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2話

 連れてこられた怪我人の状態はあまりにも酷く、早く玉ねぎを刻んでくれと急かされるので、混乱が収まらないままに玉ねぎのみじん切りをする。


 元々パン屋の娘なので、包丁さばきはお手のものだ。


 その玉ねぎは、隣国の技術によるものなのか何なのか、刻んでいると涙がボロボロ出てくるのに、目には全く痛みがなかった。


 ポロポロと流れ落ちる涙を革袋に採取して、男は仲間へとかける。


 「ああ、良かった。これで仲間も無事に助かります。聖女様、ありがとうございます」


 そうやってこの隊の隊長らしき男は、栗色の短髪をガシガシと掻いて、照れたように笑った。


 「全く、隣国の聖女様のお世話になるなどとはお恥ずかしい。ああ、自己紹介が遅れました。私は国境魔物討伐隊の隊長、ユリアン・フォークナスです。一応フォークナス辺境伯家の次男坊でね。聖女様は一体、いかがなされたんですか? もし仲間と逸れたのであれば、お国までお送りしますが」


 そう言われて、私はパニックになった。


 「い、いやっ。助けて。やめて」


 もうあんな場所に戻りたくない。家族を、私たちの街を守るために耐えてきたのに。それが滅んだのなら何を縁に耐えればいいのかわからない。 

 

 私が泣きながら暴れていると、宥めるように背中を撫でて、ユリアンと名乗る青年は表情を険しくした。


 「聖女様! 落ち着いてください。貴女様が嫌がることは絶対にしませんから。……まさか、あの噂は本当だったのか?」

 「隊長、噂ってーと、シャッセ国が聖女様に酷い扱いをしてるっていうあの? でも聖女様から無理やり涙を採取したりしたら神罰が下るって話だぜ。そんな馬鹿な事する連中がいるのか?」


 何度も何度も、隣国に無理やり送ることはしないと説明されて、ようやく落ち着いた私はこれまでの事情を説明した。


 あの、今燃え盛っている塔に閉じ込められていたこと。

 毎日のように拷問を受けて無理やり涙を採取されていたこと。

 その涙は王侯貴族の若返りのために使われて、故郷が魔物に滅ぼされたこと。


 「……なんと愚かな」


 ユリアンさんが顔を顰める。私に向けられたわけではない怒りにさえ、びくりと身が竦んでしまう。

 

 「ああ、すみません聖女様。貴女に怒っているわけではないのです」


 へにょりと眉を下げて、ユリアンさんは私に謝ってきた。優しい人、なのだろうか。怯えてしまうのは申し訳ないけれど、どうしたって体が逃げを打ってしまう。


 「聖女様、お礼と言ってはなんですが、みじん切りにしていただいた玉ねぎで温かいスープでも作りましょうか。その環境では、まともなものも食べていないでしょう」


 温かいスープと聞いて、お腹が自然にくぅ、と鳴った。

 恥ずかしさと気まずさで、恐怖が一時的に薄らぐ。


 ユリアンさんは柔らかく笑って、スープの準備をし始めた。


 火が焚かれ、その上に乗せられた鍋で玉ねぎが炒められる。

 飴色になった玉ねぎに水が加えられて、一煮立ちすると塩でさっと味が整えられた。

 その上に、軽く焼き付けられた堅パンと、炭火で炙って表面がつやつやにとろけたチーズが乗せられる。玉ねぎのグラタンスープだ。


 「簡素な物ですけど、ウチの領で採れた玉ねぎは美味しいですよ」


 そう言って差し出されたスープを、恐る恐る口に含むと、堅パンに染み込んだスープがじゅわっと弾けた。

 香ばしく炒められた玉ねぎは甘みと旨みが強くて、今までに食べたことがないほど美味しい。優しい温かさが、じんわりと全身に染み渡る。


 もう何年にも渡って、極度の緊張と恐怖で凝り固まった体がゆっくりとほぐれていくようだ。


 「美味いですか?」


 スープを飲む私を、優しい顔でユリアンさんが見ていて、恥ずかしさに顔が赤くなる。そんなにお腹が空いていそうに見えたんだろうか。

 でも、確かに美味しい

 

 「とても美味しいです。あの、隣国の……ええと、リヒト国では、聖女はみんな玉ねぎで涙を採取されるんですか?」

 「ああ、そうですね。実は私の姉が聖女なのです。だから姉が聖女として目覚めてからフォークナスは玉ねぎの品種改良に力を入れていて、名産地なんですよ」


 そんな事情があったのか。それにしたってシャッセ国とのあまりの違いに愕然としてしまう。

 

 「聖女様、もし貴女さえよければ、リヒトに亡命しませんか?」

 

 私は今まで、どこに逃げていいかわからなかった。

 行き場所もなく、希望もなく。ただ故郷を滅ぼされた悲しみと、涙を不正に利用したシャッセの王侯貴族に対する怒りで、どこでもいいからシャッセではないところに行きたかった。


 躊躇いもせず、私はユリアンさんの誘いに頷く。

 また騙されるかもしれない、という不安はある。けれど、どちらにしろ行き場はどこにもないのだから細かいことを考えるだけ無駄だ。

 この深い森を一人で抜け出し、シャッセ以外で生きていく、なんて出来るわけもないのだから。

 

 「わかりました。よろしくお願いします、ユリアンさん。私はフィオラ・アキレギア。元々はパン屋の娘で、今は、聖女です」

 

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