慢悔
ラウラは学校以外では月に二、三回ほどユージンや王妃・レミーアとのお茶会の為に王宮に通っている。
異母姉であるジャンヌと一緒に、王太子妃教育を受ける為にと通った頃はほぼ毎日だったが、その後、正式に婚約者となった後は順調に進み、今ではほぼ終わっている。もっとも書類作業などは未成年であり、まだ嫁いでいないラウラには任せられないとのことなので、仲睦まじいのを世間に知らしめる為にお茶会で交流を続けているという感じだ。
けれど、今日のラウラはいつもと違ってユージンはおらずに一人、王妃・レミーアに呼ばれている。
放課後とは言え、他の生徒がいるので顔に出さないようにはしているが──呼ばれた理由が解っているので、迎えの馬車へと向かう彼女の足取りは重かった。
(ハリドとソフィアの婚約が、解消になった件よね……私に頼まれたことは、言ってないみたいだけど。まさかあの女が断ったのに、ユージン様が頼み込むなんて……絶対、レミーア様の嫌がらせよね)
ラウラを呼び出した上で、ユージンがイリヤと約束していた勉強会をしていると思うと腹が立つ。しかし流石に王妃であり、未来の義母からの呼び出しは断れないので仕方ない。しらを切りつつ、説教を受け流すことにしよう。
「ラウラ様」
「……オーベル、さん?」
廊下で声をかけられたのに、ラウラは足を止めて振り向いた。そして彼の手に異国風の、綺麗に刺繍された布で包まれたものがあるのに、ラウラは小首を傾げるようにして見上げた。
(クッキーを入れたバスケットは、有名店のお菓子を入れて次の日に返してくれたのに)
そんなラウラの疑問に気づいたのか、オーベルが少し照れたように視線を揺らして言う。
「先日はありがとうございました。使用人一同から、お返しさせていただきましたが……俺個人からも、お礼をしたくて」
「まぁ……いいの? 開けても良いかしら?」
「勿論です」
ラウラの問いかけに、オーベルが頷く。そして鮮やかな赤い紐を解き、中を見てラウラは「まあ!」と声を上げた。
(この小袋、良い匂いがする……そして、布で花を形造った飾り? あと、この小瓶に入っている薄紅のは……口紅かしら?)
綺麗だがエスカーダでは見たことがないものに、ラウラは顔を上げた。そんな彼女の視線に、オーベルが答える。
「匂い袋には金木犀という、我がリブレ国で人気の花が入ってます。服や荷物を収納する棚にでも、入れて頂ければ……あとは髪に飾るかんざしと呼ばれる装飾品と、爪を彩る為のものです。一応、落とす為のやすりも入れました。手が難しければ、足に塗っても気分が上がるそうですよ?」
「素敵……ありがとう、大切にするわね」
珍しい贈り物に、憂鬱だったラウラの気持ちが浮上する。お礼を言うと、オーベルは笑みを深めて言葉を続けた。
「こちらこそ、ありがとうございました。ご令嬢が、あんなに美味しいお菓子を作れるなんて……味だけではなく真心を頂いたようで、胸が温かくなりました」
ハリドの婚約解消があり、男子生徒達がラウラと少し、けれど確かに距離を置くようになっていた。そんな中、いや、貴族令息ではなく平民の血を引くからか、素直に感謝の気持ちを伝えられてラウラは嬉しくなった。
「嬉しいわ。また作るから、食べてちょうだいね」
「そんな……俺は、そんなつもりじゃ」
「気にしないで! 私が、作りたいの……また届けに行くから、皆で食べてねっ」
すっかりご機嫌になったラウラは、笑顔でお礼を言って軽やかな足取りで立ち去った。早く嫌な用事を済ませて、オーベルに渡す次の差し入れを考えることにしたのである。
『確かに、この国では珍しいだろうが……香木ではなく、花。金銀や宝石ではなく、布。高貴な色とされる紅ではない辺り……女児、しかも平民にやるような物なんだがな。トオルさんも、笑ってたけど……知らないって、幸せだな』
……だからラウラは、笑みこそ浮かべていたがオーベルが、万が一にも誰かに聞きとられないように日本語で馬鹿にしていたことを知らない。




