5話
砦での生活は、早朝、鶏の鳴き声と共に始まる。朝の訓練に走り込みをしている兵士さん達の声を聞きながら、私は井戸水で顔を洗って、厨房に向かった。
料理当番の兵士さん達が朝食を用意している傍ら、出来るだけたくさんの玉ねぎをみじん切りにする。その横には『聖女当番』の兵士さんが瓶を片手にぽろぽろと零れ落ちる涙を採取してくれていた。
今日の玉ねぎ料理は、トマトと玉ねぎと、猪肉ベーコンのスープらしい。
魔の大森林では魔物討伐の際、普通の猪や熊、兎や鹿なんかにも遭遇するのでついでに狩りを行っている。そのお肉を燻製にして保存しているのだ。
私はこの猪肉ベーコンが大好きになった。塩漬けされて燻煙をかけただけの野趣に富んだものだけれど、噛めば噛むほどじんわりと旨みが染み出て、これがまた甘味の強いフォークナスの玉ねぎと相性抜群なのだ。
調理が終わったら食堂で一斉に食事だ。
「神のお恵みに感謝して、本日も国境を守ることを誓います!」
「誓います!」
100人近い討伐隊の面々が、一斉に食前の祈りを捧げる姿は壮観だった。
朝食を終えたら、魔の大森林へ魔物討伐に向かう部隊と、砦内の清掃や雑事を片付ける当番の人たち、それに書類業務などの執務を行う役職付きの人たちに分かれる。
私があの魔の大森林に飛ばされた日は、偶然ユリアンさんが魔物増加調査のために討伐の部隊に同行していたらしくて、幸運だった。
最近は机上の書類仕事ばっかりで体が鈍ってしょうがないとユリアンさんはぼやいている。
今日は今後の事の相談のために、ユリアンさんの執務室を訪ねることになっている。
副隊長のアルムさんが、ユリアンさんの執務室まで案内してくれた。
「失礼します。ユリアン隊長、フィオラ様をお連れしました」
「ああ、フィオラ様、どうぞこちらへおかけください」
「あ、ありがとうございます」
ユリアンさんにはもうちょっと気安く接してほしいとお願いしているのだけれど、どうにも隣国の聖女というのは尊ぶべきものという認識らしくて、ご令嬢のような扱いは続いている。
「それで、今後の話ですが」
「はい、私としてはシャッセの聖女や聖女の涙に対する扱いは正したいと思っています。故郷の街が滅んだ原因ですから」
「我々も協力したいと考えています。しかしその場合、フィオラ様の故国であるシャッセと、このリヒトが戦争になる可能性は十分あり得ますが、それも含めてのお考えですか?」
「覚悟の上です。このまま放置して魔物の大暴走が起これば、大勢の人が犠牲になってしまいますから」
「まさに聖女様ですね、貴女が神のご加護を得られた理由がわかるようです」
涙に関する不正利用に関わった王侯貴族やシャッセの上層部を軒並み捕らえるとなると、リヒトがシャッセを下し、シャッセをリヒトの属国とするのが最も近道ではある。
だけれど、それでシャッセの民衆が納得するかはまた別だ。だから、元々シャッセの聖女である私が矢面に立って革命の旗印にならなければならないだろう、とユリアンさんは言う。
「幸いにと言うべきか、我が国にはシャッセの第三王子が遊学に来ています。彼は身分の低い側室の子ですが、王位継承権も持っている。もし彼の人柄がまともであれば、旗印になっていただくこともできるかもしれません」
もしそうなれば、リヒトはシャッセの聖女と王子を擁立しての戦となる。そうすれば民衆の支持も得やすく、流す血は少なくて済むかもしれない。
「まずは王都へ向かい、国王に事態を報告した上で第三王子との交渉を行うべきでしょう。私の実家である辺境伯家へは、すでに報告の手紙を出しております。馬車を用立てて、共と護衛の人員を確保できればすぐにでも旅の開始ができます。フィオラ様、忙しなくて申し訳ありませんが、行けそうですか?」
「構いません。魔物が増加傾向という事であれば、あまり悠長にしている時間もないのでしょう?」
もし、魔物に滅ぼされた故郷から、私の家族が難民として逃げ延びているのであれば、出来るだけ早く事態を収束させて魔物被害からシャッセとリヒトを救いたい。
このリヒトにもシャッセからの難民が流れ着いているという話だったのだ。
その中に、私の家族はいるだろうか。