策略
「いえいえ、美しいお嬢様の手助けが出来て何よりですよ」
リブレ国から来ている外交官であるカルバ・ローラン伯爵は、ラウラの親と同じくらいの年代だと聞いている。
しかし今、目の前の笑顔や声も素敵だし、クロエの紹介の為に開かれたお茶会で祖国の衣装を着ている時も、今のようにエスカーダ国の丈の長いコートやベストを着ている時も、ただただ色気があって格好良いと思う。
(エスカーダほどの大国ではないけど、リブレって歴史ある国ではあるわよね。衣装も華やかだし)
思い出すのがクロエが着ていたものと言うのは癪だが、カルバやクロエの使用人が着ていたのも素敵だった。と言うかカルバもだが、クロエの使用人もなかなかの美形だ。
「そんな……リブレ国の方々も、エキゾチックで素敵です」
「恐縮です。ところで方々、とは……ああ、オーベルのことですか」
「え、ええ」
「光栄です。彼は、我がローラン家の血を引いているので」
「……えっ?」
さらり、ととんでもないことを言うカルバに、ラウラは思わず声を上げた。そんな彼女に内緒、と言うように唇に指を当て、カルバが話の先を続ける。
「とは言え、オーベルには我が家を継がせられないので……クロエを、養女にしたんですよ」
「まぁ……」
相槌を打ちながら、ラウラはカルバに嗤っているのを気づかれないように口元を押さえた。
(私みたいに平民との庶子? 後継者教育を受けてないから、あの女の伴侶として家に入れるってこと? だったら、あの使用人の心を私に向けさせれば……クロエは、ローラン伯から捨てられるんじゃない?)
勿論、王太子妃の座から降りる気はない。しかしハリドや他の生徒会役員の面々のように、その心を向けさせておけばもしもの時に役に立ちそうだし──何より、クロエに吠え面をかかせてやることが出来るのは気分が良い。
(それに『もしも』があれば……あの使用人だけじゃなく、このローラン伯も手に入る)
そう結論付けるとラウラは口元から手を離し、内心を悟られないように可憐にカルバに微笑んで言った。
「安心して下さい。内緒にいたしますわ」
※
(かかったな)
可憐に微笑『んで見える』ラウラに笑い返しながら、カルバは声に出さずに呟いた。
彼は、嘘はついていない。オーベルはカルバの妹の子なのでローラン家の血を引いているし、彼の伴侶とする為にクロエを養女にした。
しかし、本当のことも言っていない──オーベルはエスカーダ国王の血も引いているので、ローラン家ではなくエスカーダ王家を継がせる気だし、そもそもクロエは平民ではない。中身はともかく、その肉体は目の前のラウラの、死んだと思われている異母姉だ。
元々、クロエ達はジャンヌの復讐の為に、ユージンだけではなくラウラもたぶらかすつもりでいた。
とは言え、ユージンはともかくラウラは平民のオーペルだと相手をしなさそうなので、こうしてカルバ経由で誘導しようと思い、適当な理由をつけて学園にやって来たのだ。今日が試験結果が発表されると聞いていたので、普段よりラウラと接触出来る可能性が高いと思ったのである。
(まさか半分平民とは言え、公爵家令嬢が走って来賓室に逃げ込んで来るとは思わなかったが)
行動は非常識だが自分に対して媚びを売ってきたり、血筋やクロエとの関係を匂わせたらすぐオーベルに狙いを定めたのは想定内だった。あとでクロエとオーベルに、上手くいったと伝えておこう。
(オーベルは、嫌な顔をしそうだがな)
甥のしかめっ面を面白く思いつつ、カルバもまた内心を悟られないようにラウラに微笑むのだった。




