生するのだ。
そこで、森の中には要所要所で、ギルドの職員や兵士が持ち回りで巡回したり、主要な道に簡易な関所が作られているのだ。なので、もし仮に何の許可も護衛も持たない者が奥地に立ち入ろうとしても、直ぐに退場させられることになる。
だが、ボルティモア大森林は広大な面積を持つ。その全てがカバーできている訳でもないし、もしそれで疲れからか不幸にも黒塗りの熊に追突しても、誰も責任をとってくれない。
「は、はは……こんにちは~……」
今年、研究所に入所した新人研究員のエミー・マコーミックは、とある植物の形状が微妙に変わっている群体に遭遇し、それがどこまで続いているのか、なぜこのような変化が発生しているのかを、他の研究員と共に話し合いながら探索していた。
しかし、彼女は少々目の前の事に集中し始めると、周りのことが見えなくなるきらいがある。学生時代にもいつのまにか級友たちは全員帰宅し、あまりにも集中していたことで物音をたてなかったのが災いし、観察室を施錠されて出られなくなった事もあった。
今回も、なんのことはない。どこまで形状が違うものが生えているのか、地面に這いつくばるように観察しながら移動した結果、彼女の小柄さも含め人目につかず、気がつけば暑さで休んでいたスケイルグリズリー(雄)の尻に頭から追突したのだ。さすがのスケイルグリズリーもこれにはビックリ。
背後からケツをつつかれた勢いそのままに、前方に向けて駆けていってしまった。
一人残され突然の事に目を丸くし、たっぷり30秒ほどたって自分がかなり危うい状況だったと理解したエミーは、背中までぐっしょりとなるほどに冷や汗をかいた。と、同時に、妙に頭に重たいものが乗っている感じがある。
ーーもしかして、追突した時にうん……。
「こんちは! チルでしゅ!」
うんこではなかった。それにホッとするのもつかの間。何故こんなところに、行きの馬車で遠目で見た少女がいるのか。その謎に対する答えを、学院でも成績優秀者であったエミーでも持ち合わせていない。




