第十話 Cランクのおっさん、駆ける
「うっひょ~! 金銀財宝ざっくざくだぜぇ~!」
「いえっふぅぅ!!」
森に入って一時間ほど潜ったあたりで、俺たちはお目当てのニッポリダケを発見し、ただいま絶賛採取中だ。
過去にこのキノコは見かけた事はあったが、意識して探してみれば『こんなに生えていたのか!』という若干の驚きと、『本当にこんなに生えていたのか?』という疑問が浮かんだが、それはもういい。とにかく、採取するんだよぉ!!
「しっかし、これが一本3000オールねぇ……何につかうんだろうな? おっ、と」
キノコを採取していると、ふいっと目の前を横切る光の塊があった。それは、ニッポリダケの生えている辺りによく生息している別名『森の妖精』……もしくは、アニキと呼ばれる生き物だ。その姿は一言で表すならば、羽根の生えたムキムキマッチョである。と言っても、本当に妖精ではない。妖精は人類種に分類されるが、アニキは見た目こそ人型だが、分類は精霊などのスピリッツに分類される。要するに非実体生物だ。触れないし捕まえられない。
が、何故か向こうからなら触ってこられるから不思議なものだ。いまだ、謎に包まれている生き物だな。
「おっと、そのキノコは俺の物だ。すまんな」
『アァン? シカタナイネ……』
「こいつらが発する言葉に意味は無いって言われているが……本当か?」
精霊たちの言葉は、俺たちが用いる言語とは全く違うものだと言われている。だから、こいつらが発声しているものはそう、例えるなら犬や猫の鳴き声が偶然人の言葉に聞こえた的な、そういったものだと言われている。が、さっきからチルがなんか会話成立させているようで、ちょっと怖いんだよなぁ。
「アニキ、アニキ! アニキとわたち!」
『アニキとわたし! ボディービル!!』
「『ブラボー!!』」
ボディービルってこっちの世界にもあるんだろうか……? 俺はこっちに生まれてこの方見たことも来たこともないんだが。いや、だから、こいつらの言っていることは人間の言葉じゃないんだ。危ない、引き込まれるところだった。
しかし、本当に大量に生えてるなニッポリダケ。一つ一つが小さいから籠一杯にはほど遠いが、それでも既に50本近く拾えている。これだけで15万……夢が広がるぜ。
「今日は肉とエールは絶対頼むとして、うーん……久しぶりに貝も食べてえなぁ。あぁ、そろそろ新米も出始めるだろうし、塩握りも、ん?」
既に勝利が確定している俺は、今晩どのツマミで優勝するかという嬉しい悩みを考えていた。だが、その時。いままで森の浅いところ特有の穏やかな雰囲気というか、空気感が変わるのを肌で感じた。
俺はCランクという凡人オブ凡人な冒険者として生きているが、ここボルティモア大森林とは十五年の付き合いだ。危険が潜む奥地の奥地なんて行ったことはないけれど、この辺りはもはや庭と言っても過言じゃないくらいに、慣れ親しんできた。だから、樹上の小動物や鳥の動き、流れる風のにおいなどが変われば、はっきりと解る。
「こいつは……まずいな。何か奥の方から出てきたか? おい、チル! 帰る用意をしろ!」
「えぇ~!? アニキたちともっと遊びたいでしゅ!」
「また今度連れてきてやるから我慢しろ。森の様子が、おかしい」
周囲の様子をうかがいつつ、俺はチルを荷物に詰めようと襟首を掴む。それを『離せよー遊ぼうよー』とでも言いたげにアニキ達が邪魔をしてくるが、無視だ無視。この感じは、俺の予想だとかなりまずい。
まず、さっきまで木の枝を走り回っていたエッグイーターというネズミの一種の足音が消えた。こいつらは樹上に巣を作る鳥の卵を狙う嫌らしいやつらだが、その危機管理能力はバカ高い。卵を狙うリスクとして、その親鳥に補食される可能性があるからだ。なので、危険が迫れば直ぐに姿を消す。
そして同時に、その普段だとその危険とされるボルティモアクロウというカラスも一斉に飛び立った。ボルティモアクロウはカラスの仲間とあって、知能が高い鳥だ。そんな鳥まで逃げようとするのであれば、ここ一帯に迫る危険はかなりのものだろう。
チルを荷物に詰め込んで背負い、籠を前側で抱えるようにして持つ。内容的にここまで大きい籠じゃなくて良かったな……邪魔だな。
まぁいい。とりあえず、こんな空気の森なんておさらばだ。そう思い、入り口の方に足を向けたその時。何故か横道……というよりも、道なき森の中から凄い勢いで走ってくる三人の若者の姿があった。
「あれは……ウェルたちか? おーい!!」
「!! グレンさん!? 逃げてくれ!!」
「! わかった!!」
