契約
「そっちは、何か得があるのか? あぁ、さっき言ってた王族の交代か?」
話がうますぎる。中身はともかく、未成年であり生まれこそ貴族だが、親から見捨てられた女子供に対して破格の申し出だ。
しかし自分で言いながら、一応、カルバ──と言うか、リブレ国にもメリットはあるかと思う。思いはしたが、今度は別のことに引っかかった。
「……って、名前を変えてもこの子だってバレるだろう? 準備に何年かけるつもりだ? それとも、この世界では姿形を変えられるのか?」
「二……いや、三年だな。この国の王族や貴族には、王立学園に入る義務がある。私の駐在期間は四年だから、それまでは我が国で淑女教育と復讐の準備をして貰う。そして、最後の一年で留学生としてこの国に『戻って』きて貰おう……化粧や体作りはしてほしいが、その髪ならバレないだろうね」
「髪? ……っ!?」
カルバに手鏡を渡され、何気なく目をやって──クロエは『ジャンヌ』の記憶とは違う髪色にギョッとした。
クロエの髪は、栗色から銀髪に変わっていた。この世界にも髪を染める技術はあるが、元々の髪色からはこんなに綺麗に染まらない。前世で、強いショックを受けると白髪になると聞いたことがある。おそらくだがジャンヌも祖父母を目の前で殺され、屈強な男達に追われたショックでこうなったのだろう。
(成程な)
これなら、たとえ似ていると思われても別人だと判断されるだろう。ジャンヌのことを思うと哀れだが、クロエは天が味方してくれたと思った。
だからひた、とカルバの目を見つめてクロエは言ったのだ。
「俺の望みはジャンヌの復讐と、全てが終わった後のジャンヌの幸福だ……改めて聞く。あんた達の望みは?」
「私の目的は、我が国の為にこの国の王族をすげかえることと……復讐が終わるまで、こいつの面倒を見てほしい。こいつはジャンヌ嬢じゃなく、君に興味を持ったようだから」
「……俺に?」
「よろしくお願いします……あなたの名前を、お聞きしても?」
「それは、私も聞きたいね」
今までカルバの傍らで、無言で話を聞いていたオーベルがそんなことを言う。何故かは解らないが、話が逸れるし長くなる可能性もあるので後から直接、本人に聞こう。
そう思い、クロエは『前世の名前』を二人に告げた。
「黒江亨。こっちの言い方だとトオル・クロエだな」
「……ふむ。クロエは、女性名として通じるな。私の養女にするから『クロエ・ローラン』はどうだい? 君も、全く別の名前より反応しやすいだろう?」
「確かに……不都合がなければ、それで頼む」
「契約成立だ」
そう言ってカルバが手を差し出したのに、握手だと思って手を出すと──カルバは握るのでなく、クロエの手の甲に口づけてきた。
(う……女扱いされるのも、これからは慣れないとな)
口元を引きつらせたクロエに対し、カルバは悪戯が成功した子供のように笑い、オーベルは黙って見守っていたが──この後、二人で話をした時に思いがけないことを言われた。