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聖女の涙は至高の秘薬  作者: 野生のイエネコ


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19/30

19話

 家族が見つかった、と知らせが入った。

 場所は王都の程近く、街道を通じた先にあるミシュブロートという宿場町である。全員無事だとの知らせであった。


 前後して、王城は陥落し関係者も捕えられたという。


 「それなら、私も家族に会いに行けますよね?」

 「ええ、まだシャッセも混乱していますから護衛は必要ですが、おおむね権力者の多くは捕えられたので以前よりは安全かと思います」

 「それなら良かった! ぜひ、家族に会いに行きたいです」


 良かった、無事だったんだ!

 ようやく会える。私が神殿に囚われてからだから、約三年と半年ぶりぐらいだろうか?

 そう考えると、弟のロルフはもう18歳になるのか。

 

 早速、旅支度をしてミシュブロートに向かうことになった。

 今回もリヒトの王都に同行してくれていた人たちと同じメンバーでの旅だ。気心も知れている分、安心して旅ができる。


 道行きは、ロゲンブロートの方から大回りをしていくことになった。馬車での旅だから魔の大森林を抜けるわけにはいかないものね。


 馬車に乗ってトコトコと走って行く。相変わらず、この馬車の揺れにはなかなかなれない。お尻が痛くなってしまう。

 ユリアンさん達は、警戒のために外で騎馬に乗って付き添ってくれていた。

 今回は前回の盗賊事件もあり、警戒が強い。私も馬車の中には念のため涙を入れた瓶と、玉ねぎとまな板とナイフを用意してある。

 でも、警戒を他所に旅は平穏に続いていった。


  ロゲンブロートの街は、革命軍が進軍する過程で私とカルラさんの涙を使って十分に浄化したらしく、魔物はいない。

 徐々に復興も進んでいるらしいけれど、まだまだ瓦礫の多い有様だ。

 幼い頃から育った街並みが破壊されているのは、やっぱり悲しかった。 

 でも、故郷の人々に家族が追いやられたと聞いた時ほどには悲しくない。私はもう、あんまり故郷というものに愛着を持てなくなっているのかも知れない。


 それでも聖女として立つと決めた。その思いには変わりはない。だからこそ自分の身の安全には気をつけないと。

 馬車の中で外にもなかなか顔を出せない日々だけれど、自分が要人となっていることを自覚した今、その生活も受け入れるしかない。


 そうやって旅は進んでいって、ついに宿場町のミシュブロートに到着した。


 私の家族は、ミシュブロートの外縁にある、小さな家に身を寄せているという話だった。

 私が家族を探しているという話を聞きつけた親切な人が、革命軍に報せてくれたのだ。


 家族に会えるという喜び。

 王城は陥落し、私を虐げていた王侯貴族は捕えられたという報せ。


 そういったいろんな要因が、私を油断させた。


 十分に慎重でいたつもりだったのに、そのタガは、家族と対面した瞬間に外れてしまった。


 小さな家の前、玄関先には懐かしい姿が3人。

 

 「お母さん! お父さん! ロルフ!」


 みんなに駆け寄る。やけに家族が暗い顔をしているのさえ、気づかなかった。


 家族に抱きつくと、背後の家から黒ずくめの男たちが飛び出してくる。ついてきてくれた護衛のみんなが剣を構えるけれど、もう遅い。


 私は黒ずくめの男の一人に捕えられた。


 「武器を捨てろ。この女の家族には遅効性の毒を飲ませてある。こいつらを殺されたくなかったら、大人しくついてくるんだな」


 母にナイフを突きつけた男がそう言った。


 「ああ、ごめんなさい。ごめんなさいフィオラ。私たちが情けないばっかりに」


 自分が狙われることの警戒はしていた。けれどまさか、家族が人質に取られるだなんて。


 「跡を追ってきたらこの女の家族を一人ずつ殺す。わかったな」

 「フィオラ様……クッ……」

 

 ユリアンさんが悔しげに呻く。

 

 男たちは私と家族の背中を小突くと、家の裏手に止めてあった馬車にのせ、走り出した。

 馬車の中で縛り上げられ、目隠しをされてしまう。恐怖でガタガタと体が震えた。


 ——捕まってしまった! また、捕まってしまった!


