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第一話 Cランクのおっさん、がきんちょと出会う


 唐突だが、俺はグレン。ただのグレン。Cランク冒険者のグレンだ。

 冒険者ってのは、まぁなんつうか……夢と希望と自由に溢れた……うん、自由業ってやつだろう。適当にいっちまえば、生きるのも死ぬのも自由って稼業だ。


 そんな俺たち冒険者ってやつも、色々と最低限の決まり事はある。同じ冒険者同士、生きていくなかでの最低限のお約束ってやつだ。だが、それは決して馴れあえだとか、互助的に活動しようなんて高尚なもんじゃない。

 『同じ冒険者同士、後ろから刺すな』だとか、『徒党を組んで裏切って殺すな』だの、当たり前といっちゃあ当たり前のことばかりだ。だが、その当たり前が出来ねえやつってのは何処にでもいやがるもんだ。基本的に冒険者になろうだなんて奴は馬鹿か定職に就きたくないという変わり者ぐらいだ。あれ? これ後者も馬鹿だな?


 と、まぁそれはいい。それよりもこいつを見てくれ。こいつをどう思う?


「むにゃむにゃ……凄く、大きいでしゅ……このハベルの実……むにゃむにゃ」


 拠点にしている街、サースフライから南に位置するボルティモア大森林。そこで狩猟の為に夜営をし、うつらうつらと仮眠をとっていたところ、あぐらをかいていた俺の足の上に小さな生き物が潜り込んできた。

 はじめは人に餌付けでもされた小動物でも来たのかと、そのままくびり殺してやろうと目を開いたのだが……その正体は、ちんちくりんの小さな子どもであった。

 子ども……なのは良いとして、いや良くはないが。まぁそれはさておき、問題点がいくつかある。


 まず、こいつの耳……あぁ、人間の耳の部分じゃない。それはそれで普通にあるが、頭頂部に一対のなにか、タヌキの様な耳が備わっている。ついでに、ふっさふさの尻尾もだ。寝言と共にゆらゆら動き、俺の膝をくすぐってくる。

 これも、そこまで問題じゃない。


 もっとも問題なのが、こいつがほぼ全裸であるということだ。かろうじてぼろ切れみたいな布が胸や腰辺りを隠している程度のもの。別に、俺はがきんちょの裸を見て興奮する変態野郎ではない。むしろ、俺はおっぱいボインボインの姉ちゃんが好きだ。おっぱいは大きければ大きい方がいい。あ、小さいのが悪い訳じゃないぞ。好みの問題だ。

 だが、こんな森の中で子どもがこんな格好でいるなど、明らかにトラブルの気配しか感じない。それが獣人の子どもであれば、尚更だ。


「これが、獣人ってやつか……? 初めて見たな。じゃなくて、おい。起きろ」

「んぁ? もう朝でしゅかぁ?」

「悪いがまだ夜中にもなってねえよ。そうじゃなくて、お前なんでそんな格好で森の中にいるんだ? 親は?」

「おやぁ? んー、おやおやぁ? おやすみなしゃ~い……すやぁ」

「あん? お、おい! 二度寝すんな!! ……たくよぉ」


 がきんちょはそのまま俺の膝を枕にして、二度寝しちまった。流石になんつうかもう一回起こすのも気が引けるし、仕方ねえ。がきんちょに毛布をかけてやり、俺も仮眠をとることにした。



「おっはようございまーしゅ!!」

「だぁああ! うるせぇぇ!? なんだなんだ!?!?」


 突然の大声に俺が飛び起きると、そこには毛布を体に巻き付けてニシシと笑うがきんちょの姿があった。

 ……そういえば、昨日こいつを寝かせたまんま俺も仮眠してたん……仮眠!?


「やべぇ! もう日が昇ってんじゃねーか! こんな時間まで眠りこけるなんて……獣が来てたら死んでたな」

「んー? 大丈夫だよ? チルの周りには怖い動物しゃんこないもん」

「あぁ? そういえばてめぇがいたな。おい、なんで俺の膝で……って! 涎でべちゃべちゃじゃねーか!」

「あっははは! ごめんなしゃーい!」

「あっ! 待てコラ! 毛布返しやがれ!!」


 毛布をマントのようになびかせて逃げるがきんちょ……チルとか言ってたか。チルを追いかけ回してみたが、やっぱガキってのはすばしっこいもんだ。早々に俺の方が息があがっちまって、諦めて朝飯でも食うことにした。


「はぁ、はぁ……おぇ、吐きそう……くそっ、十年前だったら絶対捕まえて……ん?」


 朝食用にととっておいたチーズとハムを挟んだパンにかぶりつこうとしていると、チルが黙ったままじっと見ているのに気がついた。その瞳はしっかりとパンを捉えており、俺が左に右にと動かすとそれにあわせてチルの首と尻尾が一緒になって左右に揺れる。なんかちょっとだけ面白れえな。


