6話
王都に旅立つ準備をしている最中のこと。
突然、この砦に美しい貴婦人が現れた。
「あ、姉上!? なぜここに!」
燃えるような赤い髪をした、美しいその女性は、ユリアンさんのお姉さんらしい。
「ユリアン……」
その女性はユリアンさんにツカツカと歩み寄ると、突然ばちん! とユリアンさんの頬を平手打ちにした。
「手紙で事情は伺いました。このリヒトに、聖女は二人もいらなくってよ!」
ユリアンさんのお姉さんは、そう叫ぶ。
聖女であるというお姉さんにとって、私は目障りな存在だったのだろうか。
私……、歓迎されていないのかな。どうしよう。これで二人の姉弟仲に亀裂が入ってしまったら。
私があわあわと狼狽えていると、お姉さんは叫ぶように続けた。
「聖女はわたくし一人いれば十分です! 新しく保護した女の子を聖女として働かせるなど、何を考えているの!」
「あ、姉上!? そ、それは姉上がご懐妊中だから、聖女が増えれば姉上の負担も減るかと思い……。魔物も増えておりますし」
「ふざけるなああ!」
ばちーん。また、ユリアンさんの頬に強烈な一発が決まった。
「シャッセで酷い目に遭ったという女の子を、この国でまで聖女として働かせるなど、あなたは何を考えているの! お姉ちゃんはそんなクズ男にあなたを育てた覚えはありません!」
ユリアンさんがハッとした顔で私の方を振り向く。
「確かに……そうだ。俺はなんということを……」
ユリアンさんが真っ青になって私を見つめる。
「そんな、気にしないでください。私は皆さんに喜んでもらえて嬉しかったです。それに、玉ねぎ料理もすごく美味しいし」
「本当に? 涙を採取されるというだけで、辛い記憶が蘇ってしまったりはしない? 身体の傷がすぐに治る聖女といえども、心の傷はすぐに治らないわ。この国にはベテラン聖女であるわたくしがいるから、遠慮などしなくても大丈夫なのよ」
心配そうにお姉さんが私の手を取り、語りかけてくれる。
「大丈夫です、あの、ユリアンさんのお姉さん。私、ここで保護してもらえて、幸せです」
「そう? それなら本当に良かったわ。事情はユリアンからの手紙で聞いているの。もし辛くなったらいつでも休んでいいから、遠慮なく言ってちょうだいね」
ユリアンさんのお姉さん——カルラさんというらしい——、は私にそう言い残すと、涙の溜め込まれた瓶をどっさりと砦に置いて、嵐のように去っていった。
「優しくて素敵なお姉さんですね」
「ああ。ですが、本当に姉の言う通りです。聖女として働いてもらうことを当たり前とせずちゃんと意思確認をするべきでした。貴女は他に行き場所もない立場だったのですから、遠慮もあったでしょうに、すみませんでした」
「そんな、とんでもありません。私としては聖女として拷問などにかけられることなく、ただ玉ねぎを刻んで美味しい料理を食べれるだけで、これ以上ないくらい助かっています」
そう言うとユリアンさんはなぜか痛みを堪えるような顔をして、そっと私の頭を撫でてくれた。
なんだか、心の奥がくすぐったくて、あったかくて、でも少し切なく締め付けられるような、不思議な気持ちになる。
その日の夜、私はカルラさんが用意してくれていた女性用の着替えや下着などを荷造りしながら、ぼんやりとユリアンさんのことを考えていた。
このまま一緒に王都に行って、シャッセの第三王子に革命の旗印になってもらって、もしかしたら戦争にもなって。
それで全てが解決したら、私はシャッセの聖女に戻るんだろうか。そしたらもう、ユリアンさんにはそうそう会えないのかな。
そう考えると、希望に輝いていた未来がなんだか少し憂鬱に変わった気がした。
聖女裏メモ:聖女は結婚することも子を産むことも出来ますが、意に沿わない相手と番わせると国が滅びます。
亡国ナールは嫌がる聖女を無理やり王子と結婚させて、それで滅びました。