 あの頃の記憶が際限なく蘇る。


 あまりの恐ろしさに、気を失いそうになったその時、ふとユリアンさんの顔が脳裏に浮かんだ。

 大丈夫、ユリアンさんなら絶対に助けに来てくれる。強い人だもの。優しい人だもの。

 国境魔物討伐隊のみんなは、私が連れ去れられる時、必ず助けると叫んでくれた。

 だから今は彼らを信じて、自分に出来ることをしよう。まずは人質にされた家族の解毒をさせないと。私はどれだけ痛めつけられても聖女の力で死ぬことはないけれど、家族はそうではない。

 

 待って、聖女の力? そうだ、涙を流せば家族に盛られた毒も癒せるかもしれない。


 どこに連れて行かれるのかはわからないけれど、必ずチャンスはあるはず。


 人質とされている家族さえ逃がせれば、魔物討伐隊のみんなだって全力で戦えるはずなのだ。



  ガタゴトと馬車は進んでいく。時間の感覚が曖昧になってくるほどの間馬車で運ばれて、ようやく止まった場所は湿った薄暗い空気に包まれていた。


 目隠しと足の拘束を外され、両手を後ろ手に縛られたまま歩かされる。


 山道をしばらく登った先に、小屋が現れた。その小屋の中から出てきた男を見た瞬間、全身が雷に打たれたようにびくりと跳ねる。


 「トイフェル……」


 その男は、シャッセの神官。聖女の涙を採取する役職に任じられた、事実上の拷問官だった。


 どうして……、どうしてこの男がここにいるの。

 呆然と立ちすくむ私に、トイフェルはニタリと笑った。


 「逃げるだなんて酷いじゃないですか、聖女様ぁ。探しましたよォ」

 「どうして、革命は成ったんじゃ……」


 驚きと絶望で声を震わせる私に、トイフェルは呆れたように首を振った。

 

 「革命ねぇ。そりゃあバカな王侯貴族の皆さんは捕まりましたけれど、私は革命が起きる前に逃さしてもらいましたからね。密偵を仕込んでいるのは、そちらだけじゃあないんですよ? 聖女様」

 「そんな……」

 「い、今更フィオラを捕らえてどうするつもりだ! 革命が成った今、そんなことしたってなんの意味もないはずだろう」


 後ろからお父さんがトイフェルを問い詰めてくれる。

 恐怖でガタガタと震えるばかりだった私は、少し落ち着いた。ここには家族がいる。それに、ユリアンさん達だって私を探してくれているはず。きっと大丈夫だから、頑張らなきゃ。


 「それはもちろん『痛めつけるため』ですよ」

 「な、どうしてそこまで私を痛めつけようとするの? 涙を採取するだけなら、リヒトみたく玉ねぎをみじん切りにでもする方がよほど効率的だわ」


 身を奮い立たせてトイフェルに反論する。

 けれどもトイフェルは、突然怒りに満ちた目で私を睨みつけてきた。

 

 「ひっ」

 「そりゃあ、痛めつけるために痛めつけているんだ。聖女様、あんたにはわからないだろう、どれほど修行しようが、どれほど敬虔に神に尽くそうが、神は私に応えてはくださらなかった。それなのになんだ? 貴様のような下町の小娘風情が、何もせずに神の寵愛を受けるなどと、許せるわけがないだろうがッ!」


 トイフェルが私につかみかかる。父がそれを止めようとするが、黒ずくめの男達に止められた。


 「だから、王侯貴族を涙の若返り効果で堕落させてやった。聖女を資源として利用するように徐々に思想を操作してやった!」


 そんな理由で、私は三年も監禁されて苦しめられていたのか。

 別に私だってなりたくて聖女になったわけじゃない。もちろん最初に聖女になった時は誇らしかった。実際の聖女に対する扱いを知るまでの話だけれど。でも、その後は聖女になったことでずっと苦しむばかりだったのだ。


 「この国には、聖女を聖女として尊ぶものなどいなくなるように、これから思想統制をかけてやるよ。貴様さえいれば、聖女の涙さえ握っていれば、魔物を恐れる民衆は思い通りに動くんだからなぁ。革命が成ったことなど、なんの意味もないんだよ」


 確かに、革命軍がほぼ無抵抗で無血開城できた理由は、ギルベルト殿下に聖女である私が付いていた影響が大きいという。

 聖女の涙で浄化しなければ、瘴気溜まりを浄化する術はなく、人はその地で生きられない。革命軍だって、涙をトイフェルが握っていると知れば、ギルベルト殿下からトイフェルに寝返るに違いない。

 リヒトは……リヒトはどうだろう。隣接するシャッセで魔物が溢れれば、リヒトだって打撃は免れない。やはりトイフェルに付いてしまうだろうか。


 絶望がじわじわと胸を侵食していく。

 

 でも、……それでも。ユリアンさん達は私を追って来てくれるはず。きっと助けてくれるはず。そうやって信じられるくらいには、絆を深めて来たつもりだ。

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