憤慨
クロエが教室へと向かうのを見て、ユージンもまた教室へ向かおうとした。
「っ!」
同じクラスなので、向かう先が一緒なのは解っているが──まるで、クロエを追いかけるのだと感じて、ラウラは怒りのままに踵を返した。そして、ユージンとは反対方向へと駆け出した。
「ラウラ!? ユージン、ラウラがっ」
「放っておけ。少し、頭を冷やせば良いんだ」
「そんな……ラウラ!」
そんなやり取りを振り切るように、ラウラは走る足を早めた。声と足音から、自分を追ってくるのはハリド一人だけのようだ。それもまた、ラウラとしては腹が立つ。
(ユージン様が、あんな風に言うから……私のことを馬鹿にして下に見るから、他の皆も追いかけてきてくれないのよっ)
それは自国の王族に逆らえないからだが、ラウラとしては普段チヤホヤされているので面白くない。
よりによってハリドか、と思うのは他国の王族であり家族に可愛がられてはいるが、彼自身に特に目立った功績がないからだ。仮にユージンではなくハリドを選んだ場合は、ハリドはエスカーダにいられない。そうなるとラウラは生まれ育った国を出て、ウナム国に行くことになる。
(観光なら良いけど、あの国って田舎なのよね)
万が一、億が一の保険としてハリドは確保しておきたいが──今は、ハリドと話をしたくなかった。
どうしよう、と思いながらラウラは廊下の角を曲がった。
※
「えっ……?」
ラウラを追いかけて、廊下の角を曲がったハリドは戸惑った。その先に、ラウラの姿が見当たらなかったからだ。
「……おや? どうなさいましたか?」
「ローラン伯?」
代わりにハリドの声が聞こえたのか、ドアが開いて出てきたのは、クロエの義父であり、リブレ国の外交官であるカルバ・ローラン伯だった。ハリドの疑問が顔に出たのか、にこやかに答えてくれる。
「ああ、学園長に寄付について話がありましてね。ただ少し早く着いてしまったから、ここで待たせて貰っていたのですよ」
「そう、か」
相槌を打ちながら、ハリドの意識は来賓室へと向いていた。もしかしたら、ラウラが来賓室に逃げ込んでカルバが匿っているのではと思ったのだ。
「ああ、違いますよ。ほら」
そんなハリドの疑惑に気づいたのか、カルバが来賓室の中を見るように促す。
……その視線の先の窓が、開いていた。
「申し訳ないです。一介の役人には、尊き方をお止めすることはとても……」
「それはそうだな。却って、すまないことをした。このことは、どうか内密に」
ラウラは、基本的には可憐な淑女だが──生まれのせいか、今回のように急に走り出したり、いきなり抱きついてきたりと少々、お転婆な一面がある。そこがまた可愛いのだが、まさか一階とは言え窓から飛び出すとは思わなかっただろう。
「勿論でございます。そう……つむじ風が、吹き抜けただけですよ」
「そ、そうだな。感謝する!」
台詞だけなら気障だが、笑顔で告げられると同性から見ても魅力的だ。おもわず見惚れ、次いでそれを誤魔化すように大きな声で言うと、ハリドは自分の教室へと戻っていった。
そんなハリドをしばし見送り、カルバが来賓室のドアを閉めるとソファの陰に隠れていた人物が──ラウラが立ち上がり、上目遣いでお礼を言ってきた。
「助けてくれて、ありがとうございます。ローラン伯爵様」




