3話
道中、今いる場所や国境のこと、リヒト国のことなどをユリアンさんが教えてくれる。
元々ただのパン屋の娘に過ぎず、聖女になってからはずっと尖塔に囚われていた私には新鮮な話だった。
リヒト国とシャッセ国が接するこの魔の大森林に、国境はないらしい。お互いに魔物を間引くなどの管理が大変で、領土を押し付けあった結果だという。
けれども最近、魔の大森林に魔物がどんどん増えているという。おそらくそれは、シャッセ国が聖女の涙を若返りのために使用し、瘴気の浄化を怠っているからなのではないかとの話だった。
私の故郷であるロゲンブロートの街のこともユリアンさんに確認したけれど、魔物の大暴走に巻き込まれて滅んだという噂しか聞いたことがないとのこと。
もう二度と会えないのだろうか。家族を守るために今まで耐えてきたのに。
「もしかしたら生きているかもしれない。シャッセの上層部による不正を告発し、フィオラ様が安全に国に帰れるようになれば、探してみましょう」
その言葉に私は希望を持った。
恐怖に痛みに疲弊しきって、もう生きている気力もなかったけれど、もしかしたらまた家族に会えるかもしれない。故郷の友人たちだって生きているかもしれない。
それなら、私も生きて、彼らを探してみよう。
森の中は複雑に入り組んだ根が地面を張っていて、足は血豆だらけだし何度も何度も転んだけれど、それでも私は気丈に立ち上がって歩けるようになった。
それに、少しだけ気持ちが穏やかになる要因がもう一つ……。
「ここから先は魔物が多く、瘴気も濃い。申し訳ないのですが、また玉ねぎをみじん切りにしていただけますか?」
リヒト国の聖女の仕事は、主に玉ねぎをみじん切りにすること、らしい。
なんて平和なんだろうか。
それに、聖女がみじん切りにした玉ねぎはきちんと調理して、その料理を聖女に捧げる習慣まであるらしい。
姉が聖女であるユリアンさんは、玉ねぎ料理の名人だった。
今日はみじん切りにした玉ねぎでソースを作った、猪肉のステーキだ。猪は副隊長であるアルムさんが狩ったものだという。お肉は玉ねぎに漬け込んだおかげかとても柔らかくて、野営料理とは思えないほどおいしかった。
私が料理に舌鼓を打っていると、ユリアンさんたちも嬉しそうに笑ってくれる。
もしかしたらリヒト国は本当に聖女を大事にしている国なのかもしれない。
信じて裏切られたら、もう立ち直れる気がしないけれど……。
そうやって何日間も森の中を移動して、隊の皆さんが沢山の魔物を狩っているのを見て、感謝されながら玉ねぎを刻んで過ごした。
その間も無理に涙を求められることはなく、こちらから積極的に涙の補給に努めていると恐縮されるくらいだ。
信じてみても、いいのかな。
そんな日々を繰り返して、十日目の朝。ようやく魔の大森林を抜けたのだった。
魔の大森林の外には、広大な農村地帯が広がっていた。
村に預けていた馬を駆って、大森林に臨む砦まで移動するらしいけれど、今回は足手纏いの私がいる。
ユリアンさんは「申し訳ありませんが……」と眉を下げて、私を抱き上げて馬に乗せた。
「馬には乗れないとのことなので、二人乗りになってしまいます。臭かったら申し訳ありません」
水浴びはしているけれど、森の中ではずっと湯浴みはできていない。その条件は私も一緒だ。私の方こそ臭かったらどうしよう、と慌てた。鼻がバカになっているのか、なんの臭いも感じなくて、余計に不安になる。
服だって、着替えはないから洗えていないのだ。
砦に入ったら、出来るだけ早く体を清潔にさせてもらおう。私はそう心に決めた。
「うおおお! 緊急事態! 緊急事態! ユリアン隊長が女連れだ! 女連れで帰ってきたぞおおお!」
砦付近にまで近づくと、砦の見張り塔の人が大声をあげた。
その内容に、なんだかとっても気まずくなる。
ユリアンさんは険しい顔で、「あいつ、一人で砦中掃除の刑だな」と呟いていた。