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聖女の涙は至高の秘薬  作者: 野生のイエネコ


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25/30

25話

 両親は王都で新しくパン屋を営み始めた。滅びたロゲンブロートの街も徐々に復興が進んでいるのだけれど、私のそばにいられるようにと王都にアキレギアのパン屋を移転して商売を始めることにしてくれたのだ。


 時々王城にも遊びに来てくれる。


 「なーなー姉ちゃん。ユリアンさんとはどうなってるんだよ」

 「そうよぉ、何か進展はないの?」

 「ユリアンさんは今リヒトに戻って隊長職の引き継ぎをされているから、こっちにはいないわよ」


 気持ちを家族に打ち明けてからというもの、生意気なロルフはしょっちゅうからかってきている。


 「でもさぁ、わざわざ姉ちゃんのそばにいるために隊長なんて偉い職を降りるなんて、やっぱりそういうことなんじゃねーの?」

 「ユリアンさんはリヒトの大使としていらっしゃることになってるの! 別に私のためじゃないってば」


 あんまり期待しても、外れたら虚しくなってしまうので、私はそういうことは考えないようにしている。

 だって私はユリアンさんにお世話になるばっかりで、何も返せていないんだもの。


 そんな風に会話していると、部屋のドアがノックされた。


 「ユリアン・フォークナスです」


 ユリアンさんが帰ってきた!


 「ユリアンさん! お帰りなさい!」


 喜び勇んでドアを開ける。

 

 「フィオラ様、ただいま戻りました。お待たせしました」

 「長旅お疲れ様でした。でも、本当に隊長職を辞任しても良かったのですか?」

 「俺はあなたの騎士ですから」

 「ユリアンさん……」

 

 にっこりとユリアンさんが笑う。後ろで母が小さな悲鳴を上げた。「これはお父さんに報告しないとだわ」なんてぶつぶつと言っている。もう! やめてよね。


 「俺もいますよー聖女様!」


 ユリアンさんの後ろから、ひょっこりとレオくんが顔を出した。


 「レオくん! レオくんも来てたのね」

 「俺はたいちょ、えーっと、もう隊長じゃないのか。ユリアン様の腰巾着ですから」

 「あはは、腰巾着なんてガラじゃないのに」

 「積もる話もあるでしょう? ここら辺で私たちはお暇するわね」


 母がそういうと、レオくんもわざとらしく大きな声を上げた。


 「あー! 俺も用事思い出しちゃった! 後のご挨拶は隊長に任せます! それじゃ!」


 そう言って、さっさと踵を返してしまう。


 ユリアンさんと二人きりになった。

 未婚の女性と部屋で二人きりはまずいと思ったのか、ユリアンさんはドアのところで立っている。どうしよう、でも、お茶くらいは出したほうがいいよね?


 「あの、お茶のご用意をするので部屋へどうぞ」

 「いえ、ですが俺は」

 「お茶のご用意ならわたくしが致しますよ、フィオラ様」


 どこからともなく、スッとアマーリエさんが現れた。家族が来ている時は水入らずでと席を外していたのだけれど、さすがアマーリエさんだ。


 アマーリエさんはお茶の用意をすると、会話が聞こえない程度の位置に離れて、扉を少し開けた状態で外に控えてくれている。


 「あの、改めておかえりなさい、ユリアンさん。って、おかえりっていうのも変ですけど……」

 「いえ、俺はあなたの騎士になると決めて隊長職を返上してきたのです」


 真摯な表情で、ユリアンさんはそういった。

 

 「どうして……、どうしてそこまで私のために行動してくれるんですか? 私はお世話になるばっかりで、ユリアンさんに何もお返しできていないのに」


 何だか申し訳なくなって、少し卑屈なことを言ってしまう。 


 ユリアンさんは、アマーリエさんが出してくれたお茶を一口飲んで、口を開いた。

 

 「俺は幼い頃から聖女として働く姉を見てきました。姉は聖女となる前から貴族の責務について教育を受けていた。そんな姉でさえ、聖女に対して感謝も何もなくただ『やってもらって当たり前』と思う民衆に苛立つこともあったのです」


 それなのにあなたは……、と、ユリアンさんはその瞳に崇敬の色を閃かせた。

 

 「フィオラ様、あなたは感謝されないどころかあれほどの酷い目にあわされ、家族ですら逆恨みで難民村を追いやられて尚、民のために立つことをお決めになった。貴族としての教育を与えられてきたわけでもないのに、これほど人のことを思いやれる優しい人が他にいますか。俺はあなたのその美しい心を守りたい……。いえ、率直に言います。俺はあなたの心が愛おしいと……、そう思うのです」


 そんな風に、思ってくれていたのか。

 私は自分を、ただ弱くて情けないだけだと思っていた。苦しみ抜いた三年間、そこから無理やり抜け出そうともがくようにして、聖女として立つことを決めた。

 

 私は、ユリアンさんが思うような、そんな素敵な女性じゃない、と思う。でも、もしこんな私を愛おしいと思ってくれるなら、私は……。


 「あなたの心が、嬉しいです。私もずっと、あなたのことが……」

 

 私の瞳から、限界を迎えた涙がこぼれ落ちた。

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