8話
難民村は、思ったよりは清潔で整った環境だった。
もちろんまともな住居はなく、立板を組み合わせたようなものが大半だけれど、それなりの衛生状態と食生活は保たれているらしく、ある程度活気はある。
リヒトは魔物被害で農村部の人手が足りなくなっているらしく、そこで大半の人は受け入れられていて、この難民村に集まっているのは農村部でも働けないような高齢の人や怪我人などであるとのことだった。
私は聖女とバレないようにヴェールをかぶって難民村の人たちに声をかけた。
「こんにちは、お尋ねしたいことがあるのですが、今いいですか?」
「んー? 何だいお嬢ちゃん、こんな難民村に」
「シャッセのロゲンブロートという街からの難民の方ですよね。そこにあったアキレギアというパン屋を営んでいた人たちについて、心当たりがあったら教えていただきたいんです」
「ふむ、私はロゲンブロートでも南の方に住んでいたが、アキレギアってーと聖女を輩出した家のことかい。北東のパン屋のことならこっちには来ていないだろうね。ここにいるのは大体南側のリヒトに接しているところから逃げてきた人たちだからね」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
「いやいや、気にしなさんな。全く、聖女がろくに働かないせいで酷い目にあったよ。アキレギアってーのも娘をちゃんと躾けといてくんなきゃねぇ」
「家族だって多額の報奨金をもらっているくせに、聖女様ったらろくに働きもしないんだから」
「ほんとほんと」
ひゅ、と息が詰まる。後ろで聞いていたユリアンさんが、もう行こうとでもいうように背中に手を添えてくれた。
言葉に詰まりながらも、話してくれた老人に会釈をして立ち去る。
あの人は、何も知らないのだ。だから、ロゲンブロートの街が滅んだのは働かない聖女のせいだと思っても仕方がない。でも、滅んだ故郷の人たちから恨まれているのは、心底身に堪えた。
「大丈夫ですか? フィオラ様。……って、大丈夫か、なんて聞いても、大丈夫としか答えようがないですよね。ちょっと休みましょう。うん、俺はあなたが休んだほうがいいような気がする」
そう言って、ユリアンさんは少し強引に、でも優しく、私を難民村から連れ出してくれた。
「わ、私は、ロゲンブロートが滅んで悲しかった。私にはどうすることもできなかったし、私のせいじゃないとは思うんです。でも、故郷の人たちに恨まれているのが辛くて」
「そりゃ、フィオラ様のせいじゃないですよ! 聖女様を散々痛めつけた挙句、若返りのために涙を使うなんて、どう考えたってシャッセの王侯貴族と神殿の連中が悪い。でも、そうですね、そいつらの所業を全て詳らかに告発しなければ、フィオラ様は安心してシャッセに帰ることすら出来ませんよね」
やりましょう、告発。それで革命しちゃいましょう。とユリアンさんがガッツポーズで励ましてくれる。
でも、そうやってユリアンさんが優しく語りかけてくれているのに、『シャッセに帰る』ことを考えると胸が痛んだ。
もう故郷は存在しない。シャッセは私を痛めつけた国でもある。何より、シャッセにはユリアンさんがいない。
そこまで考えて、私は慌てた。
何を考えているんだろう。
シャッセにユリアンさんが居るか居ないか、なんて、関係ないはずなのに。
そうやって私が一人あわあわしていると、何か勘違いしたのか、ユリアンさんがよし、と息巻いた。
「革命のことが不安になるのもそれはそれで当然です! でも、俺はフィオラ様には今まで辛い思いをしてきた分だけ笑って欲しいです。そうだ、この辺りにいい場所があるんです、ちょっとお時間いただけませんか?」
そう言ってユリアンさんは私を連れ出した。
街道を少し逸れた山道の中に入っていく。足を滑らせないように、と手を伸ばされて、二人で手を繋いで登った。その手が想像以上に大きくて、何だか照れ臭かった。
山道をしばらく登っていくと、そこは高台で、下を望むと色とりどりの紅葉が絨毯のように広がっているのが見えた。
季節は、秋。空は高く、仄かに暖かい日差しが、夢の中にいるみたいな景色によく映える。
「綺麗、夢の中にいるみたい。ここでお昼寝したら、気持ちいいでしょうね」
「していっちゃいますか? お昼寝」
そう言ってユリアンさんは悪戯っぽく笑った。
ごろん、と草の上に寝っ転がる。ぽかぽか、ちょうどいい陽気がお布団がわりに降り注いでいた。
いやなこととか、不安なこととか、今は忘れてしまおう。
今でも時々見る、囚われていた時の夢も。ここでユリアンさんと一緒にお昼寝したら見ないで済むような気がした。




