24話
トイフェルが、捕まった。
あの時山小屋を離れていたトイフェルは、革命軍に対して聖女の身柄を押さえたこと、捕まえた王侯貴族を解放し革命軍は投降するようにと交渉しに行っていたらしい。だが、交渉する前に私が毒煙で逃げ出していた、というわけだ。
「愚かな男だ……」
と冷たい目で呟くユリアンさんは、いつもとちょっと雰囲気が違っていてカッコよかった。
私はそんな能天気なことを考えられるようになるくらい、回復していた。
けれどもここからが聖女としては正念場だ。
改めて、シャッセでの聖女の不当な扱いを正すため、聖女の地位を向上させるべく、ギルベルト様は私を王族に連なるものと同等の扱いをするつもりらしい。それは隣国リヒトを習ってのこと。
でも正直私としてはそこまでの待遇は求めていないんだけど……。ドレスとか着たり、舞踏会に出たりだなんてとても大変でやっていられない。
けれども、革命が成った以上、対外的に「この国はこんなに変わりましたよー」というアピールは必要なんだそうだ。
シャッセの王城に拠を移した私は、下にも置かない扱いを受けている。
朝起きたら侍女の方々が身支度を整えてくれて、ギルベルト様と一緒に朝食。朝食を終えたら、貴婦人としての礼儀作法やらなんやらを習う。これは他の王侯貴族に舐められないため。そして聖女を侮るよう、トイフェルによって思想を操作された人々の洗脳を解くために必要なことなんだそうだ。
正直、礼儀作法だの教養だので人を上下に分けて見下したりするような貴族の思考回路は理解できない。
下町育ちの私としては、仕事が忙しければ学校に通う暇がないのは当たり前だし、勉強してこなかったと言うことはそれだけお家の仕事をよく頑張っていたんだな、としか思わないからだ。
私だって、10歳になる頃には店に出て仕事を頑張っていたんだもの。
でも、勉強自体は結構楽しい。ドレスを着ることやダンスのレッスンなんかはちょっと向いていないなって思うけれど、シャッセの歴史を学んだり、有名な神話なんかを学ぶのも面白い。
ただ、この生活で何が辛いかというと、ユリアンさんがいないこと。
ユリアンさんはリヒトの砦へと帰ってしまった。所属する国が違えば離れ離れになってしまうのも仕方ないのだけれど。
でも、魔物討伐隊の隊長職を返上したら、またこちらへ来てくれると言っていた。まだリヒトはシャッセの聖女に対する扱いを信用しきれていないらしく、聖女のそばにリヒト籍の護衛の騎士を置くことを条件に提示してきたのだ。
実際、聖女の涙が若返りに利用できると知られたことで、悪用を目論む連中もいる。本来瘴気の浄化や魔物討伐を担う騎士たちの怪我の治療のために使われるべき涙を、転売で横流ししようという輩もいた。
ギルベルト様はそういった悪どい人たちの取り締まりでてんてこ舞いになっているようだ。
私にはたくさんの護衛がつけられている。リヒトからは、アマーリエさんが護衛侍女として派遣されていた。リヒトがシャッセを信用していないことの証のようなものだけれど、ギルベルト様は「使えるものは使う。この期に及んで聖女に何かあれば国としては致命的だからな」と鷹揚に笑っていた。
そのギルベルト様は、何かにつけてちょっかいを出してくる。ダンスの練習の相手になってくれたりとか、助かってはいるんだけれど、まだ政略結婚を諦めていないらしいのは勘弁してほしい。
「聖女であるそなたは王家に連なるものと等しい立場ゆえ、遠慮なく接するがよい」などとまで言われてしまっている。
「残った貴族連中から妻を探そうとすると、外戚だの派閥だのが面倒なんだ。その点聖女はしがらみがなくて良い。結婚してくれ」
「ギルベルト様、口説き文句としては最底辺ですよそれ」
「可愛い、綺麗、世界一の聖女だフィオラ」
「語彙力5歳児か!」
そんなやりとりができる程度までは、ギルベルト様と気心の知れた間柄にはなった。
まあ、結婚云々は別としても、友人と呼べるくらいの関係にはなったかな、と思う。息苦しい王城の生活の中では、ほっと一息つける瞬間だ。
とはいえ、早くユリアンさんに会いたい気持ちには変わらないのだけれど。