亀裂
今朝、ユージンは母・レミーアから遅刻し、昼から登校するように言われた。ソフィアの父であるセルシウス公爵が昨夜のうちに先触れを出し、レミーアに謁見を申し出たと言うのだ。
「詳しくは直接、話すそうだけれど……ハリドどのとソフィア嬢の、婚約の件らしいわ」
「えっ……」
王命で婚約こそしたが、逆に婚約したからこそハリドは『友人』としてラウラの傍にいる。いや、彼だけではない。他の生徒会の面々や彼女の『友人』もそうだ。高位貴族であり、それぞれ容姿端麗であったり、勉学や剣術などに優れている彼らは、婚約者よりもラウラを優先していた。彼女がいればハリド達を扱いやすいと思って黙認していたが、玉座の間で母と共にセルシウス公爵の話を聞いて、ユージンは内心頭を抱えた。
「娘の友人がハリド殿下と、殿下が連れてきた数人の男子生徒に呼び出され、ユージン殿下との勉強会を断るよう言われたそうです。王命と言えど、そんな乱暴な殿方との婚姻は恐ろしいと」
「申し訳ないことをしたわ、セルシウス公爵。ハリドどのには、よく言って聞かせ」
「恐れ入りますが……娘は、ずっと我慢してきたのです。王命だからとハリド殿下と交流しようとしましたが、生徒会が忙しいと全て断られる。年に一度、誕生日にと花束とドレスが贈られましたが……どちらも、随分と可愛らしいもので」
ソフィアは父親似だ。淡い色彩で、繊細な容姿をしている。そんなセルシウス公爵は、微笑んでこそいるがその目は全く笑っていない。そして、その目は「ラウラに似合いそうな」と語っている。
「それでも耐えてくれた娘に、私は何も言えませんでした……そんな娘が、ようやく私を頼ってくれたのです。父親としては、その望みを叶えたい。婚約解消が希望ですが、難しければ婚約破棄でもやぶさかではございません」
「公爵……それは」
「それは、ではございません。あと、外交官としても言わせていただきます。我が国にとっては、ハリド殿下のウナム国より、ローラン嬢のリブレ国との繋がりの方が有益です。そんな国の、しかも外交官の令嬢を脅すとは」
「……っ」
「王命でこそないですが、ソフィアの友人二人も婚約者から痛ましい仕打ちを受けたようで……同じ父親として、共に娘を支えようと思います」
母の制止にも止まらないセルシウス公爵の決意は固く、しかも明確に言葉にしないが明らかに「ラウラとその取り巻きのせい」だと言っている。
事実でしかないので、母もユージンも何も言えなかった。これは下手に拒否すれば、セルシウス公爵は一家で国を出てしまうかもしれない。
「もっとも、同じ年頃の高位貴族の令嬢には婚約者がいるでしょうから……下位貴族や才能溢れる者なら、喜んで我が家の養女にいたしましょう」
『公爵家令嬢』だからこそ、娘が選ばれたのならと痛いところを突いてくる。それでも、いくらハリドが他国の王族とは言え我が国の公爵令嬢を傷つけたのだから、王妃であるレミーアは頷くことしか出来なかった。
「……婚約解消で、ハリドどのとは話を進めます」
「ありがとうございます」
そう言って頭を下げ、セルシウス公爵は玉座の間を後にした。完全にその姿が見えなくなったところで、母とユージンは重く深くため息をついた。
「ハリドどのを連れてきてちょうだい。そして、ローラン嬢に謝罪と……改めて、勉強会を申し込んでちょうだい」
「それは」
「お黙り。お前がラウラの手綱を握っていないから、こんなことになったのよ……ローラン嬢との勉強会はリブレ国へのお詫びでもあるし、ラウラへの罰となるわ」
「…………はい」
母に睨まれてきつく言われてしまったら、ユージンには頷くことしか出来ない。
……だからこそ、イリヤに断られてしまったのに焦り、たまらずそんな彼女の肩を掴んでしまった。
「落ち着け、ユージン!」
「……他ならぬ、君が言うのか? 二人きりでこそないが、何度かラウラと勉強会をしたくせに」
「違う、俺は!?」
「『友達』なのだよな? 何故、君は良くて私は駄目なんだ?」
「そ、れは」
ソフィアと婚約しているから、大丈夫だと思ったのだろう。もっとも、婚約解消しても同じことをするのだろうか?
「ハリド、母上がお呼びだ……ローラン嬢。申し訳ないが、私はハリドとまた城に戻らなくてはならない。急かして、申し訳ないが……私との勉強会は、どうしても駄目だろうか?」
知らず、縋るようにユージンが言うと──肩を掴まれたままのイリヤが、視線の先で口を開いた。