俺は直ぐに身体強化の術を体に巡らし抱えていた籠を投げ捨て、三人を追うように森の入り口に向かって駆け始める。くぅ……俺の金が……でも、いまは金より命だ。Bランクの冒険者がなりふり構わず逃げている。つまりは、本当に緊急事態だ。金なんて言っている場合じゃない。
しかし、流石はBランクとあって、身体強化が段違いだ。素の速さでは追いつくことは難しいだろう。しかし、俺はこれでもベテランのボルティモア大森林冒険者。森歩きの経験の差で少しずつ三人に追いつき始めた。そして、ウェルに近づき尋ねる。
「何があった? あんたらほどの凄腕が逃げるくらいのやつか?」
「スケイルグリズリーだ。子持ちが二頭」
「あぁ? それくらい、あんたらならどうにかなるだろう」
「……魔力を持っていたんだ。魔物のスケイルグリズリーだ」
「はぁ!? そんなことあるぅ!?」
スケイルグリズリーは確かに厄介な熊さんだ。鱗状の体毛は下手に剣を打ち込んでも刃が通らないし、熊とあって力も強い。だが、それでも所詮はただの熊だ。身体強化とかいう、野生生物のアドバンテージを無理矢理奪い取ったようなこの世界の人間にとって、そこまで苦戦する相手ではない。ましてや、Bランクの彼らなら余裕で相手できるだろう。
だが、魔力を持っているなら話は変わる。ただでさえ素の状態なら人間を吹き飛ばせる膂力を持つ獣が、さらに強化倍率どーんだ。そんなのに顔を殴られたら、新しい顔がぶつかったあんパンのヒーローよろしく、お顔が吹っ飛んでしまう。
しかし……それは考えられない。というより、あり得ない。魔力を持つ生き物は魔物と呼ばれる(人間種を除く)。そしてそれは、後天的に獲得したり、突然変異で生まれるなんて事は考えづらいのだ。
魔物は体内に魔力器官を有する。なので、姿形が似ている生き物であっても、普通の生物と魔物は完全に別種だ。にたような生物との交配で雑種やハーフなども生まれないとされる。なので、魔力器官をもたない生物から、魔力器官を持つ魔物は生まれないのだ。
例外として、後天的に魔力を獲得する人間という生き物がいるくらいだ。人間は体内に魔力器官をもたない。が、訓練によって、脳の一部が変質し、魔力器官を擬似的に作ることが出来るといわれている。俺は学者先生じゃないから、なにがどうなってそうなるなんて詳しいことは知らんが。
「……つまり、そのスケイルグリズリーは人間の様に擬似的な魔力器官を獲得した?」
「そ、それはありえません! だって、熊がどんな偶然に出会ったら『スマイリー式脳開発呼吸法』を獲得するんですか!」
「いやぁ、確かにそうだよなぁ。あんな変な訓練、偶然見つけるのは無理だろうしなぁ」
ポールの否定もわからんでもない。遥か昔。まだ人間が魔力を行使できなかった時代に産み出された、のちの世に多大な影響を与えた『スマイリー式脳開発呼吸法』。スマイリー博士という人が、特殊な呼吸法を用いて脳の使われていない部分を活性化させ、疑似魔力器官を産み出すとかいう、変態の所業を成し遂げたその呼吸法は、現在では世界中のどこでも行われている常識のひとつだ。
確かに常識なのだが、はっきりいって俺は最初意味がわからなかった。前世の記憶というか、常識が邪魔をしてすんなり頭に入らなかったのだ。
それに、この呼吸法が出来たからといって、全員が魔力を使えるようになるわけじゃない。体質などで身につかないこともざらにある。幸いにも俺は獲得こそできたが、常識の邪魔のせいで獲得したのが成人の手前ほどで、残念ながら魔力の伸びはほとんど無かった。なので、俺は才能なしのCランクなのだ。
「そろそろ入り口が近づいてきた……! 俺とアスターは入り口付近にいる人たちに避難を指示してきます! グレンさんとポールは一足先に街に戻り、応援と馬車の確保をお願いしてもいいですか!」
「なるほど、了解。ポール、馬は乗れるか?」
「大丈夫です。一通り訓練していますので」
「よし。じゃあ、入り口にある貸し馬を使うぞ。値段は高いが、緊急時はギルドから補填されるし、性能もいい馬ばかりだ」
ウェルたちと別れた俺とポールは、そのまま森を出たところにある馬牧場へと向かった。ここでは馬の貸し出しをしており、その馬たちも出荷先は王都など大都市にある騎士団であり、早馬などに使われるとても頑丈で賢い馬がほとんどだ。
慌てた様子で牧場に入ってきた俺たちに、牧場主のカールさんは目を丸くしていたが、事情を話すと直ぐに今牧場でもっとも良い馬を二頭貸してくれた。
もしも、本当に魔力を持つスケイルグリズリーが存在するのであれば、それはただ事ではない。Bランクパーティーが複数必要である。場合によってはAランクへの要請もありうる。
緊張感に包まれ無口になったポールと俺は、サースフライに向けて馬を走らせるのであった。
明日より不定期連載となります。二日に一話くらいの予定です。




