合縁
レーヴを屋敷に招いたクロエは、ハウハの商いについて話をした。レーヴの故郷で作られているらしいが今回、ハウハを加工して売ろうと決めた時、親は頼らず自分で農家に声をかけて仕入れ先を手に入れたそうだ。
「そうなの……」
相づちを打ちながら、クロエはふむ、と考えた。
幸い、ハウハの買い取りや加工はカルバから定期的に、そして無駄に多い『おこづかい』で問題なく支援出来る内容だった。そしてクロエは、レーヴに話を聞きながら気になったことを尋ねた。
「それなら、こうしてあなたに話を通せば良いのね? あなたのお父様や、お兄様ではなく」
「は、はい……少なくとも、売り上げが出るまでは」
「そう……あと、リブレ国で売って貰うとして。王太子妃お墨付きなら、エスカーダ国でも売りたい?」
「……いえ、先程のはとにかく目を引きたかっただけですので。リブレ国だけで、十分です」
そこまで話を聞き、笑っているが気まずそうに目線を揺らしたり伏せたりレーヴを見て──クロエはもう一度、ふむ、と考えた。それからチラ、とオーベルを見ると再びレーヴに目をやって言った。
「レーヴは、家族が好きか?」
「えっ……?」
この部屋にはクロエとオーベル、そしてレーヴしかいない。
だから、素の言葉遣いで話すクロエに驚くのはレーヴだけだった。けれど、その内容に少し考えてレーヴはクロエに答えた。
「いえ。好きではありません……育てて貰ったことには、感謝していますが。食べ物を腐らせると解っていても止めず、逆に私を止めようとしたり。商いになるのではと言った私がリブレ国に行くと言ったら、少しは痛い目を見ろと一人で送り出されました。他の家族も同様です。まあ、下手に使用人がいてクロエ様と縁が出来たことを知られたくないですが!」
「そうか」
「ええ。あ、この際、言いますが王太子妃も好きではないですよ? そりゃあ見た目は可愛いですが、仮にも婚約しているのに他の男も拒まず、侍らせて……本当に優しいなら、私が父や周りに責められていたら庇いません? 彼女の優しさは男性、しかも美形や権力者に媚びる為のものですっ」
「……ハハッ!」
開き直り、随分とぶっちゃけた相手にたまらずクロエは笑い声を上げた。女子供だからと押さえつけられて育ったらしいレーヴは、随分と面白いし賢い。黙って利用することも考えたが、腹を割って話した方が良い気がした。
「好きではないんなら……嫌いなら、いっそ家族と縁を切るか? その方が、余計な横槍を入れられずに済みそうだ。あと、実は俺は王太子妃達に復讐したいんだが……協力してくれるか?」
「勿論! 詳しい話を聞かせて下さい! あと、私と家族の絶縁を手伝ってくれるなら……私には、この身一つのみ。何でもしますから、どうか私をあなたの駒にして下さい!」
「……若い娘さんが、そんな軽々しく言うんじゃない。俺の話を、ちゃんと聞いてからにしないと駄目だぞ?」
「何て、お優しい……」
「……チッ。面倒そうなヤツが誑し込まれやがった」
あまりにも無防備な発言に、クロエはついつい年上と言うか親父目線で言ってしまった。
そんなクロエ、ではなく優しい言葉をかけられて目を輝かせるレーヴを見て、オーベルは舌打ちを隠さず言うのだった。
※
その後、ジャンヌについてと前世について話しても、レーヴの態度は変わらなかった。
そんなレーヴに、親や兄達家族と円満に縁を切る為にと、クロエが提案したのは『リブレ国の商人の養女になる』ことだった。平民だが、下手な下級貴族より裕福だ。もっともその商人はカルバよりも年上で、レーヴと並ぶと祖父にしか見えないだろう。
「マトモな親や家族なら、養女って名目で愛人にするつもりかって止めるだろう。俺としてはエロジジィじゃなく紳士で、単に跡継ぎを探してるだけだから紹介したいんだが……どうする?」
「お受けします」
クロエの言葉にそう答えて、レーヴがにっこりと笑う。
「お気遣い、ありがとうございます。父達より、私の伝手をうまく使ってくれそうですし……逆に、諸手を挙げて賛成すると思いますから! 色々スッキリして、良いと思いますっ」
「ハッ……」
すっかり吹っ切れ、家族を切り捨てているレーヴにクロエも笑った。
そしてレーヴの言った通り、あっさりとレーヴはカルバのお抱え商人であり、クロエも世話になっている『ノアイユ商会』の商会長の養女となり──一年前、楽隠居希望の養父から地位を譲られ、商会長となったのである。ちなみに家を出る時、念の為にと前商会長が義娘の為、多額の手切れ金を渡しているので実家の家族は歯噛みしつつも近づいてはこない。
「やあ、クロエ嬢! ……と、そちらは? 私はユージン・ド・エスカーダだ。この学園の生徒会長を務めている」
職員室に行くと、まだ授業開始まで時間があった為か王太子であるユージンがいた。実際に行ったことはないが、ジャンヌの知識だと授業や始業式の前にホームルームのような時間があるらしい。その時、クロエ達が紹介されるのだが、その前にラウラを連れずに会いにきたらしい。もっとも初対面ではないとは言え、いきなり名前呼びかとは思ったが。
ちなみにユージンが気にかけたのはレーヴであり、クロエ達が引きつれているオーベル達使用人ではない。あと昔、一度ウナム国で会っている筈だが実の家族に抑圧されていた時と、義父に磨かれて本人すら知らなかった魅力を花開かせたレーヴでは、そもそも同一人物だとは思えないかもしれない。
「レーヴ・ノアイユと申します、殿下。ウナム人でございます。リブレ国で学んでおりましたが、クロエ様がエスカーダに来ると聞いて一緒に学びたいと思って留学してまいりました」
「そう……ノアイユ? もしかして、リブレ国のノアイユ商会の者か?」
「はい。商会長だった義父に引き取られました」
「ローラン伯もだが、リブレ国は心優しい者が多いな……ところで何故、我が国に出店しない?」
「申し訳ございません。新規事業が、やっと軌道に乗りまして……そういう意味でも、エスカーダ国にて色々と学ばせていただこうと思っております」
レーヴの過去形での答えには気づかず、自分が聞きたいことを言ってくる。それに、申し訳なさそうに右頬に手を添えると、レーヴはしれっと言った。
(嘘ではないな。昔、思った通り『ハウハのシロップ漬け』だけじゃなく、ウナム風の衣装はリブレ国で令嬢や貴族夫人達のティーガウンとして好評だ)
とは言え、平民のせいか内情に興味がなさそうだが──いや、しかし出店を希望しているのなら、商会長が代替わりしたことくらい知っておけとは思う。
「そうか! レーヴ嬢、私は先に教室に行くが色よい返事を期待している! クロエ嬢も、またな!」
もっとも、ユージンは自分の都合の良いように勘違いし声が弾んだので、クロエもレーヴ同様に教えないことにした。そして、勝手にノアイユ商会の扱う品々が手に入ると思ったのか、意気揚々と戻るユージンにクロエ達は教師達に気づかれないようにしつつも、白い目を向けるのだった。