27話
ユリアンさんとデートすることになった。
デデ、デ、デ、デートだ!
先日アデリーナ様相手に「微笑ましー」とか言ってる場合じゃなかった!
どうしよう! デート、どんな服を着ていったらいいんだろう?
堅苦しすぎなくて、華美すぎなくて、でも辺境伯子息と隣に並んでも見劣りしない程度にはきちんとした格好じゃないと。それにそれに、……やっぱり可愛いと思ってもらいたい!
私は王宮で与えられた衣装室をひっくり返して大騒ぎしていた。アマーリエさんが、「こちらがお似合いなのでは」と選んだ衣装を差し出してくれる。
それはクリーム色に深い赤茶色のリボンで飾られた、少し甘めだけれど軽やかなデザインで、街歩きにはちょうど良さそうな服だ。それに、ユリアンさんの髪と瞳の色とも合致している。
「ちょ、ちょっとあからさますぎないかしら?」
でも、やっぱり照れはある。いくら思いが通じ合ったとはいえ、こんな服を着ていったら重いと思われないだろうか。
「問題ありませんよフィオラ様。きっとユリアン様はお喜びになるはずです」
アマーリエさんが淡々と、しかし確信をもって断言してきた。
本当に? 本当に大丈夫?
と思いつつも、自分の感性も信用できないので、客観的な意見に従うことにする。
支度を整えて、さあバッチリ出かける準備ができたぞ、というところで緊張が込み上げてきた。今のユリアンさんは私の護衛のような立場についているので、ほぼ毎日顔を合わせているのだけれど、改めてデデ、デ、デートとなると緊張してしまう。
「アマーリエさん! デ、デートって何を話せばいいんですか!? 今日はいい天気ですねとか? ああっ、今日曇りだどうしよう!」
「落ち着いてくださいませフィオラ様、いつも通りでよろしいんですよ」
「いつも通り、いつも通り……、平常心、平常心」
下手をするとリヒトで国王陛下に謁見した時よりも緊張しているかもしれない。
コンコン。
ユリアンさんだ。
「ああぁ、わあ!」
緊張のあまり変な奇声を発してしまう。すると扉がガバッと開かれた。
「フィオラ様、悲鳴が聞こえましたが何かありましたかっ!?」
ユリアンさんが大慌てで室内に入ってきた。
「大丈夫ですよユリアン様。初めてのデートで緊張しすぎたフィオラ様がオロオロしているだけです」
「あ……、そ、そうですか……」
初めてのデートで緊張している、とアマーリエさんに説明されたユリアンさんが、改めて言われると気恥ずかしくなったのか赤くなってもじもじしている。
それに対して私も恥ずかしくなってしまい、もじもじしている。
二人で向き合いながらもじもじしていると、アマーリエさんが呆れたようにせっついてきた。
「ほら、時間は有限ですよ。ユリアン様はエスコートなさって、フィオラさんはユリアン様の肘に手を添えて!」
「は、はいいぃ!」
あえて甘酸っぱぁい空気を吹っ飛ばすように、礼儀作法の教官モードで指示してくるアマーリエさんに感謝する。
でも、ユリアンさんの肘に手をかけると、改めて気恥ずかしさが蘇ってきた。
「ユリアン様、フィオラ様の服装を見て何かいうことはありませんか?」
アマーリエさんが、言葉に詰まっているユリアンさんをアシストしている。
「あ、その……すごくかわ、かわ、かわ」
「ユリアン様、川が氾濫していらっしゃいますよ、そうじゃなくて?」
「か、かわいいです!」
ユリアンさんはアマーリエさんの方を向いてそういった。
「ゆ、ユリアンさんも私服姿すごくかっこいいです!」
私もアマーリエさんの方を見たままそう言った。
今日のユリアンさんはグレーのジャケットに黒の羊毛セーターを内側に着ていて、普段よりもラフな雰囲気がとてもかっこよく見える。
が、恥ずかしくて全然そちらの方を見ることができない!
「はぁ……お二人とも……。まあいいでしょう。それでは行ってらっしゃいませ」
「えっ、ついてきてくれないんですか?」
流石に立場上護衛が必要なので、複数人の護衛のかたがついてきてくれることになっている。初めてのデートが二人っきりじゃないのは少し残念ではあったけど、今の緊張ぶりから考えたらむしろ助かると思っていたのに!
「もちろん護衛はさせていただきますよ、遠くから。お側にはユリアン様がいらっしゃるから大丈夫でしょう。では、お二人きりでどうぞごゆっくり」
そう言ってアマーリエさんは扉に手をかけ、さあどうぞ、という仕草をする。
わ、わざわざ二人きりなんて言わなくたって!
アマーリエさんの言葉でまた緊張がぶり返した私たちは、ギクシャクとしながら王宮を発ったのだった。
今日の予定は観劇だ。
王都で今一番流行っている大人気作の席をアマーリエさんが予約しておいてくれて、チケットをプレゼントしてくれたのである。
どんな劇なのかは観るまでのお楽しみと言われた。
……って、これ、私とユリアン様との物語じゃない!
あの絵巻ものを元にした、悲劇の聖女とそれを救った騎士の物語だ。その続きとして革命が成った後に私が誘拐されて救われるところまで描いている。私が自力で脱出した話は省略されていて、ユリアンさんが救出に来てドラマチックな話に書き換えられていた。
そうして最後はシャッセに渡ったユリアンさんと私が幸せに暮らしました……という。
なにこれ? なにこれ?
そもそも誘拐事件の話とか誰が漏らしたの!?
と思ったら、アマーリエさん曰く、これ、ギルベルト様の指示で作られて上演されているらしい。
隣国籍であるユリアンさんが、自国の聖女を掻っ攫っていくことに対する民衆の反発を抑えるためだって。
……そんなところまで手を回してくれていたのか。あれだけ政略結婚政略結婚言っていたのに、優しいところもある。
でも、初デートでこれを見せられた私たちはどう反応すればいいの!? もう、恥ずかしくて顔から火が出そう。
羞恥でヘロヘロになりながらも、無事に初デートを終えた私たちは王宮へ帰宅した。
けれど……。
王宮の中は、少し不穏な空気でざわついていた。
「魔物の大暴走が……」
そんな声が、聞こえてきた。




