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4話

 砦では多くの兵たちが立ち働いていた。砦の石塀の中には畑も井戸もあり、数十名程度の避難民ぐらいなら養えそうな規模だ。

 移動中にユリアンさんから聞いた話では、魔の大森林から魔物の大暴走が発生することは数十年に一回程度あることらしく、砦内は、大暴走時の対策のため常に一定数の兵が詰めているという。

 特にここ数年は魔物の数が増えているため、国境魔物討伐隊の人員も増強傾向なのだという。その大規模な隊を率いているユリアンさんって、もしかして結構偉い人なのかな。

 今まで気軽に接してしまっていたけれど、そういえば辺境伯家の次男とか、お貴族様だって自己紹介していた気がする。


 「どうかされましたか? フィオラ様。うちの奴らは粗野ですが、粗相はさせませんのでそんなに怖がらなくても大丈夫ですよ」

 

 私が今更そんなことに気づいて青くなっていると、勘違いしたユリアンさんが、そう言って気遣ってくれた。


 「いえ、今更ながらにユリアンさんは結構偉い人だったんだなって思って。すみません、貴族の方なのに気安く接してしまって。私はただのパン屋の娘だったので、礼儀作法とか詳しくないんです」


 丁寧な言葉遣いだって、お客さんに接する時用のものしか使えない。


 「そんな、お気になさらずともいいんですよ。聖女様はこの国では王よりも尊ばれる存在です。そもそも瘴気を浄化できる特別な存在である聖女様を無碍に扱うシャッセの方が正気の沙汰とは思えない、瘴気だけにね」


 そう言ってユリアンさんはおどけてウィンクした。思わず私が笑ってしまうと、ユリアンさんもほっとしたように微笑んでくれる。

 ずっと何かにつけて怯えがちでビクビクしている私にも、イラつかずにこうやって気を紛らわせてくれるユリアンさんに、私は心を許しつつあった。

 それでもやっぱり、またシャッセの頃のような扱いを受けるんじゃないかという不安は、ゼロにはならない。

 骨の髄まで染みついた恐怖の記憶に、逃れてから十日以上も経っているのに、足を引っ張られてしまう。

 そんな自分が情けなくて、嫌で、私は気合を入れるように拳を握った。まずは砦の皆さんに、ビクビクせずに聖女として挨拶する。それを目標にしてみよう。


 「ユリアン隊ちょー! その女性は、どこのどなたですか! もしかして隊長のコレですか?」


 兵士が駆け寄ってきて、ちょっとお下品なハンドサインをする。


 「こら! 馬鹿レオ! 聖女様に失礼なことするんじゃない!」

 「せ、聖女!? この女性、聖女様なんですか!? それは失礼しましたァ!」

 「聖女様じゃなくても、女性に対しては礼儀正しくしろよ、レオ」


 ユリアンさんは私のことをまるで貴族のご令嬢みたいに丁寧に扱ってくれるけど、そもそも下町娘である私は酔っ払いにだって慣れている。多少のお下品さには耐性があった。


 「それにしても、カルラ様以外の聖女様がなぜここに? 聖女様って大抵一国に一人しか現れませんよね?」

 「ああ、シャッセ国から亡命していらしたんだ。亡国ナールと同じことをやらかしてな」


 亡国ナールとは、聖女を無碍に扱ったがために神罰を下されて滅んだとされる国である。実際には神罰ではなく、瘴気の浄化を怠ったための魔物の増殖によって滅んだのだ、と現代では言われているが。

 それでシャッセは恐れ知らずにも、最低限の瘴気の浄化さえ行えば聖女をどんな風に扱っても神罰などあるまい、と考えたのだろうというのがユリアンさんの考察だった。


 「馬鹿だなー、聖女様から無理やり涙を採取しようとしたってことっすか? 涙なんて玉ねぎみじん切りにして貰えばいいだけなのに。そんで美味しい玉ねぎ料理を献上すればお互いに幸せじゃないっすか」


 レオ、と呼ばれた青年は、とても軽いノリでそう言った。

 確かに今となっては私もそう思う。フォークナス名産だという玉ねぎはどれだけみじん切りにしても目に痛みは全くなく、ただ涙だけがぽろぽろと溢れる素晴らしい玉ねぎだった。しかも、美味しい。

 魔の大森林を抜けるまでの間、怪我人だってそれなりにたくさん出たし、瘴気溜まりに遭遇することもあったけれど、それも玉ねぎで大量に溢れた涙があればあっという間に解決したのだ。

 玉ねぎってすごい、私はずっと感心しきりだった。

 

 「レオ、聖女様は今まで辛い思いをされてきたんだ。軽口を叩くんじゃない」

 「そーなんすか? だったら聖女様にも美味しい玉ねぎ料理いっぱい食べてもらって、幸せになってもらわないとっすね!」


 にかっ、とレオさんは笑った。ユリアンさんも、副隊長のアルムさんも、レオさんも、隊の皆さんは優しい人ばっかりだ。


 ここでなら、やっていけるのかな。

 塔から逃げ出してから怒涛の毎日で、あんまり身の振り方も考える余裕がなかったけれど、私はここで生活していくことを前向きに考えられるようになっていた。

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