存外
ソフィアは一人娘なので当然、セルシウス公爵家を継ぐのはソフィアである。それはハリドと婚約していようが、していなかろうが変わらない。
……変わらないのだが、ハリドは『セルシウス公爵家は自分のものになる』と思い込んでいたし、何なら口にも出していたらしい。
「他国のとは言え、それは公爵家乗っ取りなのでは?」
「その通りね。まあ、一応は王族の方なのと、めんど……波風を立てるのも何だから、黙認していたわ」
「ソフィア様」
「……残念ですね」
「フフ、レーヴの言う通りね」
面倒臭い、と言いかけたソフィアにイリヤはたしなめるように名前を呼び、レーヴは身も蓋もないことを言った。もっともたしなめているのは一応、校内だからたしなめただけで内容には頷くしかないし、レーヴはイリヤと共に今までも勉強会をしているので、ソフィアも彼女の歯に衣着せぬ物言いを知っている。何なら面白がっているくらいだ。
……イリヤとユージンが勉強し、オーペルがラウラに接触してから二週間ほど経った頃。
イリヤは、ソフィアとレーヴと三人で図書館に来ていた。元々、ユージンとの勉強会の前から、イリヤはソフィア達と共に勉強会をしていた。
王族ではないとは言え、公爵令嬢がいても利用者は遠慮する。だから、前回はユージンに婚約者がいるので使えなかったが、奥には事前に予約すれば使える自習室がある。今日もそこを使っており、少し離れた入り口の扉の外にはオーベルとエトワを控えさせていた。
試験は終わったが、交流目的もあるので月に一、二度、イリヤ達はこうして勉強している。レーヴとソフィア相手なので、ノートは授業の整理整頓用と復習の為の書き込み用の二冊を見せていた。もっとも彼女達は、まず書かないとまとまらないとのことで板書用と整理整頓用、そして復習の為の書き込み用の三冊を使っている。
多少の私語はあるが、イリヤ達の手は止まらない。周りからは天才のように思われているが、イリヤは自分が努力が必要な凡人だと知っている。とは言え、ユージンに一目置かれるには首席を取り続けると良いと解っているので勉強をやめるつもりはない。
ちなみに、ソフィアもだが彼女の友人達も無事、婚約を解消出来た。更に本来、婚約破棄じゃないと発生しない『慰謝料』も、セルシウス公爵の助力により相手から支払われた。まあ、本人達からではなく親からではあるが、息子が別の女性にうつつを抜かして婚約者をないがしろにしたのだから当然だろう。
「…………?」
そこでふと、イリヤは外からこちらへと近づいてくる足音と気配に気づいた。
「イリヤ?」
「ミューズ?」
「下がっていて下さい」
立ち上がり、同様に気づいた二人の前に立つとその足音が自習室の前で止まった。来訪者を遮るように、オーベル達が立ち塞がった気配がしたが、相手が抵抗したらそれこそ面倒なのでイリヤは声をかけて自分から扉を開けて外に出た。
「大丈夫よ、二人とも」
そこで言葉を切ったのは、相手の方が身分が上だからだ。そんなイリヤを睨みつけて、来訪者──ハリドは、口を開いて怒鳴るように命令してきた。
「貴様、俺と婚約しろっ!」
来年には成人し、学校を卒業する時期なので高位貴族は勿論、下位貴族もほとんどはすでに婚約している。だから婚約者のいないイリヤに、ラウラに近づく為に接触がある可能性は考えていたが。
(まさかこんな、最悪な形で命じてくるとは)
内心で呆れつつも、後ろの自習室にはソフィア達がいる。
さて、どうやって退場いただくか──と考えたところで、思いがけない声がした。
「ハリド、何を馬鹿なことを!?」
そう、ハリドを追ってきたらしいユージンの声が。




