初撃
クロエは、無事に学年首席になれた。
もっとも自分で言うのも何だが、簡単に出来ることではない。クロエは、前世の奨学生生活で勉強すること自体に抵抗がなく、更に現世ではジャンヌの地頭が良かったのだ。王太子妃教育は最低限しか教えられなかったが、教わったこと自体はほぼ覚えていたからである。おかげで他国であっても、淑女教育の下地があったので元男のクロエとしては助かった。
だから、と言うのも何だが恋愛に対してはお花畑だが、今まで学年首席だったユージンについては、全くの馬鹿でもないと思うようになった。
(そんなジャンヌを見捨てて、ラウラを選んだのは……可愛いからだけじゃなく、打算もあるよな。ラウラは『真実の愛』の証だから)
今までは、ラウラ以上の令嬢はいなかった。
しかし、クロエ達も呆れたようにラウラの交流は偏っている。令嬢として、そして学生としてなら今のままでも良いだろうが、王太子妃としてはどうだろうか?
……クロエはこの一か月、口にこそ出さないがラウラと真逆のことをすることで、ユージンに問いかけていた。
クロエの見込み違いだったら、またラウラが思い込んでいるように女性が才を見せることを嫌がる男なら、むしろユージンはクロエのような女は嫌がるだろう。
しかし、クロエの予想通りなら──彼女を、己の相手となる天秤に乗せる。そう、こうして笑顔で手を差し出して。
「喜んで、殿下」
そう答えて、クロエはユージンと握手をした。流石に、いきなり色めいた雰囲気は出してこない。多分、口実である勉強会とやらでも、二人きりで真面目に勉強をするだろう。その間も、頭の中では色々と思い巡らせると思うが──それは、クロエとラウラを比較する為だ。
(全員とは言わないが、追われるより追う方が好きって男もいるんだよな……こうして、俺に興味を持ったところを見るとユージンはそのタイプなんだろうな)
とは言え、ユージンは一度、ジャンヌと婚約破棄している。そんなに何度も出来ることではないので、今回は慎重になるだろう。クロエはそう思ったが、ラウラにとっては十分、脅威になったようだ。
「ユージン、様……何故? 伯爵家の養女でこそありますが、ローランさんはへい」
「ラウラ」
「も、申し訳ありません」
動揺のあまり、クロエを『平民』と言おうとしたラウラを止めたのはユージンだった。微笑みでの制止で我に返り、クロエにではなくユージンに対してだった。
そんなラウラにやれやれ、というように笑みを深め、ユージンは幼子を宥めるように言った。
「君『が』言っては駄目だろう?」
「っ!?」
そう、半分ではあるが公爵令嬢であるラウラも、母親は平民である。生まれながらの貴族令嬢ならともかく、ラウラがクロエのことを平民だと貶めるのは、自分で自分の首を絞めることになる。
王族であるユージンとしては、ラウラが平民の血を引くことは理解しているし、だからこそ出た言葉だろうか──自分を公爵令嬢だと思っているラウラからすれば、突き放されたように感じたようだ。青を通り越し、真っ白になった顔色を見る限り間違いない。
(俺からは、勉強会の話を広げないでやろう……これだけで婚約破棄はないだろうが、ラウラは思ったより打たれ弱いみたいだからな)
そうじゃなければこれくらいで、失言しかける下手は打たない。もっとも、煽ってここで自滅させないのは優しさではない。ジャンヌの復讐の為には、もっともっと苦しめなければ。
「ごきげんよう」
場の空気を変えるように、クロエは微笑んでユージンに挨拶すると──レーヴ達と、少し離れていたところで控えていたオーベル達を連れて教室へと向かった。