「なんだ、腹へってんのか? ……食うか?」

「……いいの?」

「全部じゃねーぞ! 俺も腹へってるからな。ほれ」


 パンをハムやチーズも一緒に半分にちぎって差し出してやると、チルは物凄い勢いでかぶりついた。


 俺の右手も一緒に。


「だあぁあっ!? いてぇぇえ! おい、なにしやがんだてめぇ! 俺の手が涎でべちゃべちゃじゃねーか! 膝と手がお前の涎でマーキングされちまったよ!!」

「もぐ、むぐ、んぐ……美味しい! 美味しいねー!」


 目をキラキラさせてそうのたまうチルに、俺は怒る気が失せて自分の分のパンを食べた。

 気がつけば太陽もずいぶんと真上近くに昇っており、もうなんか狩りって気分にならなくなった俺は、そのまま荷物を片付けて街に帰ることにした。気分が乗らねえときは仕事をしない。これも自由な生き方の良いところってんだ。


 ……のだが。


「……おい、いつまで着いてくる気だ、がきんちょ」

「……ナ、ナンノコトカワカラナイデシュネー」


 先程から帰路についた俺の背後で、明らかにガサガサと草木が揺れる音が聞こえる。

 振り向けばサッと茂みの中に体を隠し……いや、本人は隠している気だろうが、耳や尻尾がぴょこんと飛び出してるんだよなぁ。たまにフェイントかけて二回振り向くとバッチリ隠れ遅れたチルの姿が見えるし。

 もしかして、このまま街まで着いてくる気か? いや、着いてこられても困るぞ……街にも入れないだろうし。


「あのなぁ、がきんちょ。昨日は膝も毛布も貸してやったし、さっきは飯をわけてやった。だけどそれは別におめぇさんの面倒を見てやろうってんじゃねえんだ。ちょっとした、その……気まぐれってやつだ。わかるだろ?」


 俺の問いかけに対し、チルは何も言い返してこない。だが、茂みから飛び出していた耳がペタンと元気なく倒れていたので、なんとなくはわかってくれたのだろう。

 まぁなんつうか……子どもをそのまま置いていくのはしのびねえ。しのびねえが、俺だって生活があるし、なによりガキは好きじゃねぇ。

 なにかとうるせぇし、すぐに泣くし喚くし。かと思ったらいきなり笑いだしたりする。何を考えてるのかわかんねぇ。


「……これは、その……こいつも気まぐれってやつだ! 干し肉とか色々……置いてってやるからよ。こいつでも食って生きろよ。じゃあな!」


 罪悪感やら後ろめたさを……俺が感じるのは変な話だが、そう言ったものが全くないってほど俺も冷血漢じゃない。子どもが食えば数日はもつであろう食料を茂みに投げ捨て、俺は振り切るようにして駆け足で森を去ることにした。


 そうして、森から街までの馬車に揺られながら、俺はぼんやりと空を眺める。幸いにも他の相乗り客もいなかったから、物思いに耽っても問題ない、


 だけど、今回の狩猟は失敗だったなぁだとか、明日以降はちゃんと金になる依頼でも受けるかだとか。そんなことを考えている隙間隙間に、がきんちょの……チルの顔が浮かぶ。


「見なきゃいいものを……なんで見ちまうかなぁ」


 森を去るときに一瞬だけ、ほんの一瞬だけ後ろを振り返ってしまった。その時に、茂みから顔を出したチルの、寂しげな表情が頭に張り付いて離れない。


「だが、いやなぁ……連れてくっつうわけにもいかないしなぁ。よしっ! 今日は『梟の止まり木』でちょっといい酒でも呑んで、もうこの事は忘れよう!! はいはい、終わり!! 狩猟は失敗だったけど、こんなときの為に金を貯めてるんだ。今日は肉も食っちまおう!」

「チーズもいいでしゅか!?」

「おう! チーズも頼もう!」

「お魚しゃんもいいでしゅか!?」

「でっかい焼きざか、な……なぁ?」


 一人のはずなのに、何故か合いの手があることに気がついた俺がゆっくりと振り返ると……馬車の隅に積んでいた荷物の背後からぴょこんと尻尾が出ているのが見えた。


「お、おい……お前、まさか……」

「むぐ、もぐ、んぐ……はいっ! チルでしゅ!」

「なぁあぁあぁぁ!? なんでおめぇがここにいるんだぁぁあ!?」


 口の回りに干し肉のカスをつけて飛び出してきたのは、森に置いてきたはずのがきんちょ……チルであった。

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