22話
ど、どうしよう。ここがどこだかわからない。
とにかく家族を逃すこと優先で考えていたから、逃したあとのことは何も考えていなかった。
とりあえずなんとなく坂道を下っていく。
山小屋もあったし、そこまで人里離れている場所までは来ていないと思うんだけれど。
食べ物はまあ、毒があっても私には効かないから、適当な木の実でも果物でも食べていれば大丈夫だと思うのだけれど、季節は晩秋に差し掛かっている。
とにかく寒いのが問題だった。
両親やロルフは遭難せずに逃げ切れているだろうか。
一応小屋からは道が延びていたから、そこに沿って逃げてくれていれば大丈夫だと思うけれど。私は小屋から街道へ出る道とは反対側に逃げたから、みんなは逆側へ逃げてくれたはずだ。あとは無事を祈るしかない。
……一晩中逃げ回って、体が疲れ切っていた。まずはとにかく休みたい。
でもまだ寝るわけにはいかない。その辺から小枝や枯れ草を集めて、こんもりと山を作る。小屋から火打石と火付材をくすねてきたので、焚き火を作ろうと思うのだ。煙が出れば狼煙がわりになるし、敵がきたら毒煙を出す花を焚べてしまえば良い。
私一人なら好きなだけ毒煙を出しても、味方を巻き込む恐れもない。
なんとか枯れ草に火をつけ、必死に仰いで火を大きくしていく。
あったかさにほっと全身の力が抜けた。夜通し山の中を歩き回ったせいで、芯から冷え切っていたみたいだ。
焚き火にあたりながら、適当な木に背を預ける。
うつらうつらとしてきた。流石に寝てしまったらまずいのに、体が限界を迎えている。
眠気に対する抵抗も虚しく、私の意識は遠くなっていった。
「……い。おーい。あんさん、大丈夫かい?」
ふ、と意識が浮上する。瞼を開けると、あたりは夕暮れになっていた。
「こんな山奥で、どしたんだいお嬢ちゃん」
寝ている私を覗き込んでいるお爺さんがいた。まずい、油断しすぎた。
「だっ、誰?」
「おらあ、この山麓の村のもんさ。昨日、異国の騎士様らが突然きてなあ。この辺の山ん中で女の子が遭難してるかもしれないから捜索させてくれってんで、山さ入っていったべや。おらも気になったもんで、山ん中ちいと覗いてみるべかと来てみりゃ、これだ」
少し訛りがきついけれど、意味はなんとなくわかった。
異国の騎士様って、もしかしてユリアンさんだろうか。
「あ、あの! その異国の騎士様達って、なんて名乗っていましたか!? 見た目は?」
「魔物討伐隊とかなんとか言っとったのお。シルバーブロンドの髪に赤い目のどえりゃあ美男子がおったが」
ユリアンさんだ。ユリアンさん達がこの山の中にいる。たったそれだけのことで、涙が溢れそうなほどにほっとした。
「あの、私のことをお爺さんの村まで連れていってください。それでその魔物討伐隊の人達に会いたいんです」
「やっぱり遭難しとったのはお嬢ちゃんのことだったんかい。ええでよ。ついてきな」
熾火となっていた火の始末をして、お爺さんに着いて山を下っていく。
曲がりくねった獣道をなんとか下り切ると、山の麓に小さな村が見えてきた。
「うちはここじゃよお。山ん中彷徨ってたんなら、疲れてるじゃろ、休んでいきな。騎士様方が戻ってきたら知らせてやるけぇな」
「お爺さんおかえんなさい。おや、その女の子は誰だべ」
お爺さんの家から、奥方らしきお婆さんが出てくる。
「山ん中で遭難してた女の子だよぉ」
「女の子ってあんた、その瞳……」
ああ、疲れ切っていて気にするのを忘れていた。私の空色の瞳は聖女の証なのだから、隠さないと不味かったのに。気持ちは焦るが、逃げようにもどちらにいって良いかわからない。
「聖女様じゃないかい。そんな、うちじゃあ大したもてなしもできんで。どうすりゃいい、アーガストさんちから酒ばもらってくっかい。ああまずお茶出さなぁ、お茶ぁ」
お婆さんが私以上に大慌てになっている様子を見て、焦っていた私の気持ちが落ち着いた。
自分以上に慌てている人見ると冷静になるって、本当だ。それに、お婆さんの様子からいって、聖女相手に何か悪いことを企む人たちには見えなかった。
「何も、お構いなく。ただお部屋で休ませていただけると助かります」
「おんや、そうかえ? じゃあ、ゆっくり休んでいきなせえ」
部屋に上げてもらい、クタクタになった足腰が砕けるように座り込む。
結局お菓子とお茶をご馳走になってしまい、空腹だったのでがつがつと食べてしまった。
「たんとお食べ、たんとお食べ」
何が面白いのか、お爺さんとお婆さんは私が食べている様子を大層嬉しそうにニコニコしながら見ていた。
ふと私は思い返す。
リヒトの難民村で、聖女が働かないせいでロゲンブロートが滅んだのだと批判していた人たち。
私の家族を逆恨みし、避難所から石を投げて追い出した人たち。
シャッセにはそういう人たちもいるけれど、このお爺さんとお婆さんみたいに、聖女だからと利用しようとか、悪いことの責任を押し付けてしまえだとか考えず、ただ普通の女の子みたいに尊重してくれる人たちがいるのだ。
今まで、聖女としてシャッセで働くことに少し消極的になっていた部分もあったけれど、私はこういう人たちのためにも聖女として働きたい。そんな前向きな気持ちが湧いてきた。