好悪
倒れた女生徒について、次の話でキャラ設定が変わった為、一部描写や呼び方を変更しました。
前世のクロエは『人殺し』の子供で、しかもその父親に殺されかけた子供だった。更に父親の気分により、食事を抜かれたりもしたので実際の年齢よりも小さかった。
同情されたり、馬鹿にされたり──それらを完全に失くすのは無理だったが、とにかく舐められない為に売られた喧嘩を買った。そして、奨学金の為ではあるが死ぬ気で勉強して、学年での順位は三位以内から落とさなかった。結果として腕っぷしと学力により、クロエは周りの生徒達からは遠巻きにされたが、逆に言えばそれだけだった。
『それはそうだろうね。自分より上の存在を、引きずり下ろそうとする者は一定数いる。しかしそういう輩は、反撃されたら余計惨めになるから、歯噛みしながら近づかない』
リブレ国にいる間、義父であるカルバとは文通をしていた。万が一にでも、誰かに見られないようにと伝書鳩を使ったし、読んだ手紙はお互い燃やしていた。
男であれば、それこそ集団の『頭』を倒せば屈服させられる。しかし、女性相手にはどうすればうまくやれるのか。
カルバの狂信者からの襲撃を受けていた頃、クロエはカルバにそう尋ねた。尋ねる時に、クロエは男相手の荒事は慣れていると伝えるのに、前世の過去の話をしたのだが──そんなクロエに、手紙の中のカルバはそう答えた。そして、更にこう続けた。
『基本は、男も女も同じだよ。殴り合いをしろという訳ではなく、集団の『頭』を見極めて君を認めさせれば良い。もっとも女性は非力だから、腕力だけでは納得しないがね。逆に言えば彼女達は、尊敬出来る相手には大抵のことは許してくれる』
「なるほど」
その手紙を読んで、クロエはそう呟いた。そしてオーベルと共に刺客を葬り去る一方で、勉強や淑女教育に力を入れ、それらを茶会や宴で披露すると確かに貴族夫人や令嬢達からの攻撃は止まった。以来、そうやっていわゆる『令嬢力』をさりげなく披露することで、クロエは女性との無用な衝突を防いでいるのだが。
『……ラウラは、同性にはあまり好かれていないみたいだな』
同じクラスで授業を受けて、一週間ほど経った頃。
教師や生徒用の食堂はあるが、大部分が貴族なので席だけ借りてクロエ達のように弁当やお茶を持ち込む者もいる。リブレ国に米はあるが、あいにく冷めた米は敬遠されているので弁当には入らない。それ故、パンとおかずだが十分、美味しいし万が一でも薬を盛られる心配がない。
そんな中、クロエが口にしたのは前世の日本語だ。周りに聞かれても困らないよう、いつからか周りに人がいる時はこのメンバーで話す時は使うようになっていた。ちなみに、一緒に暮らすようになって間もないカルバも面白がって覚え、今では少しだが理解し話すことも出来る。
『ああ。流石に、王太子の婚約者なんで表立って嫌われてはいませんがね。王太子だけじゃなく、側近達にも婚約者はいますが、皆、あの女に夢中ですから。そりゃあ、面白くありませんよね』
そう返してきたのは、オーベルだ。言われてみれば、男子生徒達とは話しているが女生徒達には挨拶など最低限のやり取りで、自分から話しかけはしない。とは言え、平民の血こそ引くがラウラは公爵令嬢であるので成立してしまっている。
『でも、逆に言えば平民の血を引いてるくせに謙虚さがないって話じゃないですか。まあ、平民には人気ですが……もっとも、かつての婚約者様の件がありますから。下手に立てついて、目をつけられないようにした結果が、今の腫れ物扱いみたいですけどね』
かつての婚約者、とレーヴが申し訳なさそうに言ったのはジャンヌのことだ。当時は親世代のように、思い合う王太子とラウラの障害物と思われていたようだがその後、家を出て盗賊に襲われたことで『何か』を感じる者もいるらしい。
そこまで話したところで、クロエは食堂に入ってきたある女生徒に気づいた。
『……行ってくる。オーベル、付き合え』
『『『えっ?』』』
顔色の悪さが気になったので、クロエが一同に声をかけて席を立つと──友人らしい女生徒達と、今日のランチを取りに行こうとしたが果たせず、そのまま気を失って倒れた相手に駆け寄って抱き留めた。
「ソフィア様っ!?」
「あ、ありがとうございます!」
「いえ……この方は、私の従者が医務室に連れていきますから。あなた達は、昼食を取って下さいね」
「「は、は……っ!?」」
友人らしき女生徒達だけではなく、食堂にいた一同が息を呑む。クロエの言葉に応えて、オーベルが上着を脱いで倒れた女生徒を包み、俗に言う『お姫様抱っこ』をしたからだ。
「ごきげんよう」
「「ご、ごきげんよう」」
微笑んで、従者と共に立ち去ったクロエの背中を倒れた女生徒の友人達がうっとりと見送る。
『……ミューズは『彼女』とは真逆よね。リブレ国でもだけど、男性だけではなく女性にも好かれてる』
『レーヴ様……』
『多少は、意識してやってもいるけど……それでも、優しい人よね』
感心したように言うレーヴをエトワがたしなめるが、それには構わずレーヴはそう話を締め括ったのだった。