9話
魔物の数が、多い。
王都への道すがら、魔物討伐隊から同行している面々も狩りをしているのだけれど、明らかに魔物の数が例年より増えているとの話だった。
どうやらロゲンブロートが滅んでからというもの、シャッセからの瘴気溜まりが加速度的に増加していて、リヒトにまで波及しているみたい。
私は相変わらずひたすら玉ねぎを刻んでいた。
魔物討伐隊の皆が怪我してもすぐに涙を補給できるように、積極的に聖女の仕事を果たしている。囚われていた頃には考えられないことだ。こんなに簡単な方法があるなら、シャッセでもそうしてくれればよかったのにな、と思う。
でもフォークナスの玉ねぎは基本的に聖女のためのもので、輸出はしていないらしいから仕方ないんだろうか。そもそも刻むだけで涙が止まらなくなる玉ねぎって、いくら目が痛くならなくてもちょっと大変だもんね。
「フィオラさーん! 玉ねぎ、できました?」
今日の炊事当番であるレオくんが、そう言って近寄ってくる。
「うん、三玉できたよ。今日の夕ご飯は何かな」
「今日はですね、玉ねぎときのこたっぷりのミルクスープっすよミルクスープ。近くの牧場から搾りたてのミルクをいただいたんです!」
「わあ、美味しそう。長旅じゃあミルクはなかなか飲めないもんね」
「ほんとっすよ。俺は酒飲めないんで、ジュースとかミルクとか甘い飲みもんの方が嬉しいっす」
「あはは、レオくんだったらそうだろうね」
「おい、レオ、喋っていないで働きなさい」
レオくんと笑いながら話していると、ちょっと不機嫌そうなユリアンさんがレオくんを叱った。
「はーい。ユリアン隊長もちょっとは喜べばいいのに、美味しいチーズももらったんすよ!」
「わかったわかった。さあ夕飯をさっさと作れ」
「はいはい」
「はいは一回!」
そんな風にやりとりして、みじん切り玉ねぎを回収したレオくんが鍋と火の元へ去っていく。
「まったく。失礼しましたフィオラ様。あいつは根性はあるんですが礼儀知らずで」
「あはは、気にしないでくださいユリアンさん。私も聖女とは言っても元々ただの町娘です。平民出身のレオくんとは話してても何だか気が合って」
「そう……ですか……」
あれ? 何だかユリアンさんの元気がない? どうしたんだろう。お腹が空いたのかな。
私が怪訝な顔をしていると、気を取りなおすようにユリアンさんが「さて」と声をあげた。
「それじゃあ、俺は見回りをしてきます。フィオラ様は夕飯ができるまでごゆっくりなさってください」
「はい。お気をつけていってらっしゃい」
にこ、と微笑んで手を振ると、ユリアンさんは赤くなって髪をがしがしと掻いた。
どうしたんだろう、風邪気味なのかな。見回りで怪我なんかされないといいのだけど。
そうして、夜。
野営地の鍋からは芳しい香りが立ち上っていた。
あったかいお椀を両手でもって、ふーっと息をはく。近頃は夜の冷え込みもだんだん厳しくなってきたから、こういう体のあったまるスープはありがたい。
レオくんは料理上手みたいで、ミルクスープはとってもまろやかでおいしかった。玉ねぎの甘みが溶け込んでいて、そこに刻んで入れられた鹿肉は柔らかい。クセがなくてちょっと淡白な鹿肉と、ミルクスープの濃厚な味わいが絶妙に合っている。
「美味しいですか?」
微笑ましそうにユリアンさんが聞いてきた。
「はい。とっても! 私、こちらにきてから毎日美味しいものを食べられて幸せです!」
「それはよかった。体があったまれば睡眠の質も上がるでしょう? たくさん食べてくださいね」
私がシャッセに囚われていた過去の夢を見て、夜中に悲鳴を上げて飛び起きて、ユリアンさんに迷惑をかけてしまうことが時々あった。その度にユリアンさんは一緒に起きて、温かい白湯を作ってくれたり、背中を撫でてくれたりするのだ。
いつも迷惑をかけて本当に申し訳ないと思うけれど、助かっている。
今日は、夜中に起きないでいられるといいな。
本当は、ユリアンさんと一緒に夜中、白湯を飲んだり、ゆっくりして過ごす時間が嫌いではないのだけれど。それじゃあユリアンさんも休めないものね。
優しさに甘えてばっかりじゃ、いけない。
私も聖女としてたくさんお役に立たないと。




