30話
あれから一ヶ月。
ユリアンさんは国を救った英雄となっていた。
あの森辺での戦いで獅子奮迅の働きをしたユリアンさんは、シャッセの兵士達に多数の信奉者を生み出した。
その噂は酒場を経由して王都中へと広がっている。
そして、そんなユリアンさんは大層おモテになっていた。
「おい、聖女よ。こんな所で管を巻いているくらいだったらさっさと結婚してしまえ。我が国としても英雄は囲い込みたいところだしな」
ギルベルト様は鬱陶しそうにそう言った。忙しなく書類に目を通しながらも、私の話を聞いてくれる。正直この王城で、ユリアンさん以外に一番気安く話せるのが国王であるギルベルト様だ。
なにせ聖女ともなると変に畏まられてしまうし、それなのに平民出身だから貴族の人々も私を扱いあぐねているみたい。
「だってぇ、ギルベルト様。ユリアンさんは戦いの後始末で忙しそうですし。それにそれに! 私より美人な女性達が言い寄っていて不安になるんです」
「あれはお前以外欠片も興味ないだろうが」
「そんなこと言ったって不安になるんですよぅ。そうだ、ギルベルト様こそどうなんですか! お嫁さん探しは。アデリーナ様とはどうなってるんですか?」
「ああ、まあアレは派閥的にも申し分ないし、外戚にも面倒な連中はいない。お前の言うとおり丁度いいかもな」
「もう! そう言う話じゃなくって」
ギルベルト様は相変わらずの合理主義で、恋愛の機微みたいなものはあまり分からなさそうだった。
「ならどういう話だ?」
「なんかこう、特別な気持ちとかはないんですか?」
「特別な気持ちなあ……。アレをこの王宮という魔窟に引き込むのには多少の覚悟が必要な程度には、大切に想ってはいるぞ」
「た、大切に想っているとはどう言うことですかギルベルト陛下!」
がばり、と扉が開いてユリアンさんが飛び込んできた。丁度微妙なタイミングで話を聞いていたらしい。
「ユリアンさん、違いますよ。アデリーナさんの話です」
「あ、ああ。フィオラ様のことじゃないんですね。よかった……」
ユリアンさんは珍しく大慌ての様子になっていて、それだけ私のことを特別に想ってくれているのかと思うと、ちょっと照れる。
「おい、そこ。イチャつくなら自室でやれ」
「い、イチャつくって……!」
「全く、人の部屋でデレデレしおって……」
ギルベルト様はフッとコチラをみて笑うと、一枚の紙を投げてよこした。
「あっ、それは!」
「なんですかこれ?」
紙に書かれた文字を一つずつ辿っていく。私は読み書きは教育されているけれど、そんなに早くはない。
横でユリアンさんがなんだかあわあわしている。
「これ……!」
そこに書かれていたのは、婚姻許可願い。他国の貴族とシャッセの要人が婚姻する際に、国王の許可を願うものだった。
「はあ、バレてしまっては仕方ありませんね。……フィオラ様、生涯俺と共にあってはいただけませんか? 俺はあなたのその高潔な魂を、お側でずっとずっと、お守りしたいのです」
「ユリアンさん……」
嬉しい。嬉しい。こんなに幸せでいいのだろうかと思うくらいの胸いっぱいな気持ちが溢れかえってくる。
ほろり、と私の瞳から涙がこぼれ落ちた。
かつてシャッセで流していた、苦痛や嘆きの涙ではない。
リヒトで流していた、玉ねぎを刻んでの涙でもない。
ただ純粋な喜びと幸福で、溢れて零れていく、そんな涙だった。
「はい。私もずっと、あなたのお側にいたいです」
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。読んでくださった皆様のおかげで無事完結することができました。
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また他にも連載など色々書いているので、ぜひお読みいただけたら幸いです。




