詭計
イリヤがユージンに、オーベルがラウラに近づいたのは、二人の仲を裂く為──だけではない。
オーベルは王妃に母親を毒殺されているし、自分も子供の頃におそらく同じ毒で殺されかかっている。オーベルはカルバによって死んだと偽装されて救われたが、食事にでも混ぜられたのか少しずつ、けれど確実に衰弱していったそうだ。
そしてイリヤにはジャンヌの記憶があるがリブレ国に向かう前、オーベルの話を聞いてジャンヌの亡くなった母親のことを思い出してふと引っかかった。
(離れに閉じ込められていたのと、精神的なショックだと思っていたが……もしかして?)
彼女には、特に持病があった訳ではない。それなのに、ジャンヌの母であるクレアは死んだ。
更に言うと、ジャンヌの父であるラルフとクレアを結婚させた祖父も死んでいる──何と言うか『真実の愛』の邪魔者が、都合良く死んでいる気がしたのだ。
「私もそう思うよ。ちなみに、オーベルを診た限りでは毒は水銀だ」
「……それだと、飲んですぐに死なないか?」
「辰砂……エスカーダでは、シナバーと呼ばれている石がある。鮮やかな赤を出すからと、絵の具の材料として使われているが……水銀が、含まれている。石単体だと触っても害はないが、削って吸い込んだり口にしたりするとゆっくりと、だが確実に蝕まれる。粉末だと、ほとんど匂いも味もないから性質が悪い」
大事を取り、寝台での食事中であるイリヤの疑問に答えたのは、枕元に腰かけていたカルバである。そして眉を顰めたイリヤに、カルバは更に言葉を続けた。
「辰砂は、王妃の生家の領地で産出されている。だから、毒として使える知識はあるだろうし……お気に入りであるラスティの為に、渡したんじゃないかな?」
「……だったら俺か、俺が気に入られなければ俺の駒がユージンに近づいて邪魔者になれば、ラウラが毒を飲ませてくるんじゃないか?」
そう言ったイリヤに、今度はカルバが眉を顰めた。それに首を傾げたイリヤに、いつもの笑みを消したカルバが口を開く。
「それはそうだが、水銀の毒は解毒剤がない。元々、万が一の為にイリヤ『も』毒に慣れさせるつもりではいたが……水銀は、代謝の良くなる果物などを食べ続けて体の外に排出するしかない。学園で、情報を仕入れるまではいいが、そこまで体を張る必要はない」
「ジャンヌの為だ。証拠を手に入れたい。まあ、ジャンヌの体に負担をかけさせたくはないが……って『も』ってことは」
「ええ。俺もそうやって治療されましたし、死なない程度の毒を口にして耐性を作りました……だから、俺も邪魔者になれますよ?」
追加の飲み物を取りに行っていたオーベルが、戻って来て早々に言う。さらっととんでもない内容だったので、一瞬、イリヤは後半の内容を把握するのに時間がかかった。
そんなイリヤに微笑んで、オーベルが言う。
「あなたが王太子に近づくなら、俺はラウラに近づきますよ。仮にも王太子妃に近づいたら、王妃経由で俺が狙われて結果、証拠になる毒を手に入れられる確率が上がります」
「……いいのか? お前は昔、死にかけたんだろう?」
イリヤとしては、ジャンヌの復讐の為に出来る限りのことはしたい。
だが、それはあくまでもイリヤだけの話である。異世界転生したイリヤの生活面や常識面を、サポートして貰うだけで十分だと思っていたが──オーペルは、違ったようだ。
「死にかけたし、何なら母親を殺されてるからこそ……俺は絶対、あなたを失いたくない。その為なら、出来る限りのことをしますよ」
「本当、趣味悪いぞお前」
キッパリと言い切られたのに、イリヤは憎まれ口を叩き──隙あればイリヤを口説くオーベルを、カルバは面白そうに眺めるのだった